『ボクたちはみんな大人になれなかった』などで知られるベストセラー作家の燃え殻(もえがら)さん。そして、AV監督として活躍しながら、数々の恋愛本を執筆している二村ヒトシ(にむら・ひとし)さん。プライベートでも親交のある2人は、2020年1月にスタートしたラジオ番組『夜のまたたび』(AuDee配信)で、ぼそぼそと”真夜中のオフラインサロン”を繰り広げてきました。
リスナーに惜しまれつつも、12月14日の配信をもって最終回を迎えた同番組。その3年間の集大成として、番組本『深夜、生命線をそっと足す』(マガジンハウス)が12月8日に発売。どこか優しく、ちょっとエッチで、ときどき人生で役に立つかもしれない2人のトークを、読みやすく再構成した一冊です。
そこで今回は、燃え殻さんと二村さんに、3年間を振り返って思うことを伺いました。前後編。
いつの間にかSNSで泣き言が言えなくなった
——(ウートピ編集部、以下同)このラジオは、燃え殻さんにとって「泣き言を言える場所」だったそうですね。
燃え殻さん(以下、燃え殻):僕の初期のSNSなんて、泣き言しか言ってなかったんですけどね。SNSも、以前と変わってきた気がします。ため息みたいなつぶやき、もっと多かった気がするんですが……、たぶん。「あのときのみんなの泣き言はどこに行ったんだろう?」と思うことがあって……。それでも僕は言ってるほうだと思うんですけど。若い人たちのSNSはキラキラだけとは思わないですけど、他人と共有できるような情報だったり感情だったりが多めな気がしています。
10年ぐらい前のTwitterには、どこにもたどり着かない孤独みたいな感情がインターネット上に漂ってた気がするんです。僕は、二村さんとこのラジオをやりながら、あのときのまま、泣き言を言えてたんですけど……。
二村ヒトシさん(以下、二村):あのときあったインターネットの風景ですよね。
燃え殻:そう。でも、僕らにとってはよかったけど、今の人たちがどう思うかは分からないし。「そういうのは嫌なんだよ」みたいに言われちゃうかもしれないけど、僕にとってはそういうのがSNSだったりしてたので。どこかで深呼吸というか、ため息みたいなものを吐きながら生きてないと、多分生きられないですよね。
二村:SNSで深呼吸できなくなったのは、徒党が組まれて分断が進んだり憎悪が見えるようになって、文脈を読めない人が増えてきたからじゃない?
燃え殻:そうですね。さらに、なんて言うか、うまく言えないんですけど……。とっても日の当たるものになりましたよね。クラスの人気者から帰宅部まで全部入りみたいな。サッカー日本代表がTwitterやってますもんね。悪いとかじゃないです。ただすごいなそれはって。
二村:世の中の流れというか、しょうがないからこうなっちゃってると思うんだけど。Twitterでも変にキラキラしてる人とか、集金みたいなことしてる人とかいるもんね。それでなぜか燃え殻さんまで、とばっちりで“勝ち組”とか言われちゃう。本当に身を削るように原稿を書いてるだけなのに。
燃え殻:いや、マジですよ(笑)。
「絶対に言わないでね」から始まること以外に楽しいことはない
燃え殻:でも、最近、「“もうダメだ”って言えてる間は大丈夫なのかな」と思いました。本当にダメだったら、ピタッと言えなくなるから。僕がこのラジオをやっていて一番よかったのは、月に一回、二村さんに泣き言を言えたっていうことです。誰かに自慢話をしても元気は出ないですからね。
二村:自慢話って、家に帰ったら落ち込むじゃん。
燃え殻:落ち込むよ。もう嫌ですよね。酒飲んで、ちょっとスベッて、自慢話してる人とかいるでしょ?
