「親の老後、死後の相談ができない」「経済的に自立できていない」「何かとトラブルが多くて困っている」……など、きょうだいのことで悩みを抱えているけれど、人に相談できずにひとりでモヤモヤしていませんか?
不安感はあるけれど、「家族」なんだしどうにかなるだろう——と、スルーしがちな大人のきょうだい問題。「このままだとちょっと心配」の段階で向き合うために、コラムニスト・フリーライターの吉田潮さんがご自身を含む”ふがいないきょうだい”に悩む人たちの声を集め、専門家に話を聞いた『ふがいないきょうだいに困ってる 「距離を置きたい」「縁を切りたい」家族の悩み』(光文社)が、5月24日に発売予定です。
ウートピでは、特別に本書の一部を発売前に抜粋して掲載。”ふがいないきょうだい”や「家族」について、今一緒に考えてみませんか?(この記事は、全6回の第3回)

『ふがいないきょうだいに困ってる 「距離を置きたい」「縁を切りたい」家族の悩み』(光文社)/1870円(税込)/5月24日発売予定
繰り返す問題行動、身の丈に似合わない浪費癖(林田瑛子さん(45)の弟)/後編
林田さんのエピソード前編はこちら
承認欲求のかたまり
母親は約10年前に体調を崩して入院した。大腸がんだった。専業主婦だった母が不在となった家は、瑛子さんに託された。掃除、洗濯、家事全般を一手に引き受けることに。
母は、一度は退院したものの、5年前にがんが再発し、亡くなった。
「母が死んだ日も腹を立てたことを覚えています。病院から朝6時前に電話がかかってきて、電話が鳴った瞬間に全員が”お母さんが死んだ”ってわかったんですよね。起きた瞬間にみんな着替え始めて、すぐ病院へ向かったけれど間に合わなくて。
すでに霊安室にいた母を見て、もちろん私も泣いてるんだけど、弟が『もっと親孝行がしたかった』とか『〇〇するって約束したのに』みたいなことを言ってんですよ。こんなときまで演技かよと思って。悲劇の主人公気取り」
母が亡くなった後、正孝さんは働けるようにはなったものの、あまり長続きはせず、アルバイトを転々としているという。それでも、借金などの問題行動はなくなった。瑛子さんに無心することもない。もともとは人好きのするタイプで、友達がいないわけでもない。
「ただ、地元の友達も40過ぎたら、みんな結婚して子供もいて、まっとうに働いていますからね。『お前、何やってんの』って諭されたり、現実を突きつけられるから、あんまり会ってないんじゃないかな。連絡はとっているだろうけれど。それよりも、なんというか、同じ病気とか同じ薬を飲んでいるような人とSNSでつながったりしてるんですよ。
Facebookで関西の人とかと知り合って、そっちまで行ったりとか。いい人ぶってるっぽいんですよね。しかも、病気を自己PRの一環くらいに思ってるフシもあるんですよ」
何もしない弟に慣れちゃってる
そんな弟に愛想も尽きた瑛子さん。今年初めに実家を出たという。実は瑛子さん、約2年前に結婚した新婚さんでもある。
「旅先で出会ったんですが、ダンナはもともと海外生活が長く、両親も海外に住んでいる。わりと自由な人なんです。一時期、私の実家に一緒に住んでいたときに『瑛子は家政婦みたいだよね』と言ってましたね。
私が父のために朝から晩まで家事をこなすのを不思議がりました。『なんで家族なのに助け合わないの?』って。ダンナいわく『マサ(弟)が心の病気なのはわかるが、手も足もついて歩けるのに、なぜ何にもしないんだ?』って。まあその通りなんですけど、もう説明するのも面倒臭いから……」
その説明には、瑛子さん独特の考え方があるようだ。
「ちょっとだけ一緒に住んだ人って、やっぱり正しいことを言うんですよね。でも、ずーっと一緒に住んでる人は面倒臭いんですよ。何もしない弟に慣れちゃってるから。そんなことはとっくのとうに言ってんだよ、だけど直らないんだよって思っているから。それを言うことで、こっちも嫌な思いをするから。何でも自分で動いちゃうのは自己防衛のためでもあるんです。私が傷つきたくない、嫌な思いをしたくないからやっちゃうみたいな」
夫の家族は両親ともに元気だが、海外に住んでいる。家族に関する考え方もまったく違うという。
「ダンナの両親は、自分たちの死後の相続とか遺産とかについては、すでに弁護士が入って、話し合って決めているんですって。話が全部ついてるんで、もめることもないし、全部スムーズにいく。だから、ダンナが『お母さんもいないんだし、お父さんと弟と3人で話し合え』って言うんですよ。でも、生きている親に死んだときの話なんて、普通はできないじゃないですか?
