韓国版『ジョゼと虎と魚たち』を撮ったキム・ジョングァン監督の最新作『夜明けの詩』が、11月25日(金)に全国公開されました。
小説家である主人公と、彼が出会う人々との静かな対話を描く、冬のソウルを舞台にした5つのヒーリングストーリー。主演は、日本でもヒットした韓国ドラマ『39歳』で印象を残したヨン・ウジン。“韓国国民の妹”と呼ばれるイ・ジウン(IU)や、『ビューティー・インサイド』のキム・サンホなど、実力派俳優の演技も光ります。
ウートピでは、舞台挨拶のため来日したキム監督を取材。本作に込められたメッセージや、撮影エピソードについて話をうかがいました。

キム・ジョングァン監督
バーは映画のアイデアが生まれる場所
——キム監督は、新宿ゴールデン街がお好きだとうかがいました。
キム・ジョングァン監督(以下、キム):ゴールデン街には数回訪れたことがあり、いい思い出がたくさん残っています。本作でバーが舞台となっているエピソード4に台座の欠けたグラスが出てきますが、あのグラスは、実はゴールデン街のお店のマスターがプレゼントしてくれたものなんですよ。
僕がお店に行ったとき、マスターがそのグラスでお酒を飲んでいたんです。それで「このグラス、僕が今まで見てきたグラスの中で一番素敵だ」と伝えたら、「自分もすごくいいグラスだと思っているんだよ。あなたとは初めて出会ったけれど同じような感性を持っていることが、ありがたい」と、プレゼントしてくれて……。本作では主人公チャンソクとバーテンダーをつなぐ小道具として登場しますが、僕にとっても大切なグラスですね。
——素敵なエピソードですね。映画の小道具として登場していると知ったらマスターも喜びそうです。
キム:先日ゴールデン街を訪ねたので、マスターにお礼を伝えたかったのですが、そのバーを見つけることができず……。
——小さなエリアではありますが、約280ものお店が密集していますからね。韓国でもバーによく行かれるんですか?
キム:そうですね。僕は本当にバーが好きで、韓国でも日本でもあちこちのバーを訪れています。少しうら寂しいというか、1人で静かに飲む場所というイメージもあると思いますが、そこで色々な縁が生まれましたし、経験を積みました。映画に関するさまざまなアイデアも得てきたんですよ。

劇中より
人は必ず老いていくけれど…
——本作の構想はいつから考えていましたか?
キム:僕の過去作に『窓辺のテーブル 彼女たちの選択』という作品があり、それを撮っているときに、2人の対話劇のおもしろさに目覚めました。いま振り返ると、そこが本作の始まりだった気がします。
——本作では、出会いと別れ、死と生といった重いテーマが描かれます。これらを取り上げようと思った理由は?
キム:映画を撮る前、撮影監督と何度も話を重ねて「僕たちは何を撮るか」を確認し合いました。そのときに出た答えが、光と陰の「陰の部分」を描くこと。本作の英題(Shades of the Heart)を直訳すると「心の陰」となります。陰を描くことで光を、死を描くことで生を、古いものを描くことで新しいものをより良く見せられるのではないかと考えたんです。
世の中で否定的に捉えられているものをもう一度見直そう、見直すことによって希望が抱けるのではないかといったメッセージも含んでいます。

劇中より
——作中に、老いることに対する言及が繰り返し出てきますよね。老いというのは、一般的には否定的に捉えられがちですが、監督はどのように考えていらっしゃいますか?
キム:海外に行くと、言葉も道もわからず不安になることがあるじゃないですか。そんなとき、お年をめした方がたくさんいる古い建物を訪れると、気持ちがホッとやわらぐ瞬間があるんです。目には見えないけれど、人間の営みの温かさみたいなものが、そこに染み付いているのを感じるからだと思います。
歳月が過ぎれば人は老いるし、道具も建物も古くなります。そうして年を重ねた者/物には、経験と知恵がある。なので、僕は老いに関して否定的には捉えていません。
——本作の冒頭に、古い喫茶店のシーンが出てきます。お年寄りがたくさん休憩している中に、若いイ・ジウンさんとヨン・ウジンさんがいる、その対比がおもしろかったです。
キム:あのシーンは、地下鉄の通路横にある本物のカフェで撮影しました。あの空間を活かしたかったので、あえて美術的な手は加えなかったんです。
代わりに、時間帯や照明の明るさ、どうすれば非日常の空間に見えるかといったことに気を配りました。2人が座る席からは、ガラス窓を通して外を行き交う人々の様子が見えます。あのカフェの内外の時空間は別物だということをうまく見せるために、試行錯誤を重ねました。

