カメラとひとり旅をこよなく愛する編集者兼ライターの宇佐美里圭(うさみ・りか)さんの旅エッセイ、今回の旅先はペルーです。そこには占いが日常生活に溶け込んだ不思議な世界が広がっていたのだそう。
人生のターニングポイントになった街
人生には、後から振り返って「あれがターニングポイントだったな」と思うことがある……と、30半ばを過ぎてわかってきました。
私にとっての転換点の一つは、大学時代に1年間ペルーへ行ったことかもしれません。なぜにペルー?とよく聞かれますが、たまたま大学2年生のときに大学の廊下で「ペルーで働きませんか」という貼り紙を見たから。現地旅行会社でのインターン募集でした。
さっそく応募してみると、とんとん拍子に話が進み、あれよあれよという間に気づけば南米ペルーの首都、リマにいたのでした。勤務先は現地の日系人が運営する旅行会社。リマで3ヵ月ほど研修を受け、その後残り9ヵ月はクスコで働くことが決まっていました。
クスコ……といえばかの有名なインカ帝国の首都です。マチュピチュ遺跡へ行くときの拠点で、標高はおよそ3400メートル。富士山より高い場所にあります。
このクスコがとても不思議な場所でした。クスコとは現地のケチュア語で“おへそ”という意味。インカ時代は宗教的、精神的な中心地で、その名残からか、ちょっと変わった人たちが世界中から集まってきていました。しかも、あちこちに宗教的儀式に使われたインカ時代の遺跡があり、街全体に独特の浮遊感があります。
“魔術”も暮らしの中にありました。あちこちにクランデーロ(呪術師)と呼ばれる人がいて、市場に行けば、呪術グッズがたくさん売っています。恋敵に黒魔術をかけた、黒魔術をかけられたから白魔術で対応した、などという話も日常茶飯事。
一度、クスコから車で30分くらいのところにある“魔女の村”と呼ばれる場所に行ったことがありました。ここに住む村人は8割以上が“魔女”(呪術師)なのだそうで、運勢を見てもらいに行ったのです。ちなみに、現地では火曜日と金曜日が“エネルギーが高くなる日”とされていて、呪術師に合うには“カーキン”がいいとされています。
知人に連れられてドキドキしながらその村へ行くと、質素なアドベ造り(粘土と藁のレンガ)の小屋が並んでいました。その中の一つを訪ね、私が見てもらったのは一番ソフトな“コカの葉占い”(天竺ネズミを体中にはわせ、そのネズミを引き裂いて内蔵を見て占うというハードな占いもある)。アンデス伝統の布を敷き、その上にコカの葉をぱらぱらと手から振るい落とし、どういう葉がどんなふうにどこに落ちたか、で占います。
残念ながら何を言われたのかはすっかり忘れてしまいましたが(笑)、そのときに思ったのは、「占いってつまりカウンセリングなのかも」ということ。コカの葉を落とし、それを見ながら「あなたは今こうでしょう?」と質問され、それに答えているうちに、自分自身の心と向き合い、終わる頃には気分がすっきりしているのです。
葉を落とす行為は話を始める糸口のようなもの。西洋医学で専門医が担うカウンセリングという仕事を、アンデスの山の中では呪術師と呼ばれる人たちがやっているように感じました。それ以来、占いなどは何も特別なものではなく、日常の延長線上にあるものなのかな、と思うようになりました。
1年ほどの高山暮らしは他にも不思議なことの連続で、「この世界にはよくわからないこともある」ことがわかりました。クスコでの暮らしを通し、私の中には“わからないこと”をとりあえずそのまま置いておく “わからない部屋”ができた気がします。