「悲しい」「悔しい」も大事なわたしの感情…阿川佐和子から傷つくのが怖いあなたへ

「悲しい」「悔しい」も大事なわたしの感情…阿川佐和子から傷つくのが怖いあなたへ

2020年に亡くなった高山真さんによる同名の自伝的小説を原作に、鈴木亮平さんがゲイの主人公を演じていることで話題の映画『エゴイスト』(​​松永大司監督)。鈴木さん、共演の宮沢氷魚さんに並び、印象深い演技を披露しているのが阿川佐和子(あがわ・さわこ)さんだ。インタビュアーや作家・エッセイストとして活躍する阿川さん。言葉を生業にしているからだろうか。発するセリフは説得力を持ち、見る者の心に響く。慣れない仕事でも恐れず飛び込んでいく阿川さんの原動力とは?

「面白そう!」すぐ手を出しちゃうタチ

——阿川さんの役どころは、鈴木亮平さん演じるファッション誌の編集者・浩輔と惹かれ合うパーソナルトレーナー・龍太の母親・妙子です。シングルマザーで龍太を育ててきましたが、病気で働くことができなくなり、龍太は高校を中退して働き、母親を支えています。妙子はやがて浩輔とも交流を深め、互いに影響を与え合うという、とても重要な役でした。ご出演は勇気のいる決断だったのでは?

阿川佐和子さん(以下、阿川):演技のオファーをいただく時、いつも「なぜ私?」「私のどこを愛してくださったの?」っていう気持ちになるんですよ。プロデューサーの方や松永大司監督に伺っても、「ぴったりだと思ったので」としかおっしゃらないので、「もっと詳しく言って」と思うんですけど(笑)、それは分からないですよね。

でも、「期待を裏切らないためにはどうすればいい?」「私にできるのかしら?」 と不安に思う気持ちを飛び越えて、「面白そうだな」ってすぐ手を出しちゃうタチなんです。

——「面白そう」と感じたポイントは?

阿川:松永監督に初めてお会いした時、『ハナレイ・ベイ』を撮った方だとは知らなくて。(同作主演の)吉田羊さんから「厳しかった」という噂(うわさ)を聞いていたから、先に知ってたら断ってたかもしれない(笑)。だけど、それを知らない無垢(むく)な状態でお会いして、この映画に対する思いをうかがった時、「この人と仕事をしたら、また新しい面白いものが見えるかもしれない」と思ったんです。監督を「カッコい〜い」と思ったせいもある(笑)。それで気がついたらお引き受けしていました。

“強い母”妙子を演じて思い出したこと

——阿川さん演じる妙子は、シングルマザーで息子を育ててきた女性です。でも、病気になってからは、家計は息子の稼ぎが頼り。一見、息子を頼りに生きている弱い人に見えるのですが、大変なことが起きた時、打ちひしがれる様子も見せず、黙ってすべてを受け入れるような振る舞いに、意表を突かれました。阿川さんご自身は妙子という役について、どう咀嚼(そしゃく)して演じたのですか?

阿川:この役をいただいて台本を読んだ時、本来なら自分が働いて息子を学校に行かせるはずなのに、息子に養ってもらう立場になったら、ものすごい負い目を感じるだろうなと思いました。毎日「ごめんなさい」という気持ちになるだろうし、この感情をどう消化すればいいの? と思ったのですが、監督から何度も「妙子は強い人です。そういう顔はしません」と言われて納得したんです。息子が母親のためを思って頑張っているのに、「ごめんね、ごめんね」って泣いてたら息子はもっと苦しむ。「そうだ。妙子は強い女なんだ。だったら、息子が笑顔になれるようにしていなければ」と考えを転換しました。

それともう一つ、ある出来事が起きて、浩輔さんが訪ねてきてくれたシーンを撮る時、芥川龍之介の『手巾』(ハンケチ)という小説を思い出したんです。

ある大学教授のところに教え子の母親がやって来て、大したことではないように、口元には微笑みまで浮かべて「息子が死んでしまいましてね」と言うので、その教授が「何という不謹慎な母親なんだろう」と思うんですけど、ふと自分が床に落としたうちわを拾おうとした時、彼女が膝の上でハンカチをぎゅっと握りしめているのを見るんです。そこで母親の悲しみを感じる。心ではすごく悲しいのに、何でもないことのように教授に向かって息子の死を口にする。

この小説を読んだのは、「日本人は不用意なところで笑う、理解できない民族だ」と言われた時代があって、日本人の笑いについて調べていた時でした。困った時に笑う、悲しい時に笑う、怒っている時に笑う。ニュースを見ていると、たとえば自然災害に遭って、大雨で店の売り物がダメになっても「全部水浸しだよ。はっはっは」って、驚くほど日本人は笑って答えます。これはどういう文化かというと、私が調べたかぎりで言えば、「相手にこの不幸を伝染させてはいけない」「ご心配なく! 大丈夫ですから!」という一つのマナーというか、意識があるから。不可解だと言われるけれど、私は大事な文化だなと思ったんです。それを妙子を演じる時に思い出して、ものすごく悲しくても「浩輔さんに自分の悲しみを乗り移らせてはいけない」と思っている母親なのかなと解釈しました。

「手を出して傷つくのが怖い」と思っている人へ

——これまでもいくつか映画やドラマに出演されていますが、俳優業のご経験は多くありません。先ほど「面白そうだと思うとすぐ手を出すタチ」と自己分析されていましたが、何でも挑戦してみるという性格は幼い頃からですか?

阿川:エレベーターに乗ると「私がボタンを押したいのに、どうして押しちゃったの!」と泣き出す子供っているでしょ? そんな子でした。知識を得て、理解したうえで行動するより、分からないうちに行動して感じることのほうが好きなタイプ。体を動かして理解することのほうが好きなんでしょうね。人からは「あんたはホントに何にでも手を出す」ってよく言われます(笑)。

——最近は「手を出して傷つくのが怖い」という人も多いです。

阿川:今は情報が溢れているから、まず情報をたくさん集めて、比較検討して、やるかどうかを決めたり、どうすれば安全か、傷つかないかを考えますよね。私の子供の頃は、そんなに情報がなかったですから、痛い経験、悲しい経験の積み重ねが、時間がたって宝物になったと思うんです。

安全なところだけ、心地良いところだけを生きていては感じないことも、痛い経験をすれば感じられる。失敗しないと人の痛みは分かりません。

私も終戦直後の様子は知りませんが、日本が敗戦したあと、親たちは「子供にあんなつらい思いをさせたくない」という気持ちで必死になって働き、日本の経済を豊かにした。子供たちを悲しいことやツラいことに遭わせないよう守ってきた結果、ちょっと振り子が行き過ぎたんじゃないかという気がします。子供が多くて、1人1人に構っていられない時代は、誰かがケガをし、誰かが穴に落ちて、誰かが泣いていたと思う。

もちろん、深い傷になりすぎるのはいけないと思うけど、小さい頃にそういう思いをして、「あの時と同じだけど、あの時ほど痛くない」ということを学んでいくのが、年を重ねるってことなのではないかと思います。

「喜怒哀楽」っていうのは、喜ぶ、怒る、悲しい、楽しいって書くけれど、現在は、「喜ぶ」と「楽しい」だけを経験すれば豊かな人生になると思っている人が多い。「怒る」「怒られる」や「悲しい」「悔しい」、そういう感情も早めにいっぱい経験しておいたほうが、感性が豊かになるのではないでしょうか。

■映画情報
『エゴイスト』
公開表記:2月10日(金)全国公開
配給:東京テアトル
(C)2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

(聞き手:新田理恵、写真:宇高尚弘)

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