「しばらく会わないうちに親がずいぶん老けた気がする」
「年老いた親と離れて暮らしている私は親不孝?」
「まだ大丈夫だとは思うけれど、ゆくゆくは介護のことを考えないといけないのかな」
例えば、年末年始の帰省で久しぶりに親に会ったときにそんなことを感じてしまう人は少なくないはず。育ててもらった恩はあるし、親のことは大事だけれど、介護のことを考えると気が重い……。
そろそろ”介護のお年頃”の人に手にとってほしい書籍『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(日経BP)が10月に発売されました。「介護=親のそばにいる=親孝行」と思われがちですが、実は親と適切な距離をとったほうがうまくいくという従来の介護の“常識”をひっくり返す指南本です。
著者は東京で働きながら、地方で暮らす母親の介護を5年間続けた編集者の山中浩之(やまなか・ひろゆき)さんと、NPO法人「となりのかいご」代表で、介護コンサルティングに長年携わっている川内潤 (かわうち・じゅん)さん。山中さんの、親との距離を取る“親不孝介護”の実体験を川内さんと振り返ることで誰にでも役立つようなロジックとしてまとめられています。
そこで、ウートピではそろそろ「親の介護が気になる/すでに介護に関わっている」読者向けに、川内さんと山中さんに対談していただきました。全4回。
親の老いに直面しても慌てない
——(ウートピ編集部、以下同)今年は行動制限がない3年ぶりの年末年始ということで、久しぶりに帰省する人も多いと思います。親と会ったときにやっておいたほうがいいことがあれば教えてください。
川内潤さん(以下、川内):コロナ禍もあったので、親と久しぶりに会う人も多いですよね。だから、親に変化があることは、ある程度覚悟しておいたほうがいいと思います。例えば、昼も夜も同じ服を着ているとか、家があまり片付いていないとか、髪の毛が整えられていないとか、歩き方が少しおぼつかなくなってるとか……。
山中浩之さん(以下、山中):私の場合、すべて当てはまりましたね。
川内:悲しいですけど、それはしょうがないので。「私が一人ぼっちにさせたからこうなった」というわけじゃない。年を取ったから、そうなったんです。大事なのは、その様子を見たときに、あまり過剰に反応しないこと。
山中:過剰というのは?
川内:例えば、歩き方がおぼつかないからと、無理やり筋トレをさせる、とかですね。体が動かない人が、体を鍛えるのは、すごくつらいんですよ。無理にやらせたら親子関係は崩壊しかねません。「なんでこんなことやらなきゃいけないの?」って。
——帰省するたびに、体操教室をすすめちゃってました……。
山中:すごく分かります(笑)。
川内:あ、選択肢を提供することはいいんですよ。本人が興味がなかったら行かないので、それでいい。考えてみれば小学校でも、休み時間にグラウンドに出ないで、読書をしたり、あやとりをしてる子はいたじゃないですか。それを先生が「子どもは風の子でしょ!」って無理やり外に連れ出したりしたら、これは嫌ですよね?
山中:あー、イヤですね。
川内:70年も80年も生きてきてくたびれている体に、いきなり筋トレをさせるのは拷問ですよ。それに、“内発的動機づけ”って言われるんですけど、本人がやりたくないとリハビリ効果が下がるんです。
年末年始に帰省したらやること
川内:親の老いは、悲しむ必要なんてない、自然なことです。「衰えを感じる様子を見ても、反応しない」という覚悟を決めて帰省したらいいかなと思います。反応しちゃうと、親に対して「これから介護だし、いろいろ決めておいてもらわなきゃ!」となりがちなので。
山中:それはまずいんですか?
