『家守綺譚』インタビュー・後編

「表現の本質は同じ、でも…」マンガ家生活46年、近藤ようこに聞く、マンガの役割

「表現の本質は同じ、でも…」マンガ家生活46年、近藤ようこに聞く、マンガの役割

『見晴らしガ丘にて』『五色の舟』などで知られるマンガ家の近藤ようこさんによる『家守綺譚(いえもりきたん)上・下』(新潮社)が9月25日に発売されました。原作は梨木香歩さんの同名小説で、亡き友・高堂の家の「家守」として暮らすことになった文筆家・綿貫征四郎の少し不思議な日々を描いています。梨木作品の魅力について聞いた前編に引き続き、後編ではマンガ家として46年間活動している近藤さんにマンガの役割や「市井で暮らす人々」を描く理由について伺いました。

1979年に『ガロ』でデビュー

――近藤さんは1979年にマンガ雑誌『ガロ』の投稿作品『ものろおぐ』でデビューされました。日本で独自に発展してきたマンガは、いまや世界でも広く読まれるようになりましたが、マンガの役割についてはどうお考えですか。

近藤ようこさん(以下、近藤):私はあまりマンガをほかのジャンルと分けて考えていません。小説でも映画でも、表現の本質は同じだと思っています。ただ、私は小学生から高校生まで人格形成期にマンガを読んでいて、たとえば大島弓子先生の作品など、他のジャンルでは出会えなかったテーマに触れられました。そういう意味で、マンガを読んできてよかったと思います。

マンガでしか見られないもの、マンガでしか表現できなかったものを目にすることができた——そんな幸運な時代があって、たまたまそういう時代に居合わせることができた。それはとてもラッキーなことでした。でも、自分に同じようなことができるかどうかは分からないですね。

——近藤さんがマンガを描き続ける理由は?

近藤:私はほかの仕事ができないから、マンガを描くしかないんです(笑)。お話を作って、人間関係を描くのが好きで、小説家は小説で、映画監督は映画でそれをやる。私の場合はマンガでやる、というだけです。ただ、マンガだからといって「難しいことがやさしく読める」とは思いません。難しいものはマンガでも難しい。マンガを「お手軽」と思っている人がいたとしたら、それは違うと思います。

——近藤さんのマンガで描かれるのは庶民だったり、市井の人が多いですね。

近藤:そういう意味では、マンガ家としては「弱い」のかもしれません。マンガは基本的には、強いキャラクターや個性的なキャラクターで引っ張っていくものだし、そういうものがヒットしやすい。でも私はそういう人物は描けない。ただ、強いキャラクターを描ける人が庶民を描けるかというと、それも違う。みんながそれぞれの役割を果たせばいいと思っています。

——近藤さんの人生観にも通じるのでしょうか?

近藤:私は、人生は「なるようにしかならない」と思っているんです。無理をして自分じゃない何かになろうとしたり、「あの人みたいになりたい」と背伸びしたりしても、あまり意味がないんじゃないかなと。自分にできることを、自分らしく楽しめるのがいちばんいいと思っています。

——近藤さんが描く、人間の心理描写に「はっ」とさせられることがあります。“ネタ元”のようなものはあるのでしょうか?

近藤:たとえば新聞の小さな記事とか、一般の方が投稿した文章なんかを読むこともありますし、今はネットで誰でも自由にブログを書けますよね。あとは喫茶店で隣に座っている人の会話を何気なく耳にして、「ああ、そういうこともあるのか」と思ったりもします。そういうところから、想像を膨らませていくんです。

そうした言葉や出来事に触れたとき、自分が何を感じるか、「いいな」と思うこともあれば、ちょっと反発を覚えることもある。そういう感情を覚えておいて、いつか作品の中で使う、という感じですね。

マンガ家の近藤ようこさん

——「人間」が好き?

近藤:やっぱりそういうことをするのは、単純に面白いからなんです。自分の世界って、すごく狭いなと思うんですよ。自分の友達にはこういう考えの人はいないなとか、こういう行動をする人はいないなと思うと、ちょっと耳を傾けたくなる。もちろん、それで完全に理解できるわけじゃないけれど、「こういう人はこう考えて、こう動くのかもしれない」と想像を広げながら、そこから物語を作っていくんです。

——SNS社会になって、読者の反応も変わりましたか?

近藤:以前は読者の声を直接聞く機会がほとんどありませんでした。でも今はSNSやメールで感想をもらえるし、検索すれば感想も見られる。批判もありますが、「読んでくれている人がいる」と実感できるのはとても励みになります。もっと若い頃にこういう環境があったら、もっと元気になれたかもしれませんね(笑)。

『家守綺譚(いえもりきたん)上・下』(新潮社)表紙

(聞き手:堀池沙知子、撮影:新潮社写真部)

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