私には「ブスの気持ち」がわかりません。【小島慶子のパイな人生】

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私には「ブスの気持ち」がわかりません。【小島慶子のパイな人生】

「「πな人生を生きていく。」」
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恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。
第15回のテーマは、「ちょうどいいブス」。

ウートピで2018年末からスタートした「#ちょうどいいブスやめた」キャンペーンには、すでにたくさんの方から賛同の声をいただき、記事にしてきました。小島慶子さんからも「ちょうどいいブスなんてひどい話。賛同します!」と応援のメッセージが。

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私に「ブスの気持ち」はわからない

女性のためのニュースサイト「ウートピ」さんから「#ちょうどいいブスやめた」というキャンペーンをやるという話を聞いて、「それ、私も賛同します」と即答しました。「ちょうどいいブス」なんて、本当にひどい言い方です。

肯定的に使うとか自称するならアリとかいろんな意見があるけど、もう「ブス」って言うのやめませんか。日本国語大辞典で引くと「ぶす:醜い女性の顔。また、その女性。女性を罵っていう語」とあります。附子(ぶす)と漢字で書くとトリカブトの毒で、それを人々が忌み嫌うところから「②憎みきらうべきもの」という意味も。どんなつもりで使おうが、言葉そのものが持っている毒気が強すぎる……。

なんていうと「アナウンサーなんてチャラい仕事してた女が、ブスの気持ちも知らないくせにわかったようなことを言うな」というツッコミを頂くことが予想されます。たまたま顔がよく生まれただけでチヤホヤされて、人の痛みなんかわかるはずがないだろう、とか。

そうですね、あえてその言い方を借りるなら、私にはブスの気持ちがわかりません。逆もまた然りでしょう。でもどっちにも共通するのは「どんな容姿で生まれてくるかは選べなかったし、学力だろうが容姿だろうが運動能力だろうが、持てるものはなんでも使って生きていくしかないし、見た目をどうこう言われるのはうんざりだよ」ってことじゃないでしょうか。

「ブス、デブ、モテない私」で笑いを取っても面白くない

世間的には美人がやる職業とされているアナウンサーをやっていた私がこれを書くとすごく嫌な感じで書くだけ損なんだけど、まあ、別に得したいわけでもないから書くと、「私らブスですから」で笑える自虐話を披露している人と同席していて、とても居心地が悪かったことがあります。私が彼女たちの話に笑っても笑わなくても、嫌なやつにしか見えないから。

話しかけると排他的なリアクションをされ、「ほらやっぱり、美人は言うことが違うねー」と混ぜっ返して盛り上がる。練り上げられた自虐ネタに周囲は大ウケで、リアクションを取りかねている私だけが取り澄ました女みたいな格好になるという地獄。

座っているだけなのに周りにどんどん濠を掘られ、底の方からこちらを見上げて「うわ、お高くとまってるー」と言われた感じ。生きてるだけで罪ですか。この顔さらしているだけで、高慢ちきな女なんですか。モデルになれるほどの器量も、女優になれるほどの才能もなく、精一杯持てる資本を生かして生計立ててるんですけど、私があなたに何かしましたか。

「ブス、デブ、モテない私」で笑いをとるの、面白くないよ。「ほら、この女、ブスをバカにしているのが見え見えでしょ」って同席した女を晒し者にして、楽しいですか。満足ですか。

学力が抜きん出た人が学力を、脚力に恵まれた人がその俊足を生かして世に出ようと考えるように、私は美人に分類される容姿を生かして放送局の正社員の座を目指しました。親のコネも財産も卓越した学力もなかった私が自立するために使えるものは、喋る力と見た目ぐらいのものだったから。

時間のムダだから、容姿を褒められても謙遜しない

仕事を始めてからは、容姿を褒められた時に「いえいえ」と謙遜せず、シンプルに「ありがとうございます」と言って話題を変えていました。「いえいえ」と答えたところで相手は心の中で「嘘つけ!」と突っ込むだけでしょうし、「いえいえ」「またまたご謙遜をー」というやりとりの時間が無駄だからです。

育った家庭が異常に見た目を気にする空気だったので、いつも自分はどこかしらがみっともないのだという強迫観念に囚われていました。アナウンサーになったら世間様から美人だと公認されるわけだから、もう容姿のことはあれこれ言われなくなるだろうと思っていたら、逆でした。

わざわざ人前にのこのこ出てくるなら、当然自分には見てもらえるだけの価値があると思っているんだろうな?画面に映ったら何を言われてもしょうがないよね、いやなら引っ込め!という眼差しを浴びまくることになりました。

社内外から、いろんな評判が聞こえてきました。老けてる、生意気、ブサイク、背がでかい、顔がでかい、目が怖い、表情が気に食わない、目立ちすぎる、浮いてる、などなど。うわ傷つくわあ、と思いながらも、まあでも、人に好かれたくてテレビなんかに出ちゃったら、文句は言えないな。そもそも私が可愛ければいいだけの話だし、ブサイクのくせに画面に出ている勘違い女は叩かれても当然だよね、と自分で自分を打つ毎日。おかげで持病の摂食障害が悪化して、毎日毎日過食嘔吐で、給料は食べ吐き代に消えましたとさ。

目立ちたがり屋は辱めを受けても仕方ない?

