「寂聴さんがモデルでも気負いはなかった」寺島しのぶ『あちらにいる鬼』インタビュー

「寂聴さんがモデルでも気負いはなかった」寺島しのぶ『あちらにいる鬼』インタビュー

「潔い人たちの集まりなのだと思います——」。夫婦と愛人、男女3人の特別な関係をこう振り返るのは、11月11日(金)に公開予定の映画『あちらにいる鬼』で主演を務める寺島しのぶさん。

本作は、瀬戸内寂聴、井上光晴、そして井上の妻——実在した人物をモデルに、3人の関係を綴った同名小説の実写映画で、原作の作者は直木賞作家の井上荒野さんです。作品が発表されると、実の娘が父、母、そして父の恋人の関係を書いたと話題となりました。

映画で、主人公のみはる(のちに寂光)を演じた寺島さんに作品について話を聞きました。

「みんなが知っている寂聴さん」にプレッシャーは?

——赤いベリーショート、素敵です! どうして赤に?

寺島しのぶさん(以下、寺島):赤が好きだと息子が言うので、赤にしました。

——撮影で髪を剃り落とすこともそうですし、フィクションとはいえ実在した人物、しかも瀬戸内寂聴さんがモデルです。オファーを受けて、迷いはありませんでしたか?

寺島:廣木監督とお仕事ができるので、迷いませんでした。もともと井上荒野さんの小説のファンでもあるので、廣木さんと一緒に撮る『あちらにいる鬼』ならば、きっと素敵な映画になるだろうと予感がありました。

瀬戸内寂聴さんがモデルであることにも、あまり気負いはありませんでした。というのも、この映画は得度する(註:出家の儀式)までの話です。尼僧の瀬戸内寂聴さんはよく知られていますが、今回の物語の中心はそれまでの彼女が何をしていたのかなので「みはる」が「みんなが知っている寂聴さん」のイメージで見られることもないだろうと思いました。

——本作は、寺島さんが演じた人気作家の長内みはる、そして同じく作家の白木篤郎(豊川悦司)、そして篤郎の妻・笙子(広末涼子)の3人が中心となり物語が展開します。主人公である「みはる」について、寺島さんはどんな印象を持ちましたか?

寺島:脚本を読むうちに、みはるは「女篤郎」なのだと思いました。はじめは、篤郎さんがフラフラしてダメな男というか、悪く見えるのだろうと思ったのですが……みはるも結局、散々なことをしていますよね。二人は似ている。演じる中でそう気づいて、面白い発見だと思いましたね。

劇中より

「女性」を描くなら廣木監督と話す理由

——廣木組での撮影はいかがでしたか?

寺島:やはり信頼できると思いました。淡々と撮っているというか、わざとらしくドラマティックにしないところがいいですよね。たとえば、みはると篤郎さんの登場シーン。私が階段を駆け降りてきても篤郎さんの顔は見せず、しばらく私のリアクションだけが続いて、次のシーンではもう二人が向かい合っている。つまり、二人は運命的に出会い、ビビッと雷が落ちた!みたいな演出をしないわけです。得度式のシーンだって、案外サラッとしていましたよね。

——確かに。きっと派手に来るぞと思っていたのですが。思いのほかあっさりと。

寺島:剃りますよ、剃りますよと粘るのではなく。生活の中、生きていく中の一部として行われている剃髪という感じに映っていたのは、廣木さんの確信犯的な撮り方。私は廣木さんのそういう映画作りがすごく好きです。「女性」を撮るならば、廣木さんしかいないと思っているんです。

——そうなんですね。

寺島:まず、そんなに多様な女性を撮りたいという監督がいないでしょう。

——昔よりは描かれるようになってきたのかなと思っていたのですが、現場にいらっしゃる寺島さんはそう感じない、と。

寺島:はい。もっと、30代、40代、50代……それぞれの年代で中心となる物語があるはずなのだけど……。若さとか夢への熱量といった映画もいいなとは思うけど、それだけでは……ね。

——そうですね。その中で廣木監督の良さというのは?

寺島:男性で「女性」を描く事ができる数少ない監督だと思います。女性監督が撮る「女性」とも違うんですよね。

——女性監督と男性監督で「女性」の撮り方に違いが?

