2009年に、ホラー小説『！』（アルファポリス）で作家デビュー後、フィクション、ノンフィクション問わず、さまざまな作品を発表してきた二宮敦人（にのみや・あつと）さん。結婚時に東京藝術大学彫刻科の学生だった妻への興味から、“芸術家の卵”たちの知られざる日常をつづったエッセイ集『最後の秘境 東京藝大ー天才たちのカオスな日常』（新潮社）は、累計部数40万部を超えるベストセラーになりました。
そんな二宮さんのエッセイ集『ぼくらは人間修行中ーはんぶん人間、はんぶんおさる。』（新潮社）が、7月に発売されました。「小さな生命体」であるところの長男（ちんたん）と次男（たっちゃん）を「親の欲目に惑わされず観察」して記録したエッセイ。日々巻き起こる何げない出来事を通して、親と子供が一緒に育っていく様子が描かれています。
二宮さんに執筆のきっかけや「父性」をテーマにお話を伺いました。前後編。
「この小さな生命体を研究したい」執筆のきっかけ
——もともとは雑誌『波』（新潮社）で連載されていたそうですね。子育てをテーマに執筆されたきっかけを教えてください。
二宮敦人さん（以下、二宮）：自分が子供のころのことを振り返ると、断片的にしか覚えていません。だから、子供って最初から物心がある状態でポンと生まれてくると思っていたんです。でも、実際に出てきたのは、すごいふにゃふにゃした“小さな生命体”。「これが絶対、自分のような人間に育つわけがない」と思うんですけれど、世の中では「育つ」と言われている。「これが大人になるんだよ」と言われても、「はい」とスッと受け入れられず、「果たして本当にそうなのか？」「逐一見てやろう」「どのタイミングでこうなるのか？」ということを知りたいと思いました。それで、興味があったことをメモして、そのメモから文章を作っているんですけれど……。別の表現をすると、「この小さな生命体について研究したい」ということなのかもしれませんね。
——では、観察日記のようなスタイルで書いていたんですか？
二宮：そうですね。ただ、最初は結構難しかったです。子供を見ていて、何か発見したとか、これは面白いというエピソードは結構いっぱいあるんですけれど、どれも断片的なんです。「このままだと、Twitterのように発見をバーッと書いていくだけになってしまうんじゃないか？」という疑問があって……。でも、編集担当さんが、「無理にまとめなくていいから、とりあえず書いていきましょう」とおっしゃってくれたので、とりあえずやってみました。
僕は、メモにバーッとひたすらエピソードを羅列しているんですけれど、見返していると、「これは同じ串で貫けるエピソードだな」というのが、たまに見つかるんです。その串をもとにすると、起承転結がある短いお話みたいなものが作れるようになってきて。だから、最初は書くのが難しくて「うーん……」とうなっていたのですが、だんだんそういう串が発見できるようになると、「こんな考え方ができるな」「こういうことも言えるな」と探りながら書けるようになりました。
「そのくらいできるでしょ？」無意識の押し付けをしたくない
——改めて、一冊の本になってみていかがですか？
二宮：いろいろな方が読んでも楽しめるようにと、最後に大幅な見直しをしたんですが、それがとても難しかったなあと。僕が観察しているのは、あくまでも自分の家族の子供たちでしかないので、よそのお子さんと、全然話が違ったりするんです。子供の振る舞いも違うし、親の教育方針も違うし、子育てで苦労しているポイントもまったく違う。それだけでなく読者さんにはお子さんがいない方や独身の方まで、いろんな人がいます。
例えば、僕の妻は、ストレス耐性が高いらしく、子供に体の上を這い回られても、ワーッて耳元で大声を出されても、平然としているんです。「痛くないの？」と聞くと、「ううん、痛いよ」って言う。「じゃあ這い回られているときは何を思っているの？」と聞くと、「近いって思ってる」と答えが返ってくるのですが、なんだか要領を得ないんですよね（笑）。
僕だったら、「ちんたんはいったい何がしたいんだ」「ちょっと邪魔なんだけどな」という考えが先に来るんですけど、妻はあまり気にならないらしい。でも、僕は気になるタイプ。そういう差が、夫婦間でもあります。だから、妻の基準で「それくらいできるでしょ？」と言われたら、つらいと思うんです。それと同じことを読者にしたくないんです。
世の中には、「子供を育てるのはいいことだ」「子供より自分の人生を優先すべきだ」「子育てに男はもっと関わるべきだ」など、いろいろな考えや主張、立場があると思うのですが、それぞれ理由があるはずなので、押し付けをしたくない。そんなスタンスを崩さないように書くのが難しかったです。これはあくまでも「僕が見た僕の家の話」であって、いろいろな可能性があるうちの一つとして、面白おかしく読んでいただければと思っています。
「まるで昼ドラの世界」子供たちを観察していて気づいたこと
——昨年は、男の子が生まれたそうですね。3人兄弟になって、何か変化はありましたか？
二宮：本当にいろんな発見があります。何から言えばいいのか……。3人それぞれ、性格も外見も違うんです。外見上の特性もあれば、怒るポイントが違ったり、性格の違いもある。「小さいころから、人間ってずいぶん違うんだなぁ」という発見があります。