でも、間違っていたんですよ。人前に出たがる人間なら何を言われても仕方がないなんて、そんなわけないんです。

当時は90年代でまだSNSなんてなかったから、テレビに出たがる自分のような人間は特別に浅ましい目立ちたがり屋なのだと思っていました。恥ずかしい自分は、辱めを受けても仕方がないと思ってしまっていたんですね。

ところがです! いまや誰でも出たがりじゃないですか。インスタやFBの盛況ぶりを見るにつけ、なーんだ、私だけじゃなかったんじゃん、っていうか私よりもっと旺盛に自己顕示したい人がこんなにたくさんいるんじゃないか!と実に実にホッとしたのでした。

だから今のみなさんは90年代の人よりもきっとよく理解してくれるのではないかと思います。「見られたがっている人には何を言ってもいいって、おかしいよね?」って。

あなたが自撮り写真をアップしたからといってそれは見た人から「調子乗るなブス」と言われても構わないという意思表示ではないし、あなたが写真を加工してよりたくさんのいいね!をゲットしようとするのは、そりゃよりたくさんの人に見て欲しいからだし、よりよく見られたいという欲望の表れでしょうけどそれも自分の楽しみのためであって、見る人に「あなたによく思われるためならどんなひどいことを言われようとも耐えます」なんて言ってない。可愛いとかブスとか、やれるやれないとか、盛ってるとか劣化とか、他人にどうこう言われる筋合いなんてないのですよ。

お前の顔じゃねえわ。好きにやらせろ!に尽きます。

ビキニの似合わないこの体、気に入ってます

きっとこの先永遠に、人の見た目をどうこう言ってブスだの劣化だのという輩はいなくならないでしょう。ネットにはその手の人間が常住していますから。今回お笑いコンビ「相席スタート」の山崎ケイさんの『ちょうどいいブスのススメ』から始まり、テレビドラマの改題にまで至った「ちょうどいいブス騒動」。今までは「笑っていいもの」「普通の表現」だった“ブス”なるものが、そうではなくなった変化の兆しかなと思います。今後は“美人すぎる何々”とかも、言わなくなるといいですね。

人間の眼は美を求めてしまうもなので、容姿に美醜を感じるなと言っても無理です。つい目を奪われてしまうような、目に心地いい容姿の人は話題になるでしょうし、それが仕事になる人もいるでしょう。それは全く否定されるものではないと思います。でも、女性の価値が見た目だけであるかのような表現はもう、いい加減やめてほしい。

最近は美の基準も多様化して、商業的に作り出された美の基準とは違うリアルな人体の美にも注目が集まっています。色々な年齢や体型のモデルを起用した下着メーカーが話題になったりしていますよね。

どんな体も美しい!はとても素敵な主張だと思います。でも同時に、美しくなくてもいいじゃん、て思う。

私は胸がかなり小さく、二度の授乳で形も変わってしまい、デコルテが骨張っているからビキニの写真なんか胸のえぐれが際立って、自分で見ても美しいとは言い難いのだけど、でも今はこの体が気に入っています。「美しくはないけど気に入っている」じゃダメなのかな?ってよく思います。

こないだも遊びに行ったビーチにいろんな水着のおばあちゃんがいて、みんな体型は崩れているけど、それは楽しそうに泳いでいて、めちゃ素敵でした。なんでも無理やり美しいと言わなくてもいいと思うんですよ。見た目の美しさって人の持ついろんな価値の一つに過ぎないし、美が正義ってわけじゃないから。

ちょうどいいブス、ってそういう意味ならいいんじゃないかと思います。つまり客観的には美しくはないだろうけど、本人としては心地いい状態。でもブスって言葉は使いたくないな。ずっと悪意を込めて使われてきたから。女の体に浴びせられてきた憎悪の眼差しから自由になって、このいびつな体を愛したいと思います。

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オンナの人生って結局、割り切れないことばかり。スパッと決断したり解決したりできない自分はダメ人間かも……と落ち込んでいないで、「π(パイ)な人生」を生きる術を身につけよう。小島慶子さんがアラサー世代に贈るエッセイ。

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