寺島:性別ということではないかもしれないけれど……。自分が仕事をしてきた中では、女性が女性を撮るとえぐさを強く出そうとする傾向を感じます。同性だからなのか、よりドロドロした部分をさらけ出させたがる感じがします。

——そんな違いを感じることがあるのですね。女性監督はまだ数が少ないので、何かインパクトを残そうと強い画作りになりやすいのでしょうか。興味深いお話です。

寺島:そういう部分もあるかもしれません。廣木さんは、オブラートに包むところは包みながらも、内面のドロリとした部分を全て残らずえぐり取っていくところがあります。そこが素晴らしいと思います。

劇中より

自分で決めた人たち

——今作のあるシーンでは、寺島さんの提案が採用されたと聞きました。

寺島:物語の後半で、白木邸を訪ねて笙子さんの手を取るシーンです。もともと、手を取るプランはなかったのですが、手を繋ぎたくなってしまって。それで、思いに従ってみたら廣木さんが「何をしているの?」と寄っていらっしゃって、私たちを見て、「そういう感じね」と採用になりました。だけど、このシーン、後悔したところがひとつあって……。

——何ですか?

寺島:広末さんの表情。テストのとき、戸惑って、涙ぐんだ彼女の顔がとても素敵だったの。あの顔を見て、廣木監督にだけプランを伝えて、本番で試したらよかったなと思いました。

——そんなに素敵な表情だったのですね。広末さんとの共演はいかがでしたか?

寺島:広末さんとは一緒のシーンがほぼなかったので、あまりお話できませんでしたが、試写後にすごく褒め合いましたよ。3人で。私と豊川さん、廣木監督の関係が出来上がっている中に参加することや、笙子という役の難しさ、広末さんはとても大変だったと思いますが、彼女が笙子さんで本当に良かったです。

——笙子という人物についてはどう解釈されましたか? 夫の愛人の見舞いに行くことになっても、夫に本気になった女性が家に押しかけきても笙子は動じません。みはるとの関係を知っていて家に招いたりもして……。

寺島:寂光さんがいちばん興味を持っていた人だと思います。得度式にも行ってらっしゃいと篤郎さんを送り出すわけでしょう。「それって一体なに!?」ですよね。寂光のように自由に生きている人間には考えられない人物像だと思います。本当に揺らがないし。

篤郎さんも、逢瀬のときに「妻が編んでくれた」とか「妻が行けと言った」とか。笙子さんの存在を全面に出してくるし……。最初のうちはイライラする気持ちもあったのですが、だんだん普通の言葉として受け取るようになってきて、なんとも思わなくなった自分もいました(笑)。

——ある意味、常に3人でいるような気もしますね。

寺島:潔い人たちの集まりなのだと思います。愛すること、愛し続けること、やめること……みなさん自分で考えて決めていますから。そういう人たちだから、たとえ傷つくことがあったとしても、特別な関係でいられたのではないでしょうか。

劇中より

あちらにいる「鬼」とは

——タイトルについてはどのようにお考えになりましたか? 「鬼」って何だろうとか「あちら」ってどこだろうとか、いろんな解釈があると思うのですが……。

寺島:恐ろしい鬼というよりも、子どもの鬼ごっこのような感じの鬼。3人で鬼ごっこをしている感じだと……先日、荒野さんが言っていました。

——あっ、原作者から回答が(笑)。

寺島:私はそのとき、ご両親と愛人の関係をものすごく傍観者として見ている、そしてそれを書く荒野さんが一番鬼だと思いますと答えたのですけれど……。まあ、それはそれとして。子どものかわいい鬼ごっこのイメージだと聞いて、「ああ、なるほど」と思いました。

3人は遊びのルールを守ると決めたから、関係が続いたのだと思います。篤郎さんの自宅に押しかけた女性なんかは、ルールを守れなかった人。だから、鬼ごっこに入れなかったんですよね。

——ああ……。自宅に愛人がやってくるシーンの篤郎さん最高でした。

寺島:豊川さんは、本当はああいう芝居がやりたいはずなんですよ。彼は、どんな演技も受け止めてくれて、それが自ずと良いシーンになるという不思議な縁の人。毎回「もう全て出し切った!」と思うのですが、気づけばまた共演を楽しみにしている。そんな俳優仲間です。

(スタイリスト:中井綾子(crêpe)、ヘアメイク 片桐直樹(EFFECTOR))
(撮影:西田優太、取材・文:安次富陽子)

■作品情報

『あちらにいる鬼』
2022年11月11日(金)全国ロードショー

寺島しのぶ 豊川悦司 / 広末涼子
監督:廣木隆一 脚本:荒井晴彦 
原作:井上荒野「あちらにいる鬼」(朝日文庫)
2022/日本/139 分/5.1ch/シネマスコ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

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