川内:子どもの自分が考えるのはいいと思うんです。でも「介護を受けるために生きている人」は、一人もいないんです。
山中:介護の具体策を決めるんじゃないとしたら。
川内:大事なのは、「これから親がどういう生活をしたいか」ということを、家族の中で共有すること。そしてそれは、一朝一夕には決まらないですよね。
そのためにも、親とのコミュニケーションの取り方は、長期的に、慎重に構えたほうがいいんです。例えば、「私はこの先の10年、こういう生活をしたいと思っているんだけど、お母さんはどういう10年を送りたい?」という聞き方をするとか。それも1回だけじゃなくて、電話でもいいので何度でも繰り返ししていただいて。そうすると、お母さんは、「この先の10年、何をしようか?」って考え始めるので、そこで具体的な「こうしたい」という言葉が一つでも聞ければ御の字なんです。
——介護関係の情報だと「まず、親からお金の情報を聞き出そう」というアドバイスをよく見ますけれど。
川内:いやいや、「お金はある?」っていきなり聞かれたら、親は「この子は何が目的なの?」と怖がりますよね。聞けたらもちろん聞いたほうがいいですが、そこも焦らないでやるのがいいです。
年末年始に帰省してやることは、「老いに驚かない」「親と対話をする」「今後10年の生活を聞く」の3つだけでいいんじゃないでしょうか。
散らかった部屋を勝手に片付けない
——ちなみに、帰省したら、本にあったように介護保険証を確認したほうがいいでしょうか?
川内:介護保険証は、あったらあったでいいでしょうし、本人が「ない」って言ったら、「ない」ということを知っていればいいと思います。必要になったら再発行するだけ、といえばいいだけなので。「ない! ない! どこにやったの!?」って探し回っちゃうと……。
山中:思いっきりやりました。なくしたことを責め立てて、こっちが疲れました。
川内:これは本当にあるあるです。「そんなに怒らなくても大丈夫ですから」ってこちらが止めて、再発行の手続きを手伝います。
だって、本人からしたら、よく分からない紙でずっと昔(65歳:第1号被保険者の場合)で通達が来て、「何か保険に入ったのかな?」みたいな感覚なんですよ。介護保険証だけでなく、その他の書類に関しても同じです。ぐちゃぐちゃになってるんだったら、「こういう状態になってるのか……」という認識だけにとどめる。親にとっては、それが日常なので、ぐちゃぐちゃの書類をきれいに整えるのはやめたほうがいいです。
山中:そうそう。親にとっては、子どもが仕切って整えた部屋は非日常なんですよね。私は思いっきり、片付けをやっちゃったんですけど(笑)。家具を運び入れて、全部きれいに整理整頓して。母親は、そのときはうれしそうな顔をしてたんだけど、きっと内心は「これ、どうしよう?」と困っていたと今なら思いますよ。私だけが、きれいになった部屋の写真を撮って満足してるんです。
——お母さんとしたら「リモコン、いつもこの辺に置いてるんだけど、どこやったの?」みたいなことになっているということですね。
川内:そう。本人からしたら、どこに何があるのか分からなくなるんですよね。高齢の方のご自宅は、座っているところの周りに円があるんです。それが適切な”仕組み”なんですよ。あのミステリーサークルは、片付けちゃダメです。
山中:私も最初は、ビックリしてのけぞりました。でも、川内さんと話していて「親の家が散らかっていて、何の問題があるんだ?」と思うようになりました。見るとどうしても気になりますが。
川内:見ると気になるならば、お互いのために見ないことが一番です。ただ、帰省すると、どうしても見てしまうと思います。そういうときのために、「これはしょうがないんだ」と放っておく覚悟で帰省するのがいいですね。
まずは頼ってほしい「地域包括支援センター」
——高齢者が身の回りのことや家族や介護で困ったときに相談できる「地域包括支援センター」という存在もこの本で初めて知りました。
川内:地域包括支援センター(包括)は人口2万~3万人に必ず1つ設置が定められています。「親が住んでいる地域は、どこの包括の管轄なのか?」ということを知っておいてほしいですね。そして「親がまだ元気なのに相談していいのか?」ってよく言われるんですけど……。これは逆で、包括の職員さんはみんな、「元気なうちから私たちとつながっておいてほしい」と思っているんです。
