パースと東京、二拠点生活を5年続ける私が発見したこと【小島慶子】

パースと東京、二拠点生活を5年続ける私が発見したこと【小島慶子】

「「πな人生を生きていく。」」
の連載一覧を見る >>

恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第22回のテーマは「二拠点生活」です。複数の拠点を持つ生活に憧れつつも、実際のところはどうなのでしょう? オーストラリアのパースと東京で暮らす小島さんに聞きました。

孤独はあまり感じないけれど…

「居場所がない」ってよく聞きますね。安心して過ごせる場所がない、っていう意味です。私も20代まではまさに居場所がない寂しさに苛まれていました。30代で出産し、二人の息子たちの存在が世界を劇的に素晴らしい場所に変えてくれたおかげで、今はかつてのような底抜けの孤独はあまり感じません。

ただ、いわゆる二拠点生活をもう5年半以上も続けていると、それこそ居場所が定まらない、なんだか宙に浮いたような気分になることがあります。

夫と息子たちは一年中オーストラリアのパースに住んでいますから、文字通り地に足がついた生活です。彼らにとってのホームはパース。でも、私は東京と行ったり来たりの生活で、持ち物のほとんどは東京で借りている部屋に置いてあるし、仕事のベースも、友達がいるのも東京です。

パースには大好きな家族がいて、家も借りているけれど、置いてあるのは必要最低限の服と、IKEAのキッチンワゴン二つ分だけ。あとは本ぐらい。もちろん、家に着けば「ああ帰ってきたな」とホッとするんですよ。でも、自宅のほかに、パースの社会のどこにも私の居場所はないのです。

パースでは朝から晩までひたすら家にこもって原稿を書き、資料を読み、日本とテレビ会議をしたり取材を受けたりしてばかりいるので、2週間の滞在中に外に出るのは数度、しかも近所だけということもしょっちゅうです。そうなると、5年以上いても当然人脈も広がりません。日本にいた時からママ友付き合いはしていないし、別に友達がいないならいないで生きていける……となると、家から出る理由もないのです。

どちらも本当の自分

それでもなお、オーストラリアは私にとって大事な場所です。生まれてから3歳まで過ごしたので、記憶はわずかながらも、パースには「ここは自分が初めて見た世界なのだ」という特別な思いがあります。夫や息子たちと一緒に出かけたあちこちの国立公園の素晴らしい自然の風景や、何度見ても飽きることのない近所の海の色も、私の心の深い深いところにまで鮮やかに染み透って、もはや魂と切り離すことはできません。

コミュニティとの繋がりがなくても、家族と大自然さえあれば、そこがホームになるんだな……これは、日本ではかなり広い人脈に恵まれて生きている私としては新鮮な発見でした。東京では人と人を繋いだり、新しく出会ったりする豊かさがあります。

いろんな仕事をしている人と友達になって、見聞を広めるのもとても楽しい。交流会を主催することもよくあります。そんな社交的で幹事体質の自分と、家にこもって黙々とキーボードを打っている家族中心の自分、どちらも本当なのです。

実は社交的な面が開花したのは、家族と離れて生活するようになってからのこと。途絶えていた交友関係も次々と復活し、今が人生で一番友達が多いです。仕事も年齢も国籍もいろいろな友人たち。日本に家族がいた頃はまだ子供も小さかったし、友達と会う時間はほとんどありませんでした。

それでも一向に退屈しなかったのですが、一人暮らしになってからは自然と会食が増え、人の輪を広げることに喜びを感じるようになりました。環境が変わると行動が変わるとはまさにこのことで、我ながら驚いています。

一人で寂しいと言うのはもったいない

東京での一人暮らしも、5年以上経ってようやく心からリラックスできるようになりました。それまでは何をしていても「ああ、ここに家族がいたらな」「なんで私だけ離れていなくちゃいけないんだろう」なんてつい悲しくなっていたのだけど、最近は「離れてたって同じ空の下じゃないか」「一人もなかなか味わい深いものだぞ」などと思う余裕が出てきたのです。

それというのも息子たちが成長して自分の世界を持ち始め、以前ほど母親がつききりではなくてよくなったから。そして、もう一つの理由は、友人に楽しそうなおひとりさま女性が多いから。バイタリティあふれる独身の女友達は、趣味に仕事に実に精力的に活動しています。彼女たちを見ていると、一人で寂しいとか言っているのはもったないないなという気になってくるのです。

パースでは家族と生きる幸せに浸り、東京では忙しくも楽しいおひとりさまライフ。こうして二つの人生を同時に生きてみると「結婚しないと寂しいよ」などという物言いは的外れだとわかります。

結婚していても寂しいことはいくらでもあるし、一人でも楽しいことはいくらでもある。人生にはいろんな質の豊かさがあって、どのような選択をしても、そこにはそこなりの喜びがあると考えていいのではないかな。

大事なのは、不完全な自分を受け入れて、まあこんなもんかと大目に見て生きていけるかどうか。それができなければどこに行っても居心地が悪く、寂しい思いをするでしょう。私の場合は、これができるようになったのは年齢を重ねて、求める気持ちよりも感謝する気持ちの方が多くなったからでした。

弱い自分を受け入れるには

パースに一人だけ、親しい友人がいます。日本から引っ越して10年以上経つ彼女は、言葉の通じない国で新生活をスタートする心細さやそれを乗り越えるたくましさを身を以て示してくれる大事な人。私はいわゆるバイリンガルではないので言葉の壁で落ち込むこともよくあるけれど、そんな自分でもこうして異国で頑張っていることを褒めてやらねばな!と、彼女と話していると素直にそう思えるのです。

痛みや苦しみを分かち合える人がいるって、本当にいいものです。弱い自分、至らぬ自分を受け入れるには、同じようにしんどい思いを経験した人が、素敵に生きている姿を見ることが大事なのですね。

いつか私も、誰かのヒーローになることができるかもしれない。人生はこうもああも生きられるし、完璧でなくても誰かを励ますことができる。そう思えるようになると、なんだか生き心地がいい。居場所は自分の中にあったんだ……。

大勢の友達とたった一人の友達との間を行ったり来たりしながら、なんだかこの地球全部がホームみたいな気すらしてくるこの頃です。

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る

この連載をもっと見る

「πな人生を生きていく。」

オンナの人生って結局、割り切れないことばかり。スパッと決断したり解決したりできない自分はダメ人間かも……と落ち込んでいないで、「π(パイ)な人生」を生きる術を身につけよう。小島慶子さんがアラサー世代に贈るエッセイ。

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

パースと東京、二拠点生活を5年続ける私が発見したこと【小島慶子】

関連する記事

編集部オススメ

仕事と恋愛、キャリアとプライベート、有能さと可愛げ……女性が日々求められる、あるいは自分に求めてしまうさまざまな両立。その両立って本当に必要?改めて問い直すキャンペーンが始まります。

後悔のない30代を過ごしたい。ありとあらゆる分野のプロフェッショナルに、40歳から自分史上最高の10年を送るために「30代でやっておくべきこと」を聞いていきます。

記事ランキング