それがすごいお金持ちで、財産でもめるような家にとっては大事だと思うけど、一般サラリーマン家庭でそういう話をするのは、お父さんのことを傷つけることになるじゃないですか? でも近いうちに話をしなくちゃいけないかなとは思っています。弟から文句言われそうだけど」
瑛子さんのお父さんは現役で働いているし、元気だが、72歳だ。瑛子さんは家を出たものの、弟はまだ実家にいて、すねをかじっている状態。
「まあ、父からは『俺は直葬でいいから』とは言われてるんですけどね。死んだら病院から焼き場にそのまんま運んで、できるだけ金をかけるな、って意味ね。『通帳とはんこはここにあるから』とも言われました。弟は信用ならないから教えていないみたい」
常に不安要素をほしがるのは……
母が亡くなった後、瑛子さんは実家の生活費用全般を見直したという。基本的には光熱費や生活費、車検代や固定資産税などもすべて父親が担っていた。
「一軒家なので、光熱費も水道代も普通のひとり暮らしよりはかかるじゃないですか。父親も『金がない』と言い始めたんです。たぶん弟が父親に頼りっぱなしで、依存しているのがわかったからでしょうけれど。電気のアンペア数を下げたり、毎朝配達してくれる牛乳をやめたり、いろいろと見直したんですよね。ウォーターサーバーだって、蛇口ひねれば水が出るんだから不要。
ところが、弟がカップラーメン食べるのに必要とかなんとか言って。その代わりに『新聞をやめて、オヤジがタバコをやめればいい』って言ったんですよ。父親が毎朝新聞を楽しみにしているのに! だったらお前が金を家に入れろ! っつって。そもそも100円のカップラーメンをそんないい水で作ること自体が矛盾だっつって」
その後しばらくの間、正孝さんは瑛子さんに電話やLINEで頻繁に連絡をしてきた。特に、瑛子さんが忙しいときに限って。
「助けてとは言わないんですよね。『どうしたらいいのかな』みたいな言い方をする。『いや、自分はどうしたいの?』って言うと『いや、どうしていいかわかんないから相談してんだよ』って言う。『お前のことなんか私にはわからないんだから、お前がどうしてほしいかわかってから連絡くれる? 話を聞くだけだったらいいけど、そういうわけじゃないんでしょ? 話聞いてほしいときは、先に愚痴なんですけど聞いてくださいとか、一言枕詞(まくらことば)をつけてくんない? 何か相談する体(てい)で電話してきて、何も相談事がないのは時間の無駄。私もそんな暇じゃない!』と突き放す。この繰り返しですよ」
そして、あるときから正孝さんは父親に関することで連絡してくるようになった。
「父親はむちゃくちゃ元気なんですけど、弟が勝手に心配して、いちいち報告して相談してくるんです。『オヤジが飯をむちゃくちゃ食べる』とか『休みの日は寝てばかりいる』とか『タバコもすごい吸うし、時々せき込んでる』とか『味噌汁に火をかけっぱなしだった、ボケてる』とか『たまに遠い目をしている』とか。もうそんなの今に始まったことじゃねーよ、ってことばっか。なんか常に不安要素がほしいのか、いつも誰かのことを心配していないと気が済まないのか。たぶん優位に立ちたいだけなんだと思う」
父親は掃除も洗濯も全部自分でできるし、現役で働いているので休日は一日中寝ているのも当然。タバコもずっと吸っているし、よく食べるのも健康な証拠。お金の管理もきっちりできる。
以前は弟の電話やLINEにいちいち付き合っていたが、聞いても何も解決しないことがわかった瑛子さん。今は直接、父親に確認するようにしたという。
「もう弟にかまっていられないので、直接確かめることにしたんです。私が実家を出てからは、面倒臭い報告は減ったかな。たまに実家に顔を出しますが、部屋がきれいに片付いているから、びっくりしました。父親と弟の間でバランスとれているみたい」
スペースシャトルの切り離し状態へ
過去のエピソードを並べてみると、瑛子さんは「弟に厳しすぎる」という印象が残るかもしれない。もちろん、瑛子さんの中でも逡巡(しゅんじゅん)はあった。
「病気だから、言えなかった時期もありますよ。ある程度、強い言葉をやめてたんですよね。『それはしょうがないじゃん』とか『そういうところ、もうちょっと待ってみようよ』みたいな感じで、なだめたり、濁したことも多々あります。
でも、もうここまできたら、切っていく準備ですよ。切り離しの段階。スペースシャトル打ち上げ後に不要な部分を切り離していくみたいな。お父さんが死んだら関係性は終わり」
心に決めていることは、弟にはお金も貸さないし、力も貸さないこと。
「だって結局、私がもし弟に尽くしても、振り回されるだけ。お父さんには力を貸しますよ。だってお父さんには育ててくれた義理があるからね。でも弟には義理もない。何も返ってこないから金も時間も無駄。私はそういう無駄なことはしない、と決めたんです」
(第4回からは専門家の知見を紹介します)