例えばゴミ屋敷と言われるような家も、ある日突然できるわけじゃないですよね。最初は自分でゴミを出していたんだけど、ある日、燃えないゴミの日に燃えるゴミを出しちゃって、近所の人に怒られて、そこからすごく怖くなって、ゴミが出せなくなっちゃう。このフェーズで「おじいちゃんが、ゴミを捨てられなくなっている」と包括に相談をいただいてたら、多分ゴミ屋敷にはなってなかったと思うんです。
でも、どうにもならなくなってから、「どうすればいいですか?」と相談に来られると、要介護の人に加えて「ゴミ屋敷の片付け」という大きな仕事が付いてくるです。職員の残業も増えるし、つらい仕事なんですよ、ゴミ屋敷の片付け。だから、親が元気なうちから、つながりを持とうとしてほしい。
山中:私も電話したように、同居していない子どもが電話してもいいんですよね。
川内:すごくいいことです。「親が一人暮らしをしているんですけど、これから年を取ってサポートが必要になったときに、この地域ではどういうサポートをしてもらえますか?」ということを1回レクチャーしてもらえば、何かあったときに連絡がしやすくなるじゃないですか。そういうつながりを持つだけで、包括もすごく楽になる。遠方に住んでいれば、何かあったときに駆けつけられないですよね? でも、包括の職員さんだったら、すぐに見に行ける。そういう安心感を持てるという意味でも、親が元気なうちからつながっておいたほうがいいと思います。
山中:私も川内さんにアドバイスを受けて帰省したときに包括さんに行ってみました。詳しくは本に書いたとおりですが、正直、どういう対応をされるのかまったく分からなかったし、雨の中をバスで行くのでけっこう面倒くさかったんですけど。とにかく、「早めに包括とコネをつくっておくことは絶対必要だ」と、アドバイスを受けていたので。すると、その場で親身に状況を聞いてくれただけでなく、母に電話をかけてくれて、「健康相談にうかがいます」という形で話をもっていって。職員さんはプロなので、見事に母の心をほぐして、最後は冗談なんか言って笑い合っているんですね。その週には、「お母さまのところに行ってきました」と、フィードバックをもらいました。
——すごい。
山中:母と相性の良いケアマネジャーさんと出会えたことにも、、包括とのつながりが利いたと思いますね。どこまで再現性があるのか保証はできませんが、相談して損はないのは間違いない。それも、早ければ早いほど。
川内:お金がかかるわけでもないし、今後起きうる大きなリスクをだいぶ減らせると思います。だから、年末年始の帰省の際に、余裕があれば連絡してみたり、その準備をされたらいいんじゃないかな。
山中:考えてみれば、満40歳になったらみんなすごい介護保険料を払っているわけじゃないですか。だから、使えるなら使わない手はない。「介護や福祉の費用が、国の財政を圧迫し……」という指摘は確かにありますが、使ってみれば「なるほど、これだけのことをしてくれるのか」と納得する部分もあります。なにより、包括が、そして介護保険によるサービスが支援してくれるから、私はフルタイムでなんの憂いもなく会社で働けて、日本のGDPに貢献できているわけですし。
川内:それで言うと、困り果ててから介護サポートに頼る、みたいな使い方をするのが、社会保障費を一番圧迫するんです。医療費も同じですよね。
山中:ああ、病気が悪くなって使うから、高額な医療が必要になってしまう。
川内:そうなんです。みなさんのリテラシーを上げていただいて、元気なうちから包括への相談やアドバイスといった公的なサポートを受ける。これが社会保障費を下げる一番有効な方法だと思います。やっぱり多くの人は、気づかないままに状況を悪化させて、お金の掛かる介護サービスを利用せざるを得なくなっているんですよ。
前回も触れましたが、親の希望ではなく、家族の満足や不安の解消のために介護サービスを利用していたら、当然、社会保障費を圧迫します。本来、本人の生活の自立において、必要なサービスと料金が設定されているのに、それを超えて、「うちの親のためにもっともっと介護ヘルパーさんに来てもらわないと」とやっていたら、人もお金もどう考えても足りなくなります。
そうではなくて、「介護される本人がやりたいことは何か、そのために、どんな支えが必要か」から考えていくと、かなり介護サービスの量を圧縮できるんです。
——そして、それを考えるには、親との距離と、時間が必要ということですね。
山中:そうです。私の場合も、早めに良い手が打てたので、「介護ってこんなに楽でいいの?」って思ったくらいです。おかげで、いまだに夫婦仲が良好です(笑)。
(構成:ウートピ編集部・堀池沙知子)