二村:僕も飲み屋でよく自慢してるけど、帰るとめちゃくちゃ落ち込むよ。
燃え殻:それだけはするのやめようと思ってます。でも、泣き言を言える相手がいると、人生なんとかなるなって思いましたね。だから、このラジオを聴いていただいた方が、「ああ、なるほどそういう人がいいなあ」と思ってくれたらうれしいです。それで、「自分の周りにも、そんな人いないかな?」って探すきっかけになってくれたら最高ですね。
二村:泣き言を、そのまま聞いてくれる相手をね。それと、くだらない話ができる場所。口説いたりセクハラにはならないよう、異性やマイノリティーに対しての攻撃にならないような内省的なエッチな話ができる場所とか。
燃え殻:でも、これ難しいんですよ。特に女性の方だとすごく難しい。泣き言だったり、エロいことだったり、「他人に言ったら引くかな?」ということだったり。僕は、他人と話してて、「絶対に言わないでね」から始まること以外に楽しいことはないって、常々思ってて。だから、「絶対に言わないでね」ということが言える人なのか、お店なのか。そういう場所をどこかにつくることができれば。全部は解決しないですけど、人生が……。
二村:何も解決はしないですよ。しないですけど「解決しないんだな」と思って、それで楽になる。
燃え殻:「まあ、いいか」と思って、朝を迎えられるんですよ。
二村:それは「ごまかし」とか「なあなあにする」とは違うことなんです。ごまかしからはパワハラが生まれたりする。ごまかしたいときに真面目な話をする人もいる。でも何も生まない愚痴を誰かに聞いてもらえることや、エロ話を利害関係のない安全な他人にちゃんと伝えることは、確実に心持ちを変える。そうすると、なぜか、ふっと解決したりすることもあるんだよ。しないこともあるけどね(笑)。
解決しなくてもいいし、一緒にいてくれるだけでいい
燃え殻:例えば、今もなんですけど、眉毛が全部抜けるとか、腰が悪いとか。一個も解決しないんです。解決しないんですけど、「まあ、しょうがないか」みたいな感じで、ここ一年ぐらい僕は生きてるんです。こんなに泣き言を言ってるようで、まだ言えない泣き言もあります。でも、「まあそれもまたいいか」って思えてくるんです。一つも解決しないんですけど。納期も迫ってくるし、身体はどんどん悪くなるし、どんどん衰えていくし、見た目はみっともなくなる。みっともない経験もいっぱいしてしまう……。
でも、「まあ、いいか」って思えるような場所があると、なんとか生きられます。僕は最近、「解決しなきゃいけない」「片付けなきゃいけない」みたいなことは、人生であんまり必要ないと思っているんです。みっともないところも短所も、とっ散らかったまま、寿命まで付き合っていくかみたいな考えになってきました。
人生の邪魔にならないように、「ちょっとこっちに置いておこう」とか。それで、「また緊張しちゃった」「また失敗しちゃった」と繰り返すんだと思うんです。繰り返してる間に、いつかどうにか終わるんですよ。それでいい。そう思ってます。
二村:「絶対に言わないでね」のときに重要なのは、「ここだけの話にしてね。勝手に一部を切り取って拡散しないで、全体をとらえてね」ということプラス「私の話や、私のありかたを否定しないでね」「いらないアドバイスはしないでね」ということなんですよ。それが対話の心理的安全性。お説教を聞きたいわけじゃないし、そっちの都合で解釈されたくない。「そう考える人もいるのか……」と知って、一緒になって答えのない問いを、それぞれ考えてほしいということなんです。結論は出なくてもいい。そういう場じゃないと、とてもじゃないけど性癖の話とか不倫の話とか、いかに自分が親から苦しめられたかなんて話は、できっこない。
もし今現在、恋人や家庭や職場や学校から有形無形の暴力を受けてる人なら、ただちに脱出する手助けをしてあげることが必要だけど。その人自身の本質的な苦しみだったら、ただ相槌(あいづち)をうったり、否定しないように「そうなんだ。僕はね……」というふうに対等に話をつないでいく。一人だと考えられないことを一緒に言葉にする。それを、無関係な人同士ができるといいんだよね。
燃え殻:本当にそうですね。
二村:僕は、コロナ禍になって仕事がヒマだったときに、オンライン哲学対話というのをずっとやってたんです。心理的に安全な場で、答えが出ない哲学的な問いについて、それこそ冗談を交えてみんなで話していると、自分のことが少しずつ分かっていったんですよ。
それでね、12月30日に、読書会サークル「猫町俱楽部」のイベントで『深夜、生命線をそっと足す』を読んでくれた人のオンライン集会を、その哲学対話と似た形式でやります。この本を最後まで読んだ人だけ50〜60人で集まって、本への悪口や疑問点は大いに言ってくれていいんだけど、他の読者の感想を否定して議論はしないってルールで。見ず知らずの人が5〜6人ずつ、Zoomの画面上に分かれて話をする。本の内容から連想した自分の愚痴を話してくれてもいいし、見学参加も可です。最後まで何も話さないで、他の人の話をただ聞いてるだけでもいい。僕と燃え殻さんも出てきて、みなさんと少し話をさせてもらうという酔狂な会です。燃え殻さんも、時間をつくって来てくれるんですよね?
燃え殻:二村さんからお話をいただいたので、ちょっと出たいなと思ってます。
■イベント情報
【著者参加読書会】燃え殻・二村ヒトシ『深夜、生命線をそっと足す』
日時:2022年12月30日(金)19:00 〜 20:50
申し込み締め切り:2022年12月27日(火)23:59
場所:オンライン(Zoom)
(構成:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘)