人生100年時代というけれど、それほど長い人生を支えるための「健康」について、ちゃんと気を配れているでしょうか。最後まで自分らしく生きていくには、健康は欠かせないもの。ところが、日常生活に支障をきたさずに暮らせる健康寿命と平均寿命には、男女ともに10年ほども差があるといわれています。
そんななか注目が高まっているのが、病気にかからないよう予防する「予防医学」という分野。3月に著書『怖いけど面白い予防医学』を上梓した医師・森 勇磨さんに、予防医学の活かし方を伺いました。

『怖いけど面白い 予防医学』(世界文化社/1870円税込/好評発売中)
予防医学には3段階のレベルがある
——人生100年時代と聞くようになり、キャリアや自分の幸せについて考えることは増えたけれど、なかなか未来の健康にまでは頭が回りません。アラフォーに差しかかり、本当はもっと身体のことを考えないと、とは思っているのですが……。
森勇磨さん(以下、森):それは自然なことだと思いますよ。人間は、何かしらの悩みがあるときに行動するもの。いま健康で、とくに困っていることがないなら、そこに対しての優先順位が下がってしまうのは仕方のないことです。ただ、長い目で人生をとらえたときには、きっとその優先順位が変わってくると思います。そのとき味方になるのが予防医学です。
——予防医学とは、どのようなものなのでしょうか。
森:予防医学には3段階のレベルがあります。「一次予防」は、病気にならないための対策。バランスのよい食生活や適度な運動を心がけて健康を保つことや、危険な病気を避けるための予防接種などが該当します。次に、病気を早期発見するための「二次予防」。定期検診や人間ドックなどで病気やそのリスクを発見し、早期治療に取り組むことです。そして最後が「三次予防」。病気にかかったあとに進行や症状を抑えたり、リハビリで回復や再発防止を促したりするなどの対策を指します。
——このままとくに何の予防もせず年を重ねた場合、女性に多いのはどんなリスクですか?
森:命にかかわる強烈な病気でいうとやはり乳がん、子宮頸がんです。定期的ながん検診やHPVワクチン接種といった二次予防が呼びかけられているけれど、まだまだ浸透していません。ただ、どちらも検診をしっかりと受けていれば、比較的発見しやすいもの。このように明確な予防策のあるがんは、そこまで多くありません。だからこそ、そこに関してはしっかりこなしておいていただけたらいいなと思います。
それから、中年以降の女性は更年期障害も気になるところでしょうか。卵巣機能の低下によってエストロゲンの分泌量が減り、ホルモンバランスが崩れることで、さまざまなマイナートラブルを引き起こすのが更年期障害です。エストロゲンは骨を丈夫にしたり、LDLコレステロールを新陳代謝してくれたりもするものなので、将来的には骨粗しょう症やLDLコレステロール値の悪化が起きやすくなります。閉経は、人生の折り返し地点といっても過言ではありません。
そのほか、男女ともに中年期で多いのが大腸がんです。暴飲暴食が多い人や便秘がちな人は、リスクが高いと言われています。これは、一次予防で生活を整えることから意識できるといいですね。
リスクを知らずに後悔する人を減らしたい
——そうやって具体的なリスクを聞くと、確かに予防の必要性を感じますね。著書『怖いけど面白い予防医学』では、病気になったあとの“リアルな暮らし”がさまざま紹介されています。命が助かったとしても、日常に多くのつらさが残ることがよくわかりました。
森:こうした病気やリスクの話を紹介しているのは、まさに予防の必要性を感じて、アクションを起こしてほしいからです。強い原体験がある人は、やっぱり行動が変わります。家族が病気になった姿を間近で見たりすると、怖くなるんですよね。脅すわけではないけれど、そうした「病気」や「病気の先」をコンテンツで追体験して、予防策をとってもらえたらうれしいです。とはいえ、医者でも煙草を吸う人はいるので、結局は自分次第なのですが……。
——自分次第、ですか?
森:私たちは予防医学の必要性を訴えるけれど、それを生活に取り入れるかは、個人の自由なんです。ただ、病気になったらどうなるかを知ったうえで判断してほしい、とは思います。何度も救急搬送されているのに煙草を吸い続ける人もいるけれど、それはそれでその方の人生の選択です。だけど「こんな病気になるリスクがあるなんて知らなかった」とつらい思いをする人は、できるだけ減らしていきたいんです。
——医療の現場では、これまで予防策を講じてこなかったことに後悔される方は多いのでしょうか?
森:「自分だけは大丈夫」と思っていた方は少なくありません。病気になって苦しんだり、後遺症が残ったりしてから、じわじわと「あのときこうしておけばよかった」という後悔の念が湧いてくるパターンが多いです。そうならないように、まずは予防医学の知識を知ってほしいなと思います。そして、健康を守りたいと思ったら、ぜひ健康診断を受けていただきたいです。普段の生活ではわからないところまで調べられる検査は、貴重な機会。そして、結果からアクションにつなげていけるといいですよね。
——確かに「再検査」などが付いていなければ、そこまで詳しく数値を見ることはありませんでした……。
森:ちなみに会社の健康診断では、所属している部署やチームごとに結果が偏りやすいけ傾向があります。勤務時間帯や昼食の傾向、会食や残業の有無など、生活習慣が似ていくからでしょう。すると、コレステロールや尿酸の数値が、チーム内で同じように上がったりする。ここで全員が危機感を持てればいいのですが、なかなかそうはいきません。「仲間だね」というように会話のネタとして消費され、謎の安心感や連帯感を抱いてしまうケースが多いんです。でも、健康を守りたいならば、そこで強い意志を持ち、生活を見直してほしいと思います。
(取材・文:菅原さくら、編集:安次富陽子)