「友人」や「恋人」といった分かりやすい関係ではないけれど、お互いにとても大事でかけがえのない存在……そんな不思議な関係を描いたマンガ『大家さんと僕』(新潮社)が10月31日に発売されました。発売から約2週間で4刷が決定し、累計5万部を突破した話題作です。
著者はお笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎さん。矢部さんが8年間、間借りをしているという87歳の大家さんとの日々をつづっています。
矢部さんに前後編にわたって話を聞きました。
初めてのマンガはあの名作を参考に…
——ほのぼのとしながらも1エピソードに必ず笑いもあっておもしろかったです。マンガを描くのは初めてということですが、いかがでしたか?
矢部太郎さん(以下、矢部):絵を描くのはもともと好きだったので、描いていて楽しかったです。でも、最初はマンガというものをどうやって描けばいいのかわからなかったので、大好きな東村アキコ先生の『かくかくしかじか』を参考にさせてもらいました。
——えっ、あの『かくかくしかじか』ですか?
矢部:はい。すごく好きなマンガなんです。『かくかくしかじか』は、家の絵から始まって(東村先生の)自己紹介が続くんですが、僕も真似をして家の絵をバーンって描いて「その古い家は新宿区のはずれにあって〜」って描いたら「矢部さん、こういうコマ割りのマンガでこの描き出しはないですから」って(担当さんから)言われちゃって……。仕方がないから自己紹介をするところから描きました。
——東村先生へのオマージュってことですね!
矢部:いや、真似というかパクリというか……。参考にさせてもらいました。。
——まわりの反響はどうですか?
矢部:どんな仕事をしてもおもしろいって言われることがないんですが、マンガはおもしろいって言ってもらえる。千原ジュニアさんにも「初めてお前のことオモロイと思ったわ」って褒めてもらえたのは嬉しかったです。
あとは板尾(創路)さんが家に遊びに来たときに見せたらいろいろアドバイスをくれて……。ありがたいです。
——相方の入江(慎也)さんの反応は?
矢部:入江君もおもしろいって言ってくれるし、顔が広いからいろいろな人に勧めてくれる。入江君の中で、「矢部に描けって言ったのはオレ」ってなっているみたいで、入江プロデュースみたいになっているのはちょっと……。
——確かにプロデュースしそう(笑)。
「笑い」からこぼれ落ちる部分をマンガに
——大家さんとのエピソードを描こうと思ったきっかけは?
矢部:大家さんと京王プラザホテルでお茶をしている時にマンガ原作者の倉科遼さんに偶然お会いしたんです。
倉科さんは、大家さんを僕の本当の祖母だと思ったらしくて。「おばあちゃん孝行だね」っておっしゃったので「大家さんですよ」って答えたら興味を持ってくれたんです。「映画や舞台の原案にしたいから描いてみたら?」って。
——へえー。そんな偶然が。
矢部:もともと大家さんとのエピソードは楽屋で芸人仲間のみんなに話してたんですが、話すとすごくウケるんです。でも、ウケる以上のモノもあるなと思っていて。
——というのは?
大家さんとのエピソードはもっと言いたいこともたくさんあるんだけれど、楽屋や「笑い」の場で言っても仕方がないし、そういう場ではこぼれ落ちるもののような気がして……。
そんな「こぼれ落ちるもの」を描いてみたい、とは思っていたんです。「笑い」ではない部分を。
「笑い」ではない部分って、その場では必要ないことだしすぐには説明できないんですよね。エピソードをネタにするときって、いろいろ削ぎ落としていかないと笑いにならないから削ぎ落としていくんですが、実は削ぎ落としてしまった部分が大事なんじゃないかって思っていて。それを描きたかったんです。
大家さんも僕も「幸せ」
——なるほど。大家さんとの生活は8年間に及ぶそうですが、いかがですか?
矢部:8年暮らしていると同じことが巡ってくるんです。秋になると大家さんとおこわを食べて「また秋になったな」って感じたり、季節限定の食べ物をおすそ分けでいただいたり……。
果物や野菜で季節を感じるようになりましたね。「この季節がまたやってきたな」って。
——すごくいいですね、お二人の間に漂う空気感が……。
矢部:ありがとうございます。僕も大家さんも幸せ。外から見たらよくわからない関係で一般的な「幸せ」の枠には当てはまらないかもしれないけれど、こういう新しい価値観もあっていいんじゃないかなって思うんです。
——それはすごく興味深い話ですね。後編でもっと詳しく聞かせてください。
※後編は11月18日(土)公開です。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)