メイキング/イ・ジウン(IU)さんとキム監督
夕闇に包まれていく感覚は大きなスクリーン推奨
——ヨン・ウジンさんによると、今回は、台本読みにそれほど多くの時間をとらなかったそうですね。何か意図があってのことでしょうか?
キム:現場では、思わぬ雰囲気や、新鮮な輝きがパッと顔を出すことがあります。現場で起こるそのようなシナジーを、僕はとても大事にしています。
なので、こういうふうに話してほしいとか、こういう動作をしてほしいといった細かい演出は、ほとんど行いませんでした。ただし、シナジーを起こすために準備しなくてはいけないもの……例えば、服装や小道具などは、綿密に準備しました。
——現場では、実際にどのようなシナジーが生まれましたか?
キム:エピソード2のラストで、編集者・ユジンとチャンソクが、暗闇の中で煙草を吸いながら2人で対話をするシーンは印象深かったですね。「辺りが次第に夕闇に包まれていく」状況が、2人の演技を真に迫ったものにしました。

劇中より
——自分もだんだん闇に包まれていくような、不思議な感覚になりました。
キム:僕の狙いもそこでした。辺りが暗くなることに対して、観る側が構えるのではなく、自然と陰の中に沈んでいくような感覚を味わってほしいと思っていたんです。
——今回は(公開前だったので)オンラインで拝見しましたが、あのシーンは絶対に小さな画面じゃなくて、劇場の大きな画面で観るべきだと思いました。
キム:同じことを、ヨン・ウジンさんがおっしゃっていました(笑)。韓国で上映が終わった後、配信で観たら、映像の効果が半減してしまったと……。あのシーンは煙草の音にもこだわっているので、ぜひ劇場で体感していただきたいですね。
「わかり合う」ことばかりがゴールではない
——本作は2人の対話劇がいくつも連なるような構成になっていますね。基本的に片方の人物が話をし、もう片方の人物は聞き役に徹して物語が終わります。お互いに打ち明けて「わかり合う」ことをゴールにしなかったのはなぜでしょうか?
キム:(聞く/聞かれることに関して)全て同じではなく、エピソードによって、登場人物の視点が少しずつ変わっていくことに気づくと思います。エピソード1ではチャンソクがミヨンを見て、ミヨンもだんだんチャンソクを見るようになる。エピソード3では、チャンソクがソンハを一方的に見る……といった具合に。
人から話を聞くことによって、チャンソクの心の陰は変化していきます。相手と「わかり合う」ことではなく、そうして誰かと出会い対話することが、自分自身を見つめ直すことにつながるということを描きたかったのです。

劇中より
——イ・ジウンさんは、日本でも人気のある俳優さんの一人です。キャスティングの狙いについて教えてください。
キム:キャスティングをするときは、純粋に誰がこの役に一番似合うかといったことだけを考えます。『ジョゼと虎と魚たち』のときは、真っ先に頭に浮かんだのが、ナム・ジュヒョクさんと、ハン・ジミンさんのお2人でした。
本作に出演してくださったヨン・ウジンさんや、イ・ジウンさんも、それぞれチャンソクとミヨンはこの2人が一番似合うと思ってオファーしました。
——お二人は、今作の役柄に関して何かおっしゃっていましたか?
キム:役に関する話ではありませんが、お二人と話していて、俳優というのは、やはりアーティストなんだなと感じました。本作は、低予算の作品ですからはっきり言って、俳優の皆さんにとって商業的な利益はあまりありません。何か提供できるものがあるとすれば、新しい演技や境地への挑戦でしょうか。彼らのアーティスト欲を刺激したからこそ、今回、参加してくださったのではないかと思っています。
——韓国では2021年に上映されたそうですが、リアクションはいかがでしたか?
キム:コロナ禍で、商業映画ではないということもあって、観客数自体は少なかったかもしれません。ただ、『窓辺のテーブル 彼女たちの選択』に続くオリジナル作として、どんな新しい試みがあるか興味を持って観に来てくださった方が多数いらっしゃいました。そのような映画ファンの方々と、より深い関係が結べたのではないかと思っています。

劇中より
(通訳:尹春江、取材・文:東谷好依、編集:安次富陽子)
■作品情報
『夜明けの詩』
監督:キム・ジョングァン『ジョゼと虎と魚たち』
出演:ヨン・ウジン/イ・ジウン(IU)/キム・サンホ/イ・ジュヨン/ユン・ヘリ
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配給:シンカ
公開表記:大ヒット上映中