夫の腎臓をもらった私 第2回

「持病のせいでと言いたくない」 腎臓病を抱えた彼女が働くことにこだわる理由

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「持病のせいでと言いたくない」 腎臓病を抱えた彼女が働くことにこだわる理由

「夫の腎臓をもらった私」
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2018年3月、夫がドナーとなり腎臓移植手術を受けたもろずみはるかさん。「精神的にも肉体的にも夫に寄りかかっている部分が大きいから、経済的には自立していたい。働くことに妥協したくない」と言う彼女が選んだのは、フリーランスという働き方でした。組織大好き人間だったというもろずみさんが、フリーのライターになって感じたこととは?

「いつかは透析」と言われて

服用している免疫抑制剤。決められた時間に決められた量を確実に服用する。移植腎を元気に保つルール

服用している免疫抑制剤。決められた時間に決められた量を確実に服用する。移植腎を元気に保つルール

前回もお話ししましたが、私は25年間、腎臓の病気と歩んできました。中学1年生の頃から「いつかは透析」と医師に言われ続けて、36歳で腎不全に。いよいよという時に、夫が「腎臓をひとつあげる」と、手を差し伸べてくれました。そして私は、夫婦間腎移植を受け、25年ぶりに不治の病から解放されたのでした。

拒絶反応が起こらないよう、生涯、免疫抑制剤を飲み続ける必要はありますが、私は夫の腎臓を分けてもらったこの身体でこれからも生きていきます。元気に生活を続けることがひとつの使命だと思うのです。

けれど、「元気に生きる」ってなんだろう。健康でいること、打ち込める趣味を持つこと、家族で仲良く過ごすこと……。人ぞれぞれ、いろんな欠かせないものがあると思います。私にとっては仕事がそのひとつ。

仕事があるから笑えるし、仕事があるから苦しいし、仕事があるからメシがうんまい。もしかしたら、生きることを実感するために仕事をしているのかもしれません。

病気があっても仕事だけは手放すもんか

体調がツラくて気持ちが弱ったとき、イラだって攻撃的になってしまったとき、どんな私でも夫は手を離すことはありませんでした。彼の腎臓がお腹にあるいま、精神的肉体的に頼っていることは否定できません。だからこそ、経済的には自立したパートナーでいたい。それは私の決意です。

現在私はライターという肩書きで取材や執筆をして報酬を得ています。フリーランスになったのは30歳の時です。その前は会社員としてある企業の広島支社で事務職をしつつ、自己研鑽のためのお金500万円を貯金していました。手に職をつけるためです。

遅かれ早かれ腎臓病の末期症状になると想定していた私は、「早めに働き方を変えなければいけない」と思っていました。個体差はあるとして、末期症状になると身体がだるく無気力になります。仕事の緊張感がなければ一日中眠ってしまうくらいです。そんな身体で8時間労働を週5日もこなすのはハードルが高いと思ったのです。体調に合わせて仕事量を「調整してもらう」のではなく、自分のペースで「調整できる」ようになれば、誰にも迷惑をかけず、いつまでも楽しく働けるのではないか……。

「病気があっても仕事だけは手放すもんか」

そして私は27歳のとき、貯めたお金を持って、広島から上京したのです。

受講料をペイしてみせますから!

なぜ東京か——。そこはまあ、まだ世間知らずだった私が考えることです。「東京はでっかいから、仕事はたくさんあるだろうし、手に職なら、ITエンジニアか広告系でしょ?」と、口笛を吹くような軽やかな発想で、のほほんとやってきたのでした。

そして、縁あって広告代理店で、コピーライターとしてのキャリアをスタートすることに。それが「書くこと」の原点になりました。

そこから2年半、広告の修行をさせてもらったのですが、刻々と過ぎていく時間に焦りも感じていました。「早く仕事のペースを調整できるフリーランスになるためのチャンスがほしい」と。

そして、またもや私の世間知らずが発動します。今度はなんのアテもなく、ライターへの転身を目指し、会社を辞め、ライターの養成講座に通い始めました。その時、夫に宣言したことが2つあります。

1.受講料は自分の貯金から出す
2.受講料分は(講座きっかけで得た)ライターの仕事でペイする

だらだら学んで、楽しかったーで終わらないように、自分に負荷をかけました。

「受講料は投資! 必ず回収してみせる」

そして、実際に講座でできたつながりにしがみついて、ライターの仕事を得て、卒業から3ヶ月で、受講料を超える報酬を得ました。この経験は、私に自信を与えてくれました。

「持病のせいで」と言いたくない

私はもともと組織大好き人間です。先輩後輩、同じメンバーで切磋琢磨しあって互いの成長を見るのが大好きだし、「どこどこのもろずみです!」と会社の看板を背負って働けるのは安心感があります。

働くことが好き。人が好き。そんな私が、会社員として働き続ければ、身体の声を無視しても頑張り続けてしまうのは目に見えていました。そして、周りに迷惑をかけてしまうだろうということも。

一方、この身体で仕事を続けるために飛び込んだフリーランスという世界は、大層おもしろいところでした。この世界の人たちは、自分のキャラクターを限定しないようです。結局何をしている人なんですか? と思うような、正体不明(!?)な人が多いのです。

例えば、月曜は本を書く、火曜はインタビュアー、水曜は企業で働いて、木金は旅の案内人として地方出張とか。やりたい仕事を好きなだけ。業種も業界も超えて協業しているのです。

仕事が楽しくてしょうがない私と、キラキラに押される夫

仕事が楽しくてしょうがない私と、キラキラに押される夫

フリーは孤独なのかなぁという不安もあっさりと払拭されました。フリーランス同士、依存しない距離感で成長しあえると知ったからです。彼女/彼らは、「集まりましょう~」「解散しましょう~」の切り替えがじょうずで、しょっちゅう誰かが勉強会を企画して意見交換しています。

年齢も性別も社会的バックグラウンドも関係なく、「なんだそんなこと。それよりあなたはどんな仕事をしているの?」というような「イノセント感」にも刺激を受けました。この世界では自分に持病があることがデメリットではないし、持病があるからと言って何かを諦めなくてもいい。

実は私は、腎移植後5日で社会復帰しました。ベッドの上で1時間ほど原稿を書いただけなんですけど、これも立派な社会復帰です。1時間仕事に没頭すると、自分がオペをしたばかりの患者であることを忘れられました。だから仕事はやめられないのです。

(もろずみはるか)

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夫の腎臓をもらった私

中学1年生の時に腎臓病になり、36歳で末期腎不全になった、もろずみさんに健康な腎臓を「あげるよ」と名乗り出たのは彼女の夫でした。手術を終えた彼女がいま思うこととは——?

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