中学1年生の時に腎臓病を患って以来、25年間病気とともに歩んできたライターのもろずみはるかさん。「持病があっても、働くことに妥協したくない」「経済的に自立した状態でパートナーと暮らしたい」と彼女が選んだのは、「フリーランス」という働き方でした。
しかし、悪化が進み、36歳で末期腎不全になってしまいます。腎機能の低下による、不調の中もろずみさんが行った「私による私のための働き方改革」とは?
「じん」とか「かん」とか紛らわしいけど
2018年5月23日、本日で腎移植して2ヶ月が経過しました。今日計った、腎臓の状態をあらわすクレアチニンという数値は0.72mg/dl。正常値をキープしています。
この連載では私が腎臓病とともに歩んできた中で感じたことを、読者のみなさんとお話しするような気持ちで書いているのですが、そもそも腎臓ってなに? とピンとこない人も多いのではないでしょうか。
体内にある臓器であることはわかるけど、心臓、肺、胃や腸といったメジャーな(?)臓器と比べると、どこか存在が薄い腎臓。「肝臓」と名前が似ていて、うっかり間違えちゃいそうですし。
ザックリいうと、腎臓は体の中にたまったゴミをお掃除してくれる臓器です。老廃物や毒素、余分な水を尿として排出するのが腎臓の大きな役割。例えば、人が生活するとどうしたってゴミが出ますよね。1週間程度なら我慢できても、あんまりため込むと異臭を放って、快適に過ごせ無くなります。それと同じで、腎臓もあんまり悪くすると快適に過ごせなくなります。体に老廃物や毒素がたまり、顔色が悪くなったり全身がむくんだり、体力・気力が低下して1日中休んでばかりになります。
この「休んでばかり」が厄介な悩みでして……。というのも、休息って、たまにだからありがたい。働き盛りのうちはお仕事も好きなだけ楽しみたいじゃないですか。
そこで私は、「私による私のための働き方改革」を始めることにしました。自分の体をちゃんと理解してコントロールする。これに尽きると思いました。
カロリーを補充せよ!ミルクティー大作戦
末期腎不全になっていちばん悩まされたのは、とにかく疲れやすいということでした。十分な睡眠をとっても、朝起きて身支度を整えるだけでヘロヘロ状態。これから1日が始まろうというのに、15分でも仮眠をとらないと乗り切れる気がしないのです。
ポパイがほうれん草を食べて強くなるように、私もエナジーを求めて食事をとるのですが、消化と吸収で臓器に負荷をかけすぎてしまうせいか一気に疲れてしまい、かえって戦闘モードでなくなるのも困りものでした。
「私も“ほうれん草”が欲しい!」
そんなことを考えていた時、ある記事を読んで「これだ」とひらめきました。それは、大手IT企業の取締役の「天才エンジニア」と呼ばれる人が、ユーザー数1千万人を超える携帯向けポータルサイトを開発した際、甘いミルクティーだけで3日徹夜したというもの。糖分とカフェインが頭を使う作業に向いていそう、ミルクは体によさそうとの理由で開発中ずっとミルクティーを愛飲していたというのです。
理にかなっていると思った私は早速仕事中にミルクティーをごくごく。しかし、体にやさしいミルクに癒されるせいか、「よし!頑張るぞ!」という気持ちとは裏腹に、睡魔に襲われてしまうという結果に。
まさかまさかの「天才エンジニア」にインタビュー
これだけだと、とほほなエピソードなのですが、話はここでは終わりません。なんと、その「天才エンジニア」に取材する機会をいただいたのです。取材当日、彼が飲んでいたのはミルクティーではなく、甘い炭酸飲料でした。質問中にグラス持ってゴクり。炭酸の刺激で集中力を保っておられるようでした。
「(今度こそ)これだ!」と思った私。コーラには糖分とカフェインが含まれます。さらに炭酸がシュワっと刺激的で眠気覚ましに効くのも理想的だと思い、取材が終わったその足で、(夫も大好きな)コーラを買って帰りました。
ただ、腎臓病とコーラの相性について聞いておかないと、間違ったらあとが大変です。私はこのひらめきについて主治医に相談しました。
これを聞いた医師は、「おっ」と顔を上げて言いました。
「いいところに目をつけましたね。炭酸飲料はもろずみさんと相性いいですよ。腎臓病患者はエナジー不足になりがちなので、意識してカロリーを取って欲しいのだけど、米やパンだと炭水化物過多を気にしないといけません。できればカロリーは糖分で補充するのが理想で、飴を舐めるのもいいんだけど、何個もペロペロ舐めていられないでしょ?」と。
それ以来、タフな原稿執筆の際はコーラが欠かせなくなりました。
自首するような気持ちで病気を打ち明けたら…
もうひとつ、実践してよかったことがあります。意識改革です。私にとってのそれは病気を隠さないことでした。
私は25年間腎臓を患っており、それが「バレない」ように生きてきました。持病持ちの自分を「恥ずかしい」と思っていたからです。でもある人の言葉で、この考え方は180度方向転換させられました。
ビジネスパーソンならば誰もがその名を知るであろうウェブメディアの編集者をしている人なのですが、初めてお会いした時に「専門分野はなんですか?」と私に声をかけてくれたのです。緊張してしどろもどろになっていると、彼はこう助言してくれました。
「そんなに構えなくて大丈夫ですよ。40年近く生きていれば、どなたにも専門分野はあります。きっと他者が経験していない何かがあるはずで、それがあなたの専門分野です」
私は自首するような気持ちで言いました。
「私は25年ほど腎臓を患っております。そして数ヶ月後に夫から腎臓移植を受けるんです」
すると、その人はおだやかな声で言いました。
「それがあなたの専門分野です。腎臓移植なんて誰もが体験できることじゃありませんよ」
身体に電流が走るくらいショックでした。
長年のコンプレックスが私の強みになるの? もう陰日向で生きなくてもいいの?
彼はいろんなことを教えてくれました。病気はコンプレックスではない。むしろ力になるのだということ。病気だからといって仕事を諦める必要は決してないということ。
その言葉に勇気をもらった私は、手術後にfacebookで病気や移植手術についてオープンにしました。すると、連載が決まったり、取材を受けたり、仕事の幅が広がったのです。
自分を上機嫌にする働き方改革を
私は常識を捨てて、「自分の体を上機嫌にしてあげられる働き方」を探っては実践していきました。常識的には、病人が甘い炭酸飲料をゴクゴク飲んでいるイメージはありません。しかし腎臓病患者の私にとっては欠かせないものです。だって体がこんなに上機嫌なんですもの。
そういえば、「40歳を超えるとたちまち人生がラクになるよ」と、ある先輩が教えてくれました。それはもしかすると、40年かけて自分の取扱説明書を完成させることで、常に自分を上機嫌に保てるからじゃないでしょうか。それが「大人の余裕」の正体かもしれません。
神様から与えられた体は一つだけ。私は持病持ちの体を肯定しながら、やっぱり今日もお仕事を自己流で楽しんでいます。