5館から50館へと拡大…広がり続ける映画『女性の休日』
満面の笑顔で楽しそうに笑う女性たちの写真。1975年10月24日、アイスランドの女性の90%が仕事も家事も一斉に“休んだ”歴史的ムーブメントを振り返ったドキュメンタリー映画『女性の休日』(パメラ・ホーガン監督)のメインビジュアルだ。
「本当にいい写真ですよね? 運動に参加したアイスランドの女性たちはみんな楽しそうなんです。彼女たちは『この運動に参加することがすごく誇らしいし嬉しかった』ということをずっと話している。この軽やかさ、抜け感が大事なんです」同作品を配給する「kinologue(キノローグ)」の森下詩子さんは力を込める。
10月25日の公開から約1ヶ月。SNSを中心に口コミが広がり、上映館は当初の5館から一気に50館へと拡大した。パンフレットは早々に売り切れて増刷、自主上映の問い合わせもひっきりなし。「“女性の休日”どころか、私の休日がないんです」と膨れ上がる業務に追われながらも、森下さんは笑い飛ばす。
筆者も11月中旬、東京で唯一上映している「シアター・イメージフォーラム」(東京都渋谷区)を訪ねた。座席の8割ほどが埋まり、男性の姿も少なくない。客席には静かな期待感と熱気が漂っていた。
そんな異例の盛り上がりを生む作品を、森下さんは“たった一人”で配給している。
「対話がしたくなるような映画を配給するというのが私の基本なんです。映画が“観て終わり”じゃないのが理想。その先に何かが生まれてほしい」
映画『女性の休日』が日本でここまで広がるまでの道のりを聞いた。

「kinologue」の森下詩子さん
アイスランドで「すべてが始まった」運命の1日
1975年10月24日、アイスランドの女性の90%が仕事も家事も一斉に休んだ日、国は文字通り“機能不全”に陥った。女性がいなければ社会がまわらないことを可視化した、歴史的瞬間だった。
その後、アイスランドは世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数で16年連続1位(2025年発表)。女性大統領や女性首相が誕生し、ジェンダー平等先進国として歩みを進めていく。
監督はエミー賞受賞歴を持つアメリカ人女性・パメラ・ホーガン。旅行中に偶然この物語を知り、「世界が知らないこの歴史を語りたい」と映画化を熱望した。当事者の“愉しげな証言”とアーカイブ映像、カラフルなアニメーションを駆使し、軽やかだが深い連帯をポップかつエモーショナルに描いている。

(C) 2024 Other Noises and Krumma Films.
「1975年から50周年」買い付けの決め手
森下さんが本作に出会ったのは2024年9月、スウェーデンのドキュメンタリー映画祭だった。
NHKがテレビ版の放映を予定していることをそこで聞かされたものの、作品そのものの力が大きかった。アメリカ人監督による“第三者の視点”、アーカイブとアニメを組み合わせた分かりやすい構成。「わかりやすさ」と「楽しさ」と「重み」が同居している点に魅力を感じたという。
そして買い付けの決め手は「50周年」という節目だった。
「映画の冒頭で“1975年”と出てきて、『来年で50年だ、じゃあ来年の10月に公開しよう』と。宣伝の人間として“いま上映する理由”が明確なのは強いんです」
森下さんは長年宣伝に携わる中で、「内容が良い映画というのは前提の上で、宣伝ポイントが見える映画を選ぶ」という鉄則を持つ。その基準に照らしても、本作は十分すぎる魅力を備えていた。
「5月にはアイスランドのハトラ・トーマスドッティル大統領が来日しました。そのタイミングでの公開告知を見込んでました」
さらに、『女性の休日』は歴史的大事件を描きながら、語り口はあくまで“一人ひとりの物語”として寄り添う。
「この映画、観たら話したくなるんですよ。対話が生まれる映画。それが私の配給の基本です」

(C) 2024 Other Noises and Krumma Films.
公開前から“勝手に動き出した”映画
森下さんは、「この作品は“自走”するのがとにかく早かった」と振り返る。
「普通は、公開してから口コミが広がっていくものだと思っていたのですが、この映画はその前から盛り上がり始めたんです」
きっかけは、アイスランド大使館で行われたレセプションだった。そこでジャーナリストの浜田敬子さんの姿を見つけ、声をかけたという。
「浜田さんが昨年アイスランド取材に行っていたと聞いていたので、いつかお声がけしたいと思っていたんです。そしたら浜田さんもNHKで放送されたドキュメンタリー版を見ていて、『この映画をどうやって上映できるのかを大使館に聞きに来た』とおっしゃって、驚きました」
その後、元NHK解説委員の山本恵子さんが主宰する女性ジャーナリストのネットワークで試写会を実施すると、そこに集まったジャーナリストやアクティビストたちの熱が一気に広がっていった。
「こんなに早く“自走”した作品は初めて。公開前から映画のほうが勝手に動き出していく感じでした」