面白いのは、3人いると“組み合わせ”のような現象も起きるんです。長男の三男に対する優しげな視線とか、次男の三男に対する嫉妬とか、完全に人間関係ができていて「昼ドラ」みたいな世界が展開されている。例えば、次男は長男がおもちゃを持っていると、途端に欲しくなるんですね。でも、おもちゃを取り上げられた長男が、「じゃあ、いーや」ってなると、興味を失うんです。
長男にも同じことが言えて、自分の新しいおもちゃで遊んでいると、次男が泣いて欲しがる。でも、しばらくして諦めた次男は、まったく違うおもちゃで遊び始める。そうすると、長男がやってきて、新しいおもちゃを見せびらかすような感じで、チラッと次男を見ながら思わせぶりに遊ぶんです。ところが、次男は集中して遊んでいるから、まったく無視してて……。それで、長男も興味を失って、新しいおもちゃをポイッてつまらなそうに投げ出すんです。
——まさに「他者の欲望を欲望する」んですね。
二宮：彼らの関係を見ていると、「僕もあるわ～」と思い当たることがあるんです。例えば、テレビゲームで遊んだり、マンガを読んだりして、「すごくよかった！」と思ったあとに、レビューを見て、自分は★5つだと思っていたものがボロクソに酷評されていると急につまらなく思ったり。ほかにも、「これ売っちゃおうかな」という物があって、フリマアプリなどで値段を見て意外と高く売れたりしていると、「これは良い物なのか。やっぱり手元に置いておこう」というように、さっきまでいらないと思っていたのに輝きを取り戻したりとか……。
——すごく分かります。
二宮：大人でもありますよね？ 最初は、子供たちを見て「子供って面白いな」と思っていたのですが、「僕も露骨にやらないだけで、同じだな」と気づきました。子供も大人も変わらないんだなと。子供たちの関係性を通して、新しい発見があるのは面白いなと思います。
自分の常識を手放していくこと
——本でも、毎日の忙しさが「雑誌編集部くらいではあると思う」と書いてらっしゃいましたが、子供が３人になってさらに忙しさは増したのではないでしょうか？
二宮：やっぱり子供が3人いるとめちゃくちゃ忙しいですね。妻と2人だったらまだ分担できますけど、一人で彼らを見ている日は、寝る時間が……。ただ、僕はいわゆるロングスリーパーだと思っていたのですが、意外と原稿の生産量が落ちてないのは意外でした。育児でタスク量が増えているはずなのに、今のところ一回も連載を落としたことがないです。
——仕事のペースは落ちていない？
二宮：はい。どこで帳尻を合わせているかというと、やっぱり知らず知らずのうちに、生活の中でうまく手を抜いているんだと思います。あとは美学を捨てる。
——美学というのは？
二宮：例えば「朝はちゃんと起きなきゃいけない」「部屋はきれいじゃないといけない」「おもちゃはちゃんと整理されてないといけない」とか、何となくそうしたほうがいいと思われているものを、かなぐり捨てるんです。「寝かしつけが大変だし、子供を無理に寝かそうとしなくていいじゃん」「部屋が多少汚くても病気にならなければいいや」って。そもそも、部屋をきれいにするのは、清潔にすることで疫病を防ぐためだと思うので、「疫病を防ぐ」という目的が達成されているならいいはずなんですよね。そんなふうに、何とか理屈をこねくり出して、気にしなくなりました。子育てを通して、「まだ自分の常識を手放せたんだ」という発見もあります。
——新しい自分を発見していくという感じでしょうか？
二宮：新しい自分というか、人間研究というか、いろいろと考えが広がるというか……。例えば、うちは次男が夜中に起きるんです。夜中に遊びまわって、朝4時ごろ寝るわけです。しばらくすると、長男が起きてくる。時間を分けて起きるので、親としては非常に迷惑なんですけど、キッチリ分かれているっていうことは何か意味があるのかもしれないなって。
——どういう意味でしょうか？
二宮：例えば、起きている時間帯を分けることで、親やおもちゃのリソースを争わずに済んでいるのかもしれない。セミって、時間帯を分けて鳴くと言われていて、クマゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシで、鳴く時間がちょっとずつ違うんです。自分たちの声が他のセミの声に相殺されて消えないように、進化していったらしいのですが、そういう自然界の生存戦略みたいなことを、長男と次男はやっているんじゃないかと。これもただの仮説なんですけど、面白いですよね。
——その仮説は面白いですね。というか、観察して「仮説」を立てながら検証していくのが面白いです。
二宮：僕自身についても似たようなことが言えるかもしれないです。例えば、この本だって、「男性のための育児本」みたいなものは他にもあるから、「自分は違う路線で書こう」というように、すみ分けを狙おうとしているのかもしれない。そんなふうに「無意識だけどやってるかも……」ということを考えていると、新たな一面が分かる気がして。その発見が面白いですね。
（聞き手：ウートピ編集部・堀池沙知子）
