「離婚」や「縁切り」と聞くとネガティブなイメージを抱く人が少なくないのでは? 一方で厚生労働省の発表*によると、結婚した3組に1組が離婚しているというデータも。*令和4年度「離婚に関する統計」
そんな「離婚」や「縁切り」に直面し、悩みながらも自分の人生のコマを一歩でも前に進めようと奮闘している人たちの姿を描いた、作家の新川帆立(しんかわ・ほたて)さんによる最新作『縁切り上等!―離婚弁護士 松岡紬の事件ファイル―』(新潮社)が6月29日に発売されました。
新川さんと言えば、デビュー作『元彼の遺言状』や『競争の番人』が次々とドラマ化。今最も注目されている作家のひとりです。
「縁切り」や「離婚」をテーマにした理由は? 元弁護士でもある新川さんにお話を伺いました。前後編。
「離婚」をテーマに書いたきっかけ
——『縁切り上等!』は、北鎌倉にある縁切寺の住職の娘で、離婚弁護士として活躍する松岡紬(まつおか・つむぎ)が、次々と舞い込む「離婚」や「縁切り」に関する相談事を解決していくストーリーです。まずは「離婚」をテーマに書いたきっかけから教えてください。
新川帆立さん(以下、新川):最近は、同性婚や選択的夫婦別姓に関する話題やニュースを見聞きする機会が多いと思うのですが、「そもそも結婚って何だろう?」と疑問を持ったのがきっかけです。それで、結婚について考えるには離婚から見てみると分かるんじゃないかなと思って離婚ものを書こうと思いました。もともと弁護士をしていたというのもあり、離婚を書くのであれば弁護士ものかなって。
——書いてみて、結婚について何か分かったことはありましたか?
新川:書いてみても分からなかったですね(笑)。ただ、作品ではいろいろなタイプの事件や離婚案件が登場しますが、依頼人や属性、その人が置かれた状況はみんな違います。離婚の際に感じることや気持ちはバラバラなのかなと思って書き始めたのですが、いざ書いてみるとみんな同じような気持ちになるというか、同じようなところに行き着いているのが面白かったです。異性婚でも同性婚でも、年齢が上でも下でも、結局は同じ。人間の本性みたいなものは同じなのかもしれないですね。
「これでスッキリ解決!」がないリアル
——紬が言っていた「縁は絡み合っている。ひとつが切れると他のものも切れてしまう」というセリフが印象的でした。新川さんが弁護士時代に感じていたことや体験が反映されているのでしょうか?
新川:実は弁護士時代は離婚案件を扱っていなかったんです。でも、他の弁護士がやっているのを見聞きすることはあって、やっぱり離婚となると結構揉めるんですよね。もめてどちらも満身創痍のような状態で別れるというか体力も気力も使って本当に大変で、どちらかが100%完全勝利というケースはあまりないんです。双方痛み分けになるというか……。
この作品を書いた時も編集者さんから「離婚で使える裏技みたいなものってないですか?」と言われたのですが、「うーん、ないです」みたいな(笑)。現実的にはキレイにスッキリ解決というケースがほとんどないので、そこはリアルに書こうと思いました。
——スーパーマンみたいな弁護士が登場して「これで解決!」というのはないんですね。
縁切りをポジティブに書いたワケ
——「縁切り」をポジティブに書いているのも新鮮でした。というのも、ウートピではお盆や年末の帰省シーズンに「必ずしも実家に帰る必要はないよ」という趣旨の記事を掲載するとすごく読まれるんです。母娘関係や家族関係で悩んでいる人は多い、というかそんなものなのかなと思っています。
新川:縁についてはずっと書きたいと思っていました。というのは、以前書いた『先祖探偵』は縁をたぐるタイプの物語でしたが、縁をたぐり寄せる人もいれば縁を煩わしいと思っている人もいる。本人が縁を切りたいと思っていても周りがいろいろ言うこともありますよね。
——「家族なんだから分かり合える」とか……。
新川:そうです。そういう物言いを見るにつけ「煩わしいと思っている人はいるだろうな」と思っていたので、今回は縁切りのプラスの側面に光を当てようと思いました。
「独身女性」「女性弁護士」ステレオタイプを外していきたい
——紬は「ふんわりとした雰囲気」の弁護士で、これまでフィクションで描かれがちだった「強気でスーツをビシッと着こなした女性弁護士」を覆すキャラクターとして登場します。人物描写やストーリーで意識したことは?
