『ボクたちはみんな大人になれなかった』などで知られるベストセラー作家の燃え殻(もえがら)さんとAV監督として活躍しながら、数々の恋愛本を執筆している二村ヒトシ(にむら・ひとし)さんによるラジオ番組『夜のまたたび』(AuDee配信)の番組本『深夜、生命線をそっと足す』(マガジンハウス)が2022年12月に発売されました。
本の発売を記念して、ウートピでは本書の内容を一部ご紹介します!
「依存先を分散させる」
二村:仕事もそうだし、気分転換で始めたことが仕事になっちゃうのもそうだし。いろんな女性を好きになっちゃう男性も、そうだよね。ひとりの女性から逃げたくて、 他の女性を好きになって、気がつくと奥さんみたいな人があっちにもこっちにもできちゃうモテおじさん、いるじゃないですか。
燃え殻:いろんなことをいろんな場所で帳尻合わさないといけなくなるおじさん。
二村:で、全部の相手に対して苦労している。「こっちに苦しめられてるから、癒やしてくれ」って別の女の人のとこに行く。その人には別のことで苦しめられるようになる……、おじさんに限ったことじゃないか。そうやっていろんなことを複雑にして継続させる人は、男性にも女性にもいるよね。どんどん背負い込んで、どんどん面倒くさい人生になっていく。モテてるようだけど全然うらやましくないよね。
燃え殻:うらやましくないですね。二村さんがよく言うじゃないですか。人は皆、何かの依存症だって。
二村:人間は何にも依存しないでは、生きていけないからね。
燃え殻:それに自分で気づいているほうがいいんですか?
二村:いいでしょうね。意識的に依存先を分散させられるようになるから。
燃え殻:でも、さっきの話で言うと、分散させて、よけい重くなっちゃうことがありそうですけど……。
二村:そうなの、だから、そうやって同じ「恋愛」で相手だけを変えて散らすんじゃなくて、恋愛にも少し逃げながら仕事にも少し逃げ、お酒にもSNSにもゲームにも少しずつ逃げ、みたいなのが理想……。まあ、でも、そんなにうまくいかないか、だいたい何か一つのことに激しく耽溺してしまう。バランスいい人間なんていないからね。ただ「今の自分、ヤバいことになってるな」って、気がつけるかどうかは大切じゃない?
燃え殻:僕も、仕事依存症だったと思うんです。ただ僕、そんなに破滅型ではないんですよ。ワインを買う手は最後まで震えなかった。だからまだ全然平気だと思ってた。 でも、平気だって思えるときに引き返さないと、もう引き返せないですよね。
二村:破滅型っぽい印象だったのに、そこから引き返して生還する人いるよね。作家の町田康さんとか、30年毎日飲んでた人が、ある日ふと酒をやめた体験を書いて、『しらふで生きる』ってすごいおもしろい本にした。でも何かの依存から離脱するときって、すごい努力が必要なはずで、それはそれで脳内麻薬が湧くのかな。
「ちゃんとした世の中は、ちゃんと狂っている」
二村:いちばんいい依存ってさ……、中毒になればなるほど健康になっていく筋トレじゃないですか? あれも完全に依存症だとは思うけど、人に迷惑をかけない。やればやるほど身体の調子もよくなる。
燃え殻:考えてみればいいことしかないな。
二村:お酒や麻薬や甘いものと違って、セックス依存もそれ自体は健康は害さない。ただこれは人間関係が壊れるからね。職場でバレてクビになったり。
燃え殻:そこですよ。フィジカル以外の部分が怖い。
二村:燃え殻さんが「燃え殻」になる前にアル中になりかけた時期があったって聞くと、人間はみんな脆(もろ)いし、いつ死ぬかわからないし、生きてる人はみんな偶然生き残っているんだなって心から思うよ。でもふと窓から外を見るとさ、街にビルがちゃんと建ってるんだよね。一人ひとりは死にそうなのに。人間、よくやっているよ。満員電車だって、乗っている一人ひとりはつらいのに、時間に遅れず電車はちゃんと動くでしょう。駅員さんとかビルを造ってくれてる現場の肉体労働の人とかのおかげで社会は維持されてるんで、こんなこと言ったら申し訳ないけど、こんなにちゃんとしすぎてる社会、狂ってるよね。コンビニの流通で毎日毎日キチッと商品が届くとかさ、人知を超えてるでしょ。まあ、どこかで誰かの精神状態が犠牲になってるんだよなあ。
