映画『かもめ食堂』や『めがね』などで知られる荻上直子監督の5年ぶりとなる新作『彼らが本気で編むときは、』が2月25日(土)から公開されました。トランスジェンダーの女性・リンコ(生田斗真さん)を主人公に、 LGBT(性的少数者)など、日本社会の保守性や閉塞感、歪みをあぶり出している本作は、「癒し系」と形容されることの多かったこれまでの作品とは一線を画しているように見えます。前編に引き続き、荻上監督に作品に込めた思いを聞きました。
作風は変わった?
——前回は、「『世間体』に対する反発心みたいなものが常に作品にある」とお話しされていました。今回「荻上監督の作風が変わった」と言われていますが、ある意味、これまでの延長線上に位置しているのですね。
荻上:自分では違うステージに行こうと思ってすごく努力もしたけれど、やっぱり、変わらないものはあるんだなと思います。(以前の作品と同じように)作品の空気感は大事にしたいし、長回しも使っていますし、日常を描くっていう意味では前からやってきたことと共通するものはあります。自分で「全然違うものを作りたい」「作風を変えたい」って思っても、結局は自分の中に変えられない部分があるのかなって思います。
ひとりで子育てするのは「しんどい」
——トランスジェンダーのリンコと彼女を全面的に受け入れるリンコの母親、好きになった男を追って家を出てしまうトモの母親など、映画ではさまざまな形で女性たちの母性が描かれています。それは監督ご自身がここ数年の間に母親になったことが影響しているのでしょうか?
荻上:そうですね。子どもができたということで、自分の中ですごい変化がありました。それまではほんとに自分勝手で、自分さえよければいいというエゴイストでしたが、子どもができたことで、初めて自分より大切なものができたという気がしていて。でも、一方で、トモの母親みたいに、子育てだけに時間をとられてたくない、逃げ出したいという気持ちもすごくわかる。
私も、保育園に預けている子どもを18時くらいに迎えにいって、21時ぐらいに寝かしているのですが、そのたかだか3時間半をひとりで世話するのは結構しんどいんです。夫とは交代で世話をしていますが、シングルマザーだと「そりゃしんどいよね」って思います。自分は家出したりしませんが、トモの母親を全否定することもしたくなかったんです。
——子育て中にしんどいなと感じたとき、どんな発散法を用意されているのですか?
荻上:私は100%、飲みに行っていますね(笑)。何曜日と何曜日は夫が子どもをみる日って決めてるんです。けど、同じ保育園のママ友には、シングルマザーじゃなくても、私みたいに飲みに行ける人なんてほとんどいなくて。だいたい女性が子どもを世話して、日々ご飯を作って……ということをやっている。いまだに、女性のほうが分担の比重が多い感じがしています。
——海外で暮らすとより客観視できる部分もあるのは?
荻上:そうですね。アメリカというより、『かもめ食堂』のときにフィンランドで何カ月か住んだ経験のほうが大きいかもしれません。フィンランド人って、かなりのパーセンテージで女性が働いてるんですよね。しかもフルタイムで働いていらっしゃる女性がほとんどだから、もちろん家事はパートナーと分担。そういう様子を間近で見ていましたから、日本の様子には「あれ?」って思いますよね。
描きたかったのは「母と子という関係性」
——トモの母親には、さらにその母親から認められない・認めてもらいたいという、昨今よく言われる「母の呪縛」という問題もあります。この要素を入れられたのはなぜなのでしょう?
荻上:形は違うけれども、自分と母との関係性も少し影響していますし、「お母さんが重い」と言っている人に出会ったことも理由としてあります。愛情が深ければ深いほど空回りして重たくなる母親の存在を感じている人っていると思うんです。
この映画では、トランスジェンダーの人を主人公にしながらも、トランスジェンターであることに対して悩む映画ではなくて、「お母さんと子ども」という関係性を撮りたかった。お子さんがいらっしゃらない方でも、必ずお母さんはいるわけで。トランスジェンダーであっても心が女性であれば、子どもができたら母性がわいて、母と子という関係性が生まれてくる。今回一番描きたかったことはそれなんです。