「ママだからわかる」の先へ…ハハハクリエイティブが問いかけるもの

「ママだからわかる」の先へ…ハハハクリエイティブが問いかけるもの

出産や育児は、多くの人にとってキャリアの転機になる。とりわけ育児の負担が女性(母親)に偏りやすい現実のなかで、「仕事を続けたいけれど、以前と同じようには働けないのではないか」と悩む人は少なくない。

一方で、その課題は本来、母親個人の努力だけで解決するものではない。家庭や職場、チームのあり方も含めて考える必要がある。そんななか、博報堂プロダクツで活動するママクリエイターユニット「ハハハクリエイティブ®」が注目を集めている。

今回話を聞いたのは、発起人の長瀬桃子さん(43)と、メンバーの福地菜月さん(40)、江原美歩さん(35)の3人。

出産や育児によるキャリアブランクへの不安とどう向き合ったのか。なぜ母親たちのチームが生まれたのか。そして、その活動はなぜママだけでなく、パパ社員や若手社員をも巻き込む広がりを見せているのか。3人に話を聞いた。

<お話を伺った3人>

長瀬桃子さん(アートディレクター)
福地菜月さん(デザイナー)
江原美歩さん(クリエイティブディレクター/コピーライター)

「ハハハクリエイティブ」のメンバー

(左から)福地菜月さん、長瀬桃子さん、江原美歩さん

「仕事がやりづらい…」復帰して一番に思ったこと

ハハハクリエイティブ®の発起人である長瀬さんが復職したのは2022年。子どもが1歳の頃だった。復職してまず感じたのは、想像以上に自分を取り巻く環境が変わっていたことだったという。

「想像していた以上に仕事がやりづらくなったんです。でも周りを見ていると、先輩ママたちはそれぞれ工夫しながら働いていて、時間の制約があってもキャリアを諦めずに活躍していました。そういう働き方をもっと知ってもらいたいと思ったのが出発点でした」(長瀬さん)

当初からチームを作ろうと考えていたわけではない。転機になったのは、子育て世代のリアルな声や実感が求められる案件だった。上司から「全員ママデザイナーでやってみたら」と提案され、3人のママデザイナーだけでチームを組んで取り組むことになった。

結果は予想以上。子どもの急病や保育園対応など、それぞれが抱える事情を理解し合えるため連携がスムーズだった。時間に制約があるからこそ効率的に動くことができ、生活者視点を取り入れた提案は、 広告表現だけでなく、体験やコミュニケーション全体の設計にも活かされ、クライアントからの高い評価を得た。

「最初は正直『大丈夫かな』と思っていました。でも実際にやってみると、むしろ事情が分かるからこそ連携しやすかったんです。クライアントからも『自分事として考えられている提案だ』と言っていただけて、提案のリアリティと説得力が評価され、生活者理解の深さが伝わり、競合案件にも勝つことができました」(長瀬さん)

その後、チームに「参加したい」という社員が少しずつ増えていった。社内から案件相談も集まるようになり、自分たちの立場や価値を分かりやすく伝えるために「ハハハクリエイティブ®」という名前が付けられた。

当初は社内向けの活動だったが、評判が広がり、2025年3月には正式に社外へ向けてローンチされた。

長瀬桃子さん

「ハハハクリエイティブ®」名前をつける意味

長瀬さんは、「ハハハクリエイティブ®」という名前を付けたこと自体にも大きな意味があったと話す。それまでは「ママユニットです」「ママ3人でやっています」と説明していた。しかし、それだけでは属性の話になってしまう。

「『ハハハ』という明るい名前にして、その後ろに『クリエイティブ』を付けたことで、属性ではなく価値として受け取ってもらえるようになったと思います」(長瀬さん)

実際、働き方の説明もしやすくなった。

「今日は5時以降は対応できません」と伝える場面でも、「ハハハなので」と言えば自然に理解してもらえる。その代わり朝早くから稼働していることもある。時間の制約を言い訳ではなく、チームの特性として共有できるようになったことは大きかったという。

「私たちの世代にはロールモデルがいなかった」

長瀬さん自身が社会人になった頃は、出産や育児をしながら広告業界やクリエイティブ分野で仕事を続ける女性の姿は、今ほど可視化されていなかった。
「私たちの世代って、今みたいにロールモデルが見えなかったんです。だから、子どもを産んだあとも今の仕事を続けられるのか、正直あまり想像できませんでした」(長瀬さん)

