人生の後半とどう向き合いたいか「50 to 100」として、50代から100歳以上の著者の本から考えてみる本連載。
二冊目に紹介するのは、『71歳パク・マンネの人生大逆転』(朝日出版社)です。本書は、韓国で10万部を突破。主要ネット書店・アラジンで「今年の本 第1位」(2019)にも選ばれました。
小さな食堂で働きっぱなしだった70代の女性が、なぜ全世界に130万超のフォロワーを持つ人気YouTuberになったのか。彼女のそれは「成功」で「幸せ」なのか。作家の南綾子さんに読んでいただきました。
マンネさんの人生がガラッと変わるまで
この本の主人公、パク・マンネさんは、韓国では大変人気のあるユーチューバーらしい。わたしも本書を読んだあと、動画をいくつか見てみた。残念ながら日本語字幕のついているものは見つけられなかったので、なんとなくのニュアンスで判断するしかないが、マンネさんのいかにも韓国おばさんらしい大胆で天衣無縫なふるまいがウケているようだ。
本書の中にも、オーストラリアで出されたステーキを「けだもん臭い!」と拒絶する場面や、豪華客船のダンスフロアでかっこいい欧米系のおじいさんと踊りまくる場面などが出てくる。
よくよく考えると、韓国の映画やドラマには、”若者文化に一定の理解を示し、若者とともに遊びや仕事を楽しむお年寄り”というキャラクターがたびたび出てくるような気がする。日本より年功序列のルールが厳しい韓国では、お年寄りが若者をどうとらえ、どう接しようとしているかが、重要な関心事なのだろうか。
ところで、本書は二つのパートに分かれていて、前半はマンネさんがユーチューバーとなる以前の激動の半生物語、後半はマンネさんユーチューバー成功譚となっている。マンネさんはこれまた韓国映画やドラマでさんざん描かれてきた、苦労を煮詰めてそのまま鍋底に焦げ付かしたような女の人生を生きてきた。
女だからという理由でまともな教育も与えられず、甲斐性無しの男と若くして結婚したあとは、三人の子供を養うためにさまざな職に手をつけるもことごとくうまくいかず、詐欺にまであう始末。経営していた小さな食堂がやっと軌道にのりはじめたころには、すっかりおばあさんになっていた。そしてあるとき、認知症発症のリスクが高いことを医者から告げられてしまう。
そこからガラッとマンネさんの人生がかわる。これまでまったくいいことのない人生を送ってきたマンネおばあさんの思い出作りのため、孫娘のユラさんが勤めていた会社を辞めてオーストラリア旅行を決行。帰国後、道中の様子を録画した映像を旅行サイトにアップしたところ、それが瞬く間に拡散されてあれよあれよと人気ユーチューバーに。最終的にグーグル本社に招待されてあのサンダー・ピチャイとの邂逅まで果たしてしまう。
彼女は「成功」して「幸せ」なのだろうか
マンネさんは本書の中で何度も、自分の人生におこった奇跡に感嘆し、信じられないと繰り返す。「71歳になって、こんな幸せがわたしにやって来るなんて、想像できなかったての」と。
本の最後で孫娘のユラさんもこう言っている。「ある朝マンネが、本当に人生の宝くじを当てた話。少しでもあなたの人生の癒しとなりますように。これまでいつも明日を心配しながら生きてきたのならば、これからは期待も少しはしてみましょう」と。
このユラさんの言葉を読んで、素直に夢を膨らませた人はどれくらいいるのだろうと思った。正直わたしはふーんと少し冷めた気持ちになった。宝くじは所詮宝くじ。運が左右する要素が大きすぎる。確かに、宝くじは買わなければ当たらない。マンネさんがうまくいったのは、毎日前向きに生きてきたという前提条件があることは間違いない。それでも、誰もがマンネさんみたいにヤバ億円相当のくじを当てられるわけじゃない。
けれど、ふと思う。マンネさんはユーチューバーとして成功したから、今、幸せなんだろうか。
お金持ちになってあちこち旅行できるのはさぞ楽しかろう。しかし正直なところ、マンネさんはグーグル本社に招待されたという事態をどれだけ正確に把握しているだろうか。サンダー・ピチャイが何者か、いまだにわかっていないのではないか(実はわたしもよくしらない)。
この本を読んでいると、人の金でビジネスクラス乗れていいな、グーグルに招待されるなんて栄誉、自分の身には一生起こらないだろうな、といかにも資本主義に毒された感想を抱いてしまうが、マンネさんにとってそういったことはそれほど重要ではないかもしれない。
学ばせてもらえなかった少女、小さな食堂のおばあさんが欲しかったものは…
じゃあ何に幸せを感じているのかといえば、きっと、自分という存在を多くの人に承認してもらえたことなんじゃないかと思う。学ばせてもらえなかった少女。路上で花や食べ物を売るお母さん。小さな食堂のおばあさん。社会の中でさして価値のない存在。そのまま死んでいくのが自分の運命だったはずが、気づけばあちこちから「マンネさん」と名前をよんでもらえ、会いたい、話したいと言ってもらえる。
韓国も日本も若さに過大な価値を与える社会であると思う。それなのにわたしたちには、年寄りになる道しか残されていない。その道を軽やかに楽しく歩いていくために大事なのは、年を重ねても、あるいはお金がなくてもちゃんとした仕事についていなくても、自分には価値があると信じることなのかもしれない。
そのためにはどうすればいいのか。誰かにとっての重要人物になること。百万人の登録者じゃなくても、たった一人の友達でも、それはいいような気がする。マンネさんのようなヤバ億円級の宝くじを当てることだけが手段ではないはず。そのことを考えさせてくれる一冊だった。
(南 綾子)