『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『そして、バトンは渡された』などの作品で知られる前田哲監督の新作『ロストケア』が、3月24日(金)に全国公開されました。
本作で描かれるのは「42人連続殺人犯 VS 真相に迫る検事」の互いの正義をかけた対決。介護士でありながら、自らの信念に従って利用者を殺めた殺人犯・斯波(しば)を松山ケンイチさん、彼を裁こうとする検事・大友を長澤まさみさんが演じています。
自分がしたことは「殺人」ではなく「救い」だという斯波と、法の正義のもと彼を追い詰める大友。ふたりの緊迫のバトルを通じて、現代に生きるすべての人々に「家族のあり方」と「尊厳の意味」を問いかけます。
長澤まさみさんと、前田監督へのインタビュー後編。「命の長さは誰が決めるのか」や介助問題など、難しいテーマを軽快なタッチで描いてきた前田監督が意識していることとは? 長澤さんの社会問題との向き合い方についてもうかがいました。
当事者が「こんなの嘘っぱちだ」と感じない作品を作りたい
——長澤さんは最近、難しい役を演じられることが多いと感じています。本作の言葉をお借りすると社会の「安全地帯」と「穴」を考えさせられるような作品です。そのような作品が続いたことで、お芝居に変化が生じたり、社会を見る目が変わったりしたことはありましたか?
長澤まさみさん(以下、長澤):『エルピス』というドラマの後に、『ロストケア』公開ということで、難しい役が続いているように感じる方は多いかもしれません。ただ、自分としては、いつもいいタイミングで脚本をいただくな、と思っているんです。社会問題に目を向けるタイミングで、深く考える機会を与えられたような。
——本作で欺波が行ったことは「殺人」か「救い」か——。考えはじめると、正しいことか否か、白黒つけたくなる人も多いと思います。そのような、白黒つけたくなるテーマを扱うとき、監督は作り手としてどんなことに気をつけていますか?
前田哲監督(以下、前田):白黒……つかないと思っています、僕は。『ブタがいた教室』では、(クラスで飼育する豚を)食べる/食べないといった命の問題を扱いました。『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』では、介助のあり方に触れています。その行いが正しいかどうかは、ケースバイケースというか、人によって解釈が全く異なりますよね。結論が出にくい問題に対しては、考え続けることしかできないし、考え続けることが大切だと思っています。
それを前提にして、制作の際に意識しているのは、実際にその立場にある人がどう感じるか。『ロストケア』では、実際に介護に携わっている方々や、いままさに介護疲れの状況にある方々が見たときに、どう感じるかを意識しましたね。当事者や関係者が嫌な気持ちになってはいけないし、「こんなの嘘っぱちだ」と思われないものを作りたいということです。だから、取材も徹底的に行います。

劇中より
ふとした瞬間に「穴」に落ちてしまう怖さ
——長澤さんは、本作の脚本を読んで「介護の現場でこういうことが起きているんだ」など、改めて驚いたポイントはありましたか?
長澤:欺波が彼の父親と暮らす中で、生活保護を申請するシーンがあるのですが、こうして困っている人が“対象外”となり、支援につながる機会をなくしてしまうのか……と欺波に感情移入してしまい、すごく印象的だったんですよね。
介護認定についても、病気の重さと要介護度の高さが必ずしも一致しないケースがあるといった話を耳にします。あるケースだけを切り取って、善悪を判断できる問題ではないので、なかなか難しいですが……。問題が山積みだと、改めて感じました。
——本当ですね。普通に暮らしていても、欺波とお父さんのように孤立してしまう。決して「自己責任」ではないと感じます。
長澤:そうした経験を持つ欺波の言っていることが、正しさを備えているところが、この映画の怖いところだと思うんです。そこが一番、皆さんに響くところだと思います。
——自分が信じてきた「正義」が、実はものすごく薄っぺらいものではないか。そんなことを突きつけられた気がしました。監督は、そうやって観客が揺さぶられることを狙っていたのでしょうか?
前田:そうですね。「いい言葉」を作ろうと思えばいくらでも作れますが、言葉が増えすぎると、かえってリアルが損なわれてしまうこともありますよね。なので今回は、嘘っぽくならないようセリフを絞りに絞りましたね。
そこに長澤さんと松山さんのお芝居がかけ合わさることで、見事なリアリティーが生まれました。この作品を観て、価値観を揺さぶられる方がいたら、僕の言葉で言うところの「勝ち」だと思います。

劇中より
松山ケンイチ×長澤まさみの演技を見てほしい
——ありがとうございます。最後になりますが、本作を観た方に期待する反応やアクションはありますか?
長澤:私は、介護のことも含め、自分の将来を想像して、どうするか考えておくことが大事だと常々思っているんです。こう話すと「まだ早くないですか」とよく言われますが、決して遠い問題ではないと思うんですよね。ヤングケアラーのこどもたちがいるように、誰がいつどのような形で当事者・関係者になるかなんてわかりませんから。
何においても知ることは大事ですし、皆で大きい声を上げて、現状を変えていくことも必要なのかなと。将来を見据えて、まず第一歩を踏み出すこと。この映画がそういうきっかけになったらいいという話を、出演者やスタッフ皆でしています。
前田:僕は、何よりもまず、長澤さんと松山さんの芝居を見てほしいです。この2人が対峙するシーンを見られるだけですごいということは、声を大にして伝えたい。その先で何を感じ、どのようなアクションを起こすかは、映画を観た方の自由だと思っています。
(聞き手:安次富陽子、構成:東谷好依、撮影:青木勇太)
■作品情報
映画『ロストケア』
3月24日(金)全国ロードショー
出演:松山ケンイチ 長澤まさみ
鈴鹿央士 坂井真紀 戸田菜穂 峯村リエ 加藤菜津 やす(ずん) 岩谷健司 井上 肇
綾戸智恵 梶原 善 藤田弓子/柄本 明
原作:葉真中顕「ロスト・ケア」(光文社文庫刊)
監督:前田 哲 脚本:龍居由佳里 前田 哲
主題歌:森山直太朗「さもありなん」(ユニバーサル ミュージック)
©2023「ロストケア」製作委員会
配給:東京テアトル 日活