新川:ステレオタイプに書かないことは意識しました。例えば、「独身女性」と言ったときに「どうせ寂しいだろう」とか「本当は結婚したいんだろう」のような見られ方が常々ウザいなあと思っていました(笑)。自分の周りを見ても、結婚に興味ないタイプの友人は無理しているわけではなくて本当に興味がない。特に不満も感じていないというリアルをたくさん見ているのでそれを書きたいと思っていました。
ステレオタイプと言えば、もう一つ、「女性弁護士」もそうです。「気が強い」とか「勝ち気」とかいろいろ言われますが、弁護士時代に女性の弁護士をたくさん見ましたが、本当にいろいろなタイプがいます。その部分もステレオタイプから外してよりリアルな人を書きたいと思いました。
——決して「女性」も一枚岩ではないし、本当にいろいろいるよというところですよね。
新川:そうなんですよね。それは、現実に生きている女性が勝手にジャッジをされがちという部分があるんですよね。私も特に強気な発言をしていないのに「新川さんはいつもSNSで強気な発言をされていて……」と書かれることもあります。おそらくデビュー作(『元彼の遺言状』)で気が強い女性弁護士を主人公に書いたせいだと思うのですが、(主人公の)剣持麗子は私自身がモデルと言われたり、イメージで語られて「そうじゃないんだけどなー」というのはありましたね。だからこそ、ステレオタイプを外していきたいという気持ちは強いです。
——ウートピでもそこは気を付けている部分です。「専業主婦」や「ワーママ」など役割で語らないのと、ジャッジしないこと。たとえ「美人」という“褒め言葉”であっても、それはジャッジに他ならないので。
新川:私も、ある雑誌の企画で、書評家が新人賞を取った新人作家たちを評する企画があったんです。そこである書評家が私の名前が出た時に、「あのきれいな人ね」と言ったんです。書評家が作家を評するときの第一声が「きれいな人ね」というのはあんまりじゃないかと思いました。悪気はないし褒めているからいいじゃんという感覚なのかもしれないですが……。
——「悪気がない」からこそタチが悪いですね。今回の小説でも、イメージで語ることやジャッジすることの暴力性について考えさせられました。
「いろいろなタイプの女性を描く」フィクションの役割
新川:だからこそ、フィクションの役割が大きいのかなと思っています。
——どういうことでしょうか?
新川:小説でいろいろなタイプの女性を描くことで、「こんな女性もいるんだ」とと知ってもらえるし、そこにリアリティーを感じてもらえればと思っています。「自分がいわゆる世間の“普通”からは外れている」と言う人たちにとっても「私も存在していいんだ」と思ってもらえればうれしいなって。と、同時に逆にフィクションの罪を感じることもあります。
——フィクションの罪というのは?
新川:例えば、私はミステリーでは「痴漢冤罪」や「美人局」を絶対に書きません。というのは、書いてしまうと「そういうこともあり得るんだ」と読者さんが心のどこかで思ってしまう可能性がある。そうすると、女性が性犯罪の被害の声を上げたときに「これは売名のためのハニートラップじゃないの?」と本当に0.1%くらいしかない事象のほうを採用しちゃうこともあるんですよね。もちろん作家さんによってはそういう出来事や人物を登場させることもあるだろうし、自由だとは思うのですが、私の信条としては書かないと決めています。
——改めて、新川さんが小説を書く理由を教えてください。
新川:書くのが楽しいからかな? 読むのも好きですが、書くほうが楽しい。楽しいからやっているというのが一番で、あとは私が他の仕事ができないというのもあります。他にもっと得意なことがあれば良かったのかもしれないですけれど(笑)。
「なぜ小説を書くのが楽しいのか?」をもう少し深掘りすると、外の世界で受けた刺激や面白い出来事に接すると書きたくなるんです。おそらく、人間の本性として刺激をたくさんインプットしたら何かしらのアウトプットをしたくなると思うんですよ。アウトプットの形がブログの人もいれば絵の人もいるだろうし、SNSでちょっと呟くだけの人もいるだろうし……。私の場合は、一番しっくりくるのが小説だったということだと思います。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)
※後編は7月17日公開です。