実際に出産し、復職してみると想像以上に大変だった。それでも周囲には工夫しながら働き続けている先輩たちがいて、その姿に励まされたという。
今は自分たちが、その姿を見せる側になった。

「もちろん、私たちのやり方だけが正解だとは思っていません。でも、『こういう働き方もあるんだ』と知ってもらうことには意味があると思うんです。若い人たちにとって、将来を考えるときの選択肢のひとつになれたらうれしいですね」(長瀬さん)

双子が生まれて一変した生活

2025年4月に双子の育児休暇から復帰した江原さんは、すでにハハハが存在している状態で職場へ戻った。出産前は、長瀬さんたちの活動を遠目に見ていた一人だった。しかし、自身が育休に入ったことで初めて見えてきたものがあった。

「復帰しようと思った時に、『こんなにも今まで仕事しかしてこなかったんだ』って気付いたんです」(江原さん)

子どもがいない頃は、ご飯を作ることも掃除も洗濯も後回しにできた。週末にまとめてやればよかった。だから平日は、極端に言えば「寝るか仕事をするか」のような生活だったという。

しかし双子が生まれると状況は一変する。以前と同じように働けるのだろうか。キャリアは止まってしまうのではないか。そんな不安を抱えながら復帰した。

「復帰直後は、自分が以前やっていた仕事を後輩が担当しているのを見るのもつらかったですね。羨ましい気持ちもあるし、自分は今それができない。その葛藤は最初の数カ月ずっとありました」(江原さん)

そんな時、同期のデザイナーから「江原もハハハに入りなよ」と声をかけられた。コピーライターの自分も参加できると知り、活動に加わった。

江原美歩さん

「なんでそんなに休むの?」と思われている気がした

振り返ると、復帰1年目はハハハに救われた一年だったという。

保育園に通い始めたばかりの双子は、交互に熱を出した。治ったと思ったら、もう一人が体調を崩す。そんな日々のなかで、周囲の目を気にしてしまうこともあった。

「誰かに言われたわけじゃないんです。でも、『なんでそんなに休むの? って思われているかもしれない』って勝手に不安になるんですよね」(江原さん)

ところがハハハでは違った。

オンライン会議では、体調不良の子どものケアと両立しながら、状況に応じて会議に参加することもある。泣き出したらミュートにして対応し、落ち着いたら戻ってくる。そんなことが自然に受け入れられていた。

「復帰1年目からそれが当たり前だったのは本当に大きかったです。自分だけじゃないと思えました」(江原さん)

もっとも、ハハハクリエイティブが目指しているのは、「母親だけがなんとか工夫して頑張る働き方」ではない。

メンバーの多くは、パートナーや職場と役割を分担しながら働いている。長瀬さんの家庭では夫も育休を取得し、現在も一緒に子育てを担っているという。福地さんも、コロナ禍以降に夫の働き方が変化し、家事や育児を分担しやすくなったと話す。

育児と仕事の両立は、いまだに母親個人の努力や工夫の問題として語られがちだ。しかし実際には、一人で抱え込まない仕事の進め方や、属人化しないチームのあり方があってこそ成り立つ。

ハハハが示しているのは、母親の頑張りではなく、そうした働き方そのものだ。

「私、詳しいです」親としての実感を企画の核に

ハハハクリエイティブ®の価値は、働きやすさだけではない。同時に、日々の子育てで得た実感を起点に、 顧客接点の設計やコミュニケーションの精度を高める役割も担っている。

福地さんにとって印象的だったのは、アトピー性皮膚炎の子ども向けケア動画を制作した案件だ。

福地さんの子どもはアトピー性皮膚炎を抱えており、毎日欠かさず薬を塗っている。

「オリエンを受けながら、『私、そのオリエンより詳しいです(笑)』と思ったんです。薬をどれくらい塗るのか、親がどんなことで悩むのか、毎日向き合っているので実感として分かるんですよね」(福地さん)

仕事に追われる日々のなかで、つい子どもを叱ってしまうこともある。それでも、本当は毎日治療を続けている子どもの頑張りをもっと認めてあげたい――。そんな親としての実感を企画の核に据えた。

すると、小児科医からも「まさにそういうメッセージを届けたかった」と共感が寄せられたという。

「完成した動画を見た時は、親として抱えていた悩みが少し整理されたような気持ちにもなりました。クリエイターとしての喜びと、親としての喜びを同時に味わえた案件でした」(福地さん)

