「京都大学院の医学博士に聞く。産後うつ予防のセルフケア」第2回

【京都大学発】「妊娠・産後のつらい」を科学的にセルフケア…最新アプリの可能性

【京都大学発】「妊娠・産後のつらい」を科学的にセルフケア…最新アプリの可能性

京都大学大学院医学研究科で「周産期・産後うつ」の研究を進める医学博士の田近亜蘭准教授(精神科医)と豊本莉恵特定助教(助産師)に、その基本知識や予防、ケアの具体的な方法について連載でお話しを伺っています。

前回(第1回)の記事(ドラマ『小さい頃は、神様がいて』でも注目…“産後うつ”とは? マタニティーブルーとの違いも解説)では、妊娠・産後うつが女性ホルモンやストレス、貧血と関わる事実や、専門家への相談の重要性について教えていただきました。今回は、先生たち研究チームが開発中の「ライジングかあさん」という妊産婦の心のケアプロジェクトの目的や、その具体的な方法の「認知行動療法」について深掘りします。

時間や場所を選ばずに憂うつをアプリでサポートする

――妊婦さんの心のサポートアプリを開発されているそうですね。まず、その目的を教えてください。

豊本特定助教:妊娠期や産後の女性が経験しやすい心の揺れや憂うつな状態に、早い段階から自分で向き合うためのアプリで、「ライジングかあさん」といいます。妊娠期・産後の女性が、しんどいときだけでなく、しんどくなる前から自分でケアできる内容にしています。

「ライジングかあさん」という名称には、Rising sun(昇る太陽)のように、妊娠期や産後の日々をそっと照らし、見守る存在でありたい、という思いを込めています。

――前回、読者の切実な悩みを紹介しました。妊娠・出産に不安やつらさを感じていても、「弱音を吐いてはいけない」と、ひとりで抱え込んでいる方がいるという現実があります。

豊本特定助教:わたしたち助産師は、現場でそのつらさを日々感じ取っています。だからこそ、科学的な根拠に基づいた心のケアを、時間や場所を選ばず、周りの目を気にせずに始められる方法で届けたいと考えました。スマートフォンのアプリなら、早朝でも深夜でも、自分のタイミングでアクセスすることができます。現在、その効果を科学的に検証しているところです。

薬を使わずに「認知行動療法」を応用

――具体的にどのようなアプリなのですか。

田近准教授:「ライジングかあさん」のセルフケアプログラムは、「認知行動療法」(CBT:Cognitive Behavioral Therapy)という心理療法を核としています。

認知行動療法とは簡潔に言うと、「認知、つまりものごとの考え方や行動パターンに働きかけて気分を軽くする心理療法」で、世界中でその効果が認められています。心理療法ですから、もちろん薬やサプリメント等は使いません。また一度学習すると、一定期間は効果が持続することがわかっています。

京都大学大学院の当研究室などが、認知行動療法を基に先行して開発した「レジトレ!」というアプリがあります。これは「レジリエンスをトレーニングする」を略した名称です。「レジリエンス」とはストレスを乗り越える力という意味合いで、「レジトレ!」はこれを高めてうつ状態を改善することを目的とするツールです。

こちらはすでに一般の5,300人以上を対象とした臨床試験で有効性を実証しました。その結果は世界的に著名な医学雑誌「ネイチャー・メディシン」で掲載されて(※1)、日本でも日経新聞や文藝春秋のほか、複数のメディアで取り上げてもらいました。現在(2025年12月)はまだ一般公開されていませんが、近々、一般の方や企業、健康保険組合等での活用が見込まれています。

「ライジングかあさん」は、この「レジトレ!」を基盤として、認知行動療法のプログラムを妊娠期・産後の女性向けにカスタマイズしたアプリです。

「なぜこんなに落ち込むの?」の科学…
自分で改善する方法は

――アプリでどのように心のケアを行うのでしょうか。

豊本特定助教:スマホからアプリにアクセスして、週に15分ほどを6週間、ストレスとうまく付き合うレッスンを少しずつ実践していきます。

アプリでは、それぞれに悩みを抱えたキャラクターたちがチャットで会話を進めます。その会話から考え方や行動、睡眠、コミュニケーションについてのヒントを得て、自分の認知や行動のパターンを振り返っていただきます。そしてワークシートや日常生活で少しずつ取り組みを重ねながら、心のしなやかさである「レジリエンス」を高めていくことを目指します。

『ライジングかあさん』のアプリを開いた画面の例。

――認知行動療法のレッスンを通じて、何がどう変わるのですか。 
田近准教授:例えば、「子どもが泣き止まない」というできごとに対して、「自分はだめな親だから」と自動的、反射的に考えてしまう(認知)と、「落ち込む」という気分につながります。