燃え殻:時刻どおりにちゃんと満員電車がホームに入ってきて、ホームではみんなキッチリ三列に並んで待っている。
僕、過呼吸持ちなんですよ。中目黒で、東横線から日比谷線に乗り換えるんですが、一年ぐらい前、乗り換えのときに、過呼吸になってしまって。ベンチに座ろうと思ったら、辿り着けなくてそのままバタンって倒れちゃったんです。
二村:そのまま息絶えてたかもしれないね。
燃え殻:意識は戻ったんですが、全身しびれちゃって、動けない。通りすがりの人がチラチラ見ているけど、誰も助けてくれる感じはなかったんです。で、しばらくしたら、おばあさんが「大丈夫?」って、しゃがんで声をかけてくれました。そのあとしばらく、おばあさんと一緒にベンチに座っていました。
僕がそうなっても、世の中なんにも変わんないですよね。あたりまえですけど。このまま会社に行くの、意味あるのかなって思っちゃって、その日は行かなかったですね。
二村:「庶民だけが苦しい思いをして、社会を操ってる黒幕がどこかにいる」ってお話が好きな人多いけど、そうとも限らないんだよね。たしかに貧富の差は日本でも広がりすぎで、いい加減にしろって思うけど。でも偉い人や有名な人も、それぞれみんな破滅寸前なんだよなあ……。
いばってる連中に同情する必要はないと思うけど、ほら、芸能人とかよく破滅するじゃん。破滅して初めて依存症だったことがわかったりするじゃないですか。
金持ちとか政治家も、こっそり奥さんを殴ってたりして、一人ひとりは本当に脆(もろ)くてヤバい。
燃え殻:それ、わかります。前にトークイベントでお会いした人で……、名前は言えないけど、「この人はなんの苦労もないだろう」って僕は勝手に思ってたんです。でも話してみたら、まあいろいろありました。そう考えたら、救いがないことを言いますが、その人でもダメなら、僕なんか絶対ダメじゃんって思っちゃって。
二村:屈強なのはシステムだ、ってことでしょう。テレビに映ってる人気者も、この国を支配しているように見える政治家も、実はみんなーー。
燃え殻:代わりが効くんですよね。頑丈なのは、システムだけなんです。社長が辞めても、誰かがそのポストに就いて、システムは稼働していく。
二村:これは「じゃあこうしましょう」っていう答えが出る話じゃないね。「自分の身は自分で守りましょう」って自己責任論も、違うしなあ……。
燃え殻:ただ、今の二村さんの話で、自分の依存症を少し逃がしてあげるっていうのは、有効かもしれないと思いました。たとえば死ぬときに「ああ、よかった」って思えるのが最終目標だとして、そのために今日は何をするかっていうとき、「自分を知って、多少は逃す」を繰り返していくことくらいしかない気がします。
二村:恋愛とかセックスにしても、もう純粋に楽しみにくくなってるわけでしょう? 恋愛って人生を良くするために本来はあってほしいけど、いかんともしがたい人を好きになってしまうのって、人生を豊かにしているとは言えない。エッチなことって楽しいからするもので、やっても楽しくない人はしなくていいのにね。しかも、やってるときや恋してるときは「好きすぎて苦しい」みたいに思ってるんだけど、 それによって明らかに人生を損なっていたりする。
燃え殻:でも、誰かにものすごい執着する人って……、自分がそうなるのはイヤなんですけど、そういう人って、脳内麻薬が出てるでしょ。あれ、ある種、幸せな瞬間ですよね。
二村:幸せでしょうね。それでハッと気づくと身体を壊していたり、人生がめちゃくちゃになってたりする。
燃え殻:そのバランスを取ろう、っていうのは、言うは易しか……。
二村:答えは出ないんです。
燃え殻:ゆるく薄いお酒を飲みながら、こういう話をずっととしながら、生きていくしかないんじゃないですかね。だって、自分も含めた誰も彼も完璧じゃないもん。今日だって完璧な日じゃなかった。62点くらいでした。遅刻もしたから、そこから7点くらい引けます。それでもまあいいじゃない、明日は1点くらい増やしたいなって思いながら、生きていくしかないのかなって。