福地菜月さん

江原さんもまた、育休中の経験が仕事につながったと感じている。

妊娠を機にSNSで育児アカウントを作り、双子育児の情報交換を続けていた。育児グッズの口コミや寝かしつけの工夫など、日常の情報収集は純粋に自分のためだった。しかし復帰後、その時に見ていたサービスや商品がクライアントになることもあった。

「『去年はこういうことが話題でした』『みんなこんなことで悩んでいました』と話すと、『それってすごくリアルな声だよね』と言ってもらえるんです。育休中は仕事から離れていたつもりだったんですが、振り返ると全然離れていなかったんですよね」(江原さん)

最近では、復職するママ向けの案件で「育休復帰が多い春って、世の中のキラキラとしたムードとちがって不安と孤独でいっぱいだよね」という実感を企画に落とし込み、得意先からも共感を得たという。

同じ「ママ」でも見ている景色は違う

長瀬さんはハハハの強みを「インサイト×クリエイティブ」だと語る。

「私たちは、ママだから分かることをそのまま話して終わるわけじゃないんです。なぜ共感したのか、その背景にどんな気持ちがあるのかを掘り下げて、企画やクリエイティブに変えていく。それが仕事なんですよね」(長瀬さん)

ハハハには、子どもの年齢も家族構成も異なるメンバーが集まっている。同じ「ママ」でも見えている景色は少しずつ違う。「ママ」という属性でひと括りにされがちだが、育児環境も家族のあり方も、仕事との向き合い方も人それぞれだ。だからこそ、それぞれの実感を持ち寄ることで、一人では気付けなかった視点が生まれる。

長瀬さんは、「私たちは単に『ママだから分かる』のではなく、『ママとしての実感を企画に変えられる』ことに価値があると思っています」と話す。

「ハハハクリエイティブ」のメンバー

立場や属性を超えて働き方を考えるきっかけに

ハハハクリエイティブの活動は、ママ社員だけに影響を与えているわけではない。

社内で実施した展示会では、メンバーのタイムスケジュールや働き方が紹介された。来場者の多くは、まだ結婚や子育てを経験していない若手社員たちだったという。

広報担当の田島由紀子さんは、その光景が印象的だったと振り返る。

「ママってどう働いているんだろう」「一日はどんなスケジュールなんだろう」

そんな興味から展示を見に来る若手社員が想像以上に多かったという。田島さん自身も、ハハハ発足当初は独身で、子育て経験はなかった。しかし現在は妊娠中だ。だからこそ、「こういう働き方ができるんだ」「こういう先輩たちがいるんだ」と思えたことは、大きな安心材料になったという。

また、人事部門の経験を持つ横大路涼乃さんも、若手社員の立場からハハハの存在意義を感じている一人だ。広告業界には長時間労働のイメージも根強い。実際、自身も「もし、将来子どもを産むことになっても、働き続けられるのだろうか」という不安を抱えていたという。

そんななか、ハハハクリエイティブの活動が社内で発信されるようになり、こうした多様な人材の視点を活かしたチームづくりは、博報堂プロダクツ全体のクリエイティブにも広がっている。また、「会社として多様な働き方を応援している」というメッセージが可視化されたことは、若手社員にとって大きな意味を持った。

興味深いのは、その共感が女性社員だけにとどまらないことだ。男性社員からも、「ハハハと仕事がしたい」「一緒に企画をやってみたい」という声が上がっているという。

長瀬さんたちが目指していたのは、「ママだけのコミュニティ」ではない。結果として生まれたのは、立場や属性を超えて、それぞれが自分らしい働き方を考えるためのきっかけだった。

「産んでみてもいいかも」と思える選択肢を残したい

ハハハクリエイティブ®の活動には、もうひとつ大切な意味がある。それは、これからキャリアを築いていく若い世代に、将来の選択肢を示すことだ。

後輩たちを見ていると、仕事に意欲的で優秀な女性が多い。だからこそ、これからキャリアが大きく伸びようとする時期に、出産や育児への不安から選択肢が狭まってしまうのはもったいないと感じることもあるという。

江原さんは、自身が出産して初めて、その難しさを実感したという。

「女性って、仕事がすごく面白くなってきて、『これからだ』というタイミングと、子育ての適齢期と言われる時期が重なってしまうんですよね。それはどうしても避けられない部分もあると思います」(江原さん)

だからこそ、自分たちの活動には意味があるのではないかと感じている。

「『やれている人もいるから大丈夫』と言いたいわけではないんです。でも、実際にやってみたらなんとかなったよ、という社員の姿を見せることで、『じゃあ私も産んでみてもいいかな』って少し思ってもらえたらうれしいなと思います」(江原さん)