あるできごとに対して自動的にネガティブな考え方になりがちなことを、心理学用語で「自動的認知」と言いますが、レッスンをくり返すと、これに自ら気づいて冷静になっていきます。「赤ちゃんが泣き止まないのは何かを伝えたいからだ」、「わたしが疲れているのは自然なこと」といった、現実的でバランスの取れた考え方に変わっていくのです。

認知(考え方)が変われば、気分や行動が変化し、ストレスへの対処能力が向上します。認知行動療法は、うつ病、不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不眠症をはじめとするメンタルヘルスの問題に対して、科学的に改善の有効性が認められています。

――ではなぜ、とくに妊婦や産後の憂うつの予防に、認知行動療法が有効だと考えられたのですか。

豊本特定助教:前回にお話ししたように、妊娠中や産後は、ホルモンの急激な変化に加えて、慣れない育児や生活リズムの変化、睡眠不足などが重なり、気持ちが落ち込みやすい時期です。「自分ががんばらないと」といった考え方が強いと、思い通りにいかない現実に苦しさを感じることも少なくありません。それに、家事や育児をめぐってパートナーとの間にすれ違いが生じて、心身の余裕を失いやすくなります。

認知行動療法を少しでも知っておくと、日常生活で生じやすい考え方や行動の偏りに自ら気づいて、整えていくことができます。そのため、生活が大きく変わる妊娠期や産後の憂うつの予防には、とくに有効だと考えています。

――医師ら専門家の指導ではなく、アプリで自分で認知行動療法を実践することにどのぐらいの効用があるのでしょうか。

田近准教授:たくさんある心理療法の中でも、認知行動療法は非常に構造化された技法なので、アプリに搭載しやすいというメリットがあります。実際、科学的根拠に基づいてつくられたアプリでは、専門家との対面式の認知行動療法と効果に大きな差はないことがわかっています。

また、前回お話しした不眠、だるさ、貧血といった体の症状は、「心のつらさ」と結びついて負の連鎖を生むこともあります。認知行動療法は、こうした心身の悪循環を断ち切るためにも非常に有効です。

アプリで実践するメリットもあります。自分のペースでいつでもどこででも取り組むことができる点、人に話すことがためらわれるつらさも率直に記録ができる点などです。これは、「人に言えない孤独な心身の悩み」を抱えがちな妊産婦さんにとって、非常に大きな利便性だと考えています。

――現在、「ライジングかあさん」のアプリの有効性を調べる研究への参加者を募集されているそうですね。

豊本特定助教:はい。募集している研究への参加者対象は、「妊娠10週〜20週の女性」で、「出産や産後への不安が増してきた」「産後うつを予防しておきたい」と考えておられる「周産期・産後うつ予備群」の方々で、現在、精神的な問題に対する治療を受けていない方にお願いしています。

ご参加の登録から実施までスマホで完結し、個人情報は厳守されます。最大4,000円分のAmazonギフト券の謝礼もご用意しています。

わたしたちはこの研究を通じて、妊産婦さんに妊娠・産後の心のケアの方法を、身近な選択肢として届けられればと考えています。ぜひご参加ください。

――編集部には、周産期・産後の不安や憂うつに関して、実に多くのお悩みが届いています。参加者のアプリ体験が未来のおかあさんたち、家族、赤ちゃんたちの希望につながること、アカデミアによる科学的根拠ベースのこうした研究が早く進むことを願っています。次回、「心の筋力を鍛える新習慣」に続きます。

京都大学大学院医学研究科などが開発を進める「ライジングかあさん」の
参加者募集サイト。画像をクリックでリンク先に移ります。

参考
・日本助産師会「全国の相談窓口」一覧 https://www.midwife.or.jp/general/supportcenter.html

・あなたのミカタ(厚生労働省)https://anata-no-mikata.mhlw.go.jp/window/

・身近な公的窓口は[お住まいの市区町村名] + [母子保健]や[子育て]などで検索してください。


※1 Furukawa TA, Tajika A, Toyomoto R, et al. Cognitive behavioral therapy skills via a smartphone app for subthreshold depression among adults in the community: the RESiLIENT randomized controlled trial. Nat Med. 2025;31(6):1830-1839.

※2 Furukawa TA, Noma H, Tajika A, et al. Personalised & optimised therapy (POT) algorithm using five cognitive and behavioural skills for subthreshold depression. NPJ Digit Med. 2025;8(1):531.

※3 Toyomoto R, Tajika A, Luo Y, et al. Smartphone based cognitive behavioural therapy for adults with no or minimal depressive symptoms in Japan: an exploratory secondary analysis of RESiLIENT trial. Lancet Reg Health West Pac. 2025;64:101741.

(構成・取材・文:朝日奈ゆか/ユンブル

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