老後に2000万円不足するという*、いわゆる「老後資金2000万円問題」が話題になって約2年。コロナ禍もあり、老後のお金について不安を抱えている人は少なくないのでは?
天海祐希さんがお金の災難に見舞われる主婦をコミカルに演じた映画『老後の資金がありません!』(前田哲監督)が10月30日に公開されます。ある家族が直面する切実なお金の問題をユーモアを交えて描いたコメディで、経済ジャーナリストの荻原博子(おぎわら・ひろこ)さんが天海さん演じる主婦・篤子に老後資金の大切さを突きつける本人役として出演しています。
老後は何となく不安だけど、具体的にどんな対策をとればいいのか分からない……。そんな老後資金に関する疑問を荻原さんにぶつけてみました。前後編。
*総務省統計局による2017年「家計調査報告」に記載されていた「高齢夫婦無職世帯の家計収支」をもとに、毎月の実収入額と実消費額から生じた不足を、単に30年分計算した数字。
やることは「借金減らして、現金増やす」だけ
——『老後の資金がありません!』では、妻の篤子(天海さん)が節約に励んでいるのにもかかわらず、会社員の夫・章(松重豊さん)は家計の実態を把握していません。その上、忠誠を誓ってきた会社がつぶれて失業しますが、「自分のキャリアがあれば再就職もすぐ決まるはず」とのんびり構えています。このコロナ禍でも感じたことですが、お金や経済についての知識や情報を適切に得られているかどうかで、格差が生じている気がします。
荻原博子さん(以下、荻原):日本では「金銭教育」がされていないんですよね。
——情報を取りにいける人になるために、何を心がければいいでしょう?
荻原:情報自体はあふれているんです。だからみんな「NISA(ニーサ)」(少額投資非課税制度)や「iDeCo(イデコ)」(個人型確定拠出年金)を始めたりする。やらなければいけないことは、本当はとてもシンプル。「借金減らして、現金増やす」。これだけです。
——前回も「ひたすら現金を貯めろ」とおっしゃっていましたね。
荻原:そう、バブル崩壊以来、これを着実にやっていたのは日本の大企業です。不良債権という借金を返しながら、「内部留保」(利益余剰金)という現金を貯めてきましたよね。だから、コロナ禍でもびくともしない。
でも国民は違います。政府が皆さんをNISAやiDeCoなどの投資に誘いこむことで、経済を浮揚させようとしている。
だけど、このつみたてNISAも要注意で、投資商品ですから、目減りしないという保証はない。「積立」という言葉で、積立預金のようなイメージを持っていると、リーマンショックのようなことが起きたら、それこそショックを受けるかもしれません。
——私は最近、つみたてNISAを始めたんです(編集部)。
——私は数年前からiDeCoを……(ライターN)。
荻原:個人的には、どちらもおススメできません。
——えぇっ……!
荻原:NISAは今言ったように投資商品なので、資産状況をよく見たほうがいい。iDeCoのほうは60歳まで引き出せないことが最大の弱点。あなたはフリーランスでしょ? これから60歳まで何が起こるか分からない。コロナみたいなことが起きて、急にお金が足りない、パンが買えないと思っても、自分のお金が引き出せないなんて、ものすごく不合理ですよ。
iDeCoに加入している人は自営業者が多いのですが、自営業はいつ資金繰りに困るか分かりません。唯一、iDeCoに入っていいのは公務員。60歳まで勤め上げられることが分かっていますから。
——iDeCoは「フリーランスだからこそ、自分で自分の年金を」とうたっているのに……。
荻原:自分の年金は、自分でしっかり貯めておけばいい。もちろん、もうかっているから節税したいという人にはiDeCoもいいかもしれません。だけど、自営業者ならまず「小規模企業共済制度」を使う手がありますよね。最大で月7万円までかけられて、全額控除になります。iDeCoと違って、いざという時に借り入れができる点が大きな違いです。
——なるほど……。
荻原:私が怒りを感じるのは、国は株価を上げることしか頭になく、国民のことを考えてないことです。皆さんのためを思っているなら、国を挙げてNISAやiDeCoを推奨はしないと思います。自分たちの責任を回避したいのよ。国民年金が破綻しても、皆さんが個人で投資をしているから大丈夫だと。
だから皆さん、いろいろやる必要はないんです。今は、まだデフレが続いています。デフレの中では、「借金減らして現金増やす」。それだけを頭に焼き付けておけばいい。それが前回言った、住宅ローンや教育ローンを早く減らすこと。あとは現金さえしっかり持っておけば、結構いい老人ホームに入れますよ。
まずは自分が入っている制度を調べる
——最近、入院・手術を経験して、保険制度について詳しく調べたんです。意外と使える公的制度がたくさんあることに驚くとともに、知らないとうっかりスルーしてしまうところでした。
荻原:会社員にしろフリーランスにしろ、まず自分が入っている制度の内容をよく調べたほうがいいですよね。せっかくお金を払っているのですから。たとえば、会社員や公務員であれば、病気やケガで働けなくなった場合、休んで4日目から標準報酬日額の2/3の金額を最大で1年6ヵ月間、受け取ることができる傷病手当金制度があります。
自分が入っている保険や制度をチェックしてそれでも民間の保険に入りたいとなったら、「女性特有の病気」といったピンポイントの病気よりもどんな病気になっても下りる保険や、ネット経由で必要な額だけ入るのがおすすめです。
高齢の親にはエンディングノート
——映画では、篤子は「いいもの」が好きで浪費癖のある義母(草笛光子さん)と同居することになり、また振り回されることに。「早く内情を打ち明けて!」と見ていてハラハラしましたが、家族、特に老いていく親とお金の話をしにくいという悩みもよく聞きます。
荻原:これは本当に難しいと思います。一番難しいのが、親が一体いくら持っているのか聞き出すこと。下手に聞くと「私に早く死ねと言うの?」と勘ぐられがちで、なかなか聞きにくい。たとえばもう高齢の親御さんなら、「何でもこれに書いておけば、いざというときに家族みんなで思い出せるでしょう」とエンディングノートを買ってあげるというのも一つの方法かもしれません。
——親元から離れて働いている人は、実家で老いていく親のことが気になってくる年頃です。親が倒れたとか、何かあった時にどのくらいお金がかかるのかという不安も抱えていると思います。
荻原:親の財産にもよるし、状況にもよるのでみんな違いますが、いざという時のために、手元に100万円くらいはとっておいたほうがいいと思います。住宅ローンがある人は繰り上げ返済していかなくてはいけないけど、それとは別に100万円くらいは残しておけば、いざという時に動けます。
——まずは100万ですね。それにしても、お金の悩みは尽きませんね……。
荻原:投資や株式の場合、いざお金が必要になった時、余裕資金でやっていないと、株価が暴落している状態でも売らなければいけません。これが現金なら、いつでも使えます。貯めておけば、お金は何にでもなるので、「借金減らして現金増やす」を心がけてください。
(聞き手:新田理恵)