もちろん、出産を勧めたいわけではない。ただ、不安だけで選択肢を閉じてしまう人が少しでも減れば――そんな思いがある。

「ハハハクリエイティブ」のメンバー

正解を示すのではなく、選択肢を増やしたい

一方で、ハハハクリエイティブ®の活動が広がるなかで、長瀬さんが意識していることもある。それは、「ハハハの働き方だけが正解だと思われないこと」だ。

メンバーを見ても、置かれている状況はそれぞれ違う。双子を育てている人もいれば、子どもの年齢も人数も異なる。パートナーの働き方も違えば、実家との距離も違う。当然、同じようにはできない。

「私たちができていることが、そのまま誰にでもできるわけではないんです」(長瀬さん)

だからこそ、「ハハハみたいにできるじゃないか」と誰かを追い詰める存在にはなりたくないという。

「私たちは『これが新しいママの働き方です』と言いたいわけではないんです」(長瀬さん)

目指しているのは、正解を示すことではなく、選択肢を増やすことだ。当事者だからこそ伝えられる現実があり、当事者だからこそ伝えられる楽しさもある。

「大変さだけじゃなくて、『楽しいよ』『面白いよ』ということも含めて伝えていきたいんです」(長瀬さん)

ハハハの次の挑戦

ハハハクリエイティブ®は、これまで主にクライアントワークを通じて活動してきた。しかし長瀬さんは、今後さらに活動の幅を広げていきたいと考えている。

「今やっているプロジェクトを、もう少し形にしたいなと思っているんです。クライアントワークももちろん楽しいんですけど、この力が社会課題の解決につながったら、もっと意味があるなと思っていて」(長瀬さん)

例えば、親子でSDGsについて楽しく学べるワークショップや、社会課題を身近に感じられるクリエイティブなど。子育ての当事者だからこそ見える課題と、クリエイターとしての発想力を掛け合わせることで、新しい価値を生み出せるのではないかと考えている。

「クライアントワーク以外でも、自分たちがどこまでできるのか試してみたいんです。せっかく集まったチームなので、この経験や視点を社会に還元していけたらと思っています」(長瀬さん)

「ハハハクリエイティブ」のメンバー

取材を終えて:「育児と仕事の両立」は母親だけの問題ではない

今回の取材で印象的だったのは、「ママだから分かる」という実感を価値に変えながらも、その活動が「育児は母親の役割だ」という方向には向かっていないことだった。

育児の負担が女性に偏りやすい現実のなかで、「母親としての経験」を強みにすることは、ともするとその構造を補強するようにも見える。しかし、ハハハクリエイティブが示していたのは、母親個人の頑張りだけではなく、パートナーとの分担や、属人化しないチーム運営、互いに補い合う働き方だった。

共働き世帯が大多数を占める今、育児と仕事の両立は母親だけの課題ではない。育児とキャリアを個人の努力だけで支えるのではなく、仕組みとして支える。その発想こそが、ハハハクリエイティブ®の取り組みから見えてきたものではないだろうか。

※本取り組みに関する事例やプロジェクトは、博報堂プロダクツのコーポレートサイト(https://www.h-products.co.jp/)でも紹介しています。

(取材:ウートピ編集部・堀池沙知子)

■お知らせ

ハハハクリエイティブ®は、2026年7月25日(土)・26日(日)に東京ビッグサイトで開催される東京都主催のGX(グリーントランスフォーメーション)イベント「TOKYO GX ACTION MUSEUM」に出展します。

ブースでは、親子でオリジナルの「こどもGXカルタ」を制作・体験できるワークショップや巨大カルタの展示を実施。子育て世代ならではの視点を生かし、親子で楽しみながら脱炭素について学べる体験型コンテンツを展開します。また、博報堂プロダクツおよび博報堂グループの脱炭素に関する取り組みも紹介する予定です。親子で楽しみながらGXを学べる取り組みとして、ぜひご注目ください。

イベント名称:TOKYO GX ACTION MUSEUM
開催期間:2026年7月25日(土)・26日(日) 11:00〜20:00
開催会場:東京ビッグサイト 西2ホール GX ART&FASHIONゾーン
入場料:無料
公式サイト:https://tokyo-gx-action.jp/

※詳細プログラムは公式サイトをご覧ください。
※事前のお申し込みは不要です。

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