(C) 2024 Other Noises and Krumma Films.
「ストライキ」→「休日」右派の女性も巻き込んだ「妥協」
SNSはおろかネットもない時代、女性の9 割を巻き込んだ運動はなぜ可能だったのか?
「『女性の休日』って、ストライキをそのままやらず、“休日に置き換えた”妥協が肝なんです。あれがなかったら成功していない」
「ストライキ」という言葉に拒否感を示した右派の女性に「だったら休日にしたら?」と提案したことで、左派も右派も全国の女性たちの連帯が生まれた。
「誰かと一緒に活動するとなったとき、自分の熱意と他人との温度差で必ず食い違いが起こるのは宿命と言ってもいい。その際に“ズレ”をどう乗り越えていくかというのが大事なんです」
この“無理なく参加できる仕組みづくり”という視点は、森下さん自身のこれまでの活動にも深く通じている。
森下さんは、フィンランド発祥のリサイクルカルチャーイベント「クリーニングデイ」を日本に持ち込んだ人物でもある。映画『365日のシンプルライフ』を配給した流れから、古い不要なモノに新しい価値(ストーリー)をつける「アップサイクル・マーケット」をコンセプトとして2014年に鎌倉で初めて開催して以来、無理なく、ゆるりと活動を続けてきた。
森下さんが『女性の休日』に強く惹かれたのも、その哲学が重なったからだ。
「デモには行かないけれど署名ならする、寄付はする……。今の社会に違和感があって、何かしたいと思っている“ライト層”にこそ勇気を与える映画だと確信しました」

(C) 2024 Other Noises and Krumma Films.
対話を重ねて粘り強く声を上げるアイスランドの人たち
スクリーンから伝わってくるこのムーブメントの”抜け感”や”ゆるさ”、「とりあえずやってみる」というフットワークの軽さ、そしてどこかユーモアを感じさせる雰囲気──。アイスランドに暮らす人々の気質なのだろうか?
「私の視点で解釈するのであれば、アイスランドはとにかく天気が変わりやすい。急にスコールがきたかと思えば、次の瞬間に日が差したり。『前もって計画しても意味がない』というアイスランド人たちの気質にこの気候が関係しているのではと思い、妙に納得しました。日本は気候が安定しているから『今日できなくても明日やればいい』と思える。でもアイスランドでは、今日できたことが明日もできるとは限らないんです」
ただし、ジェンダー平等の問題など「ここぞ」のときには驚くほど粘り強く声をあげる、と森下さんは言う。
「『女性の休日』は定期開催ではなく、不定期。1975年以降、問題が立ち上がったときにだけ行われてきました。最近のトピックスは性犯罪の問題、ずっと続く男女賃金格差……そんな『今こそ動くべき』というときに集まる。対話を重ねて必要な行動を決めてきたんです」

(C) 2024 Other Noises and Krumma Films.
日本ではムリ?
SNSを開くと、同作について「勇気をもらった」「胸が熱くなった」という声がある一方で、「日本では難しいのでは?」「羨ましい」といったため息まじりの反応も見られる。
「1975年のアイスランドって、状況的には日本とほとんど変わらなかったんですよ。北欧=先進的というイメージがあるけれど、当時のアイスランドは北欧の中でもジェンダー平等の面ではむしろ遅れていた。だからこそ“私たちと全然変わらない”日常の中で、女性たちは相当な葛藤を抱えていたはずです」
「子どもを置いて広場に行くなんて、本当に大変だったと思うんです。『そんなことをしたら離婚だ』と言われた人がいてもおかしくない。家庭を揺るがすほどの決断だったはずです」
それでも、彼女たちは立ち上がった。その行動は一度きりのイベントでは終わらなかった。アイスランドは現在、「ジェンダー・ギャップ指数」で16年連続世界1位。対して日本は118位。50年かけて“変わり続けた国”と、“変わりきれずにいる国”——その差は、あの日から続く行動の有無にも表れている。
「アイスランドの女性たちは、75年をきっかけにずっと続けてきた。何度も葛藤があって、それを乗り越えて……それでもまだ“完全じゃない”と思って活動している。だから今も続けているんです」
50年前の“たった1日”は、いまも続く対話と連帯の起点だった。

(C) 2024 Other Noises and Krumma Films.
「勝手にラベリングされて分断されて…」3・6に向けたプロジェクト
森下さんは、『女性の休日』が日本で自然に受け入れられた要因として、“シスターフッド(女性たちの連帯)”の欠如を挙げる。
「日本って本当は共通の悩みが多いのに、勝手にラベリングされて分断されてしまう。でも、もっと一緒にできることがあるはずなんです。今の日本に一番足りていない、と同時に求められているものが“シスターフッド”なんじゃないかと思います」
“シスターフッド”と聞くと、女性だけの連帯を想像しがちだが、この映画は男性にも開かれている。
「男の人にも来てほしい。これは女性だけの問題じゃなく、男性の問題でもあるから。ポスタービジュアルも“甘く女性的”になりすぎないように、デザイナーさんが作ってくれました。実際に劇場来場者の2-3割は男性だと思います」

『女性の休日』ポスタービジュアル
『女性の休日』の広がりを受けて、来年の国際女性デー(3月8日)に合わせた新しいプロジェクトも動き出している。
「次の国際女性デー、日曜日なんです。休んでるじゃんって(笑)。それで、その前の平日の3月6日(金)に「女性の休日」をやろうという話になって、今プロジェクトが立ち上がっています」
ただし、それは単なる“一発ぶち上げて終わり”の「祭り」ではない。
「お祭りではなく、続けていくことが大事。変化は一気に起きないから、粘り強く“こう思っている”と伝え続けたい。そのときに、この映画が力になれたらと思っています」
(取材・文:ウートピ編集部・堀池沙知子)























