映画『そばかす』(玉田真也監督)がいよいよ本日公開日を迎えた。恋愛に興味を持てない30歳の蘇畑佳純。このまま一人で生きていくことも寂しくない、きっと楽しい。そう思っているのは自分だけで、周囲は佳純の生き方に共感をしてくれない。そんな葛藤の最中にいる女性を演じているのは、映画単独初主演となる、女優の三浦透子さん。
時々投げかけられる「なんで結婚しないの?」「誰か紹介しようか?」「まだ運命の人に巡り会っていないだけ」という言葉。一方で、ここ最近は「多様性」という言葉を耳にする機会も多くなってきた。
そんな時代にあって、三浦さん演じる佳純は自分の意思と言葉で自分の性や心と向き合い、少しずつ前に進んでいく。そして気づく。たとえ分かってもらえなくても、前に進んでいけることに。「分かり合えなさ」を決して悲観的ではなく、希望をチラ見せしながら描いているのが同映画の大きな魅力の一つだ。
「本当に好きな人に出会っていないだけ」という誤解
——佳純は自分のセクシュアリティーについて明言はしていないものの、設定としてはアロマンティック(他者に恋愛感情を抱かない)・アセクシャル(他者に性的に惹かれない)です。三浦さんも当事者の方とお会いして、お話しをされたそうですね。何か印象に残ったことはありますか?
三浦透子さん(以下、三浦):たくさんコミュニケーションを取らせてもらった中で一番印象的だったのが、「差別を受ける」や「周りの態度がガラッと変わる」ということはないけれど「とにかく信じてもらえない」とおっしゃっていたことです。「まだ本当に好きな人に出会っていないだけなのでは?」と言われてしまう。恋愛感情がないことを理解してもらえないというのが印象的でした。自分にとっての“普通”を理解してもらえないのは、自分の存在を否定されるようなものですよね……。
——監督の玉田真也さん、企画・原作・脚本を担当されたアサダアツシさんとも密にコミュニケーションを取ったそうですね。
三浦:玉田さんもアサダさんも「三浦さんの意見が聞きたいです」とコミュニケーションができる環境を積極的につくってくれました。その一環に(アロマンティック・アセクシャルの)当事者の方とお会いする機会もありました。
この作品に出演する前から「アロマンティック」「アセクシャル」という言葉は知っていましたし、知識としてはありましたが、直接当事者の方と話したことで、切実さをより感じました。改めて(自分が)責任重大だと感じていました。私が演じていくことで誤解が生じないように、少しでも気になる点があれば伝える。リハも丁寧に、慎重に進行しました。
余白の部分で佳純が生きてきた葛藤を表現
——映画の中で、佳純がお見合いをした相手の男性と旅行に出かけて、ホテルは別々の部屋で、男性から「そっちの部屋に行ってもいい?」と聞かれるシーンがありました。このシーンも当事者の方からの指摘があったと伺いました。
三浦:監修の方に事前にお見せできるのは脚本だけなのですが、脚本だけを読んでいると、佳純が男性から迫られることに対して、リスクマネジメントをしなかった……と読めてしまう可能性もある。アセクシャルの人は性的なことに対して無防備だと誤解されてしまうことを懸念されていました。だから、佳純がドアの前で一瞬戸惑う描写を入れました。
全部セリフで赤裸々にしていくと、説明的になってしまうし、目指していたリアリティーからも外れてしまう。それなら余白の部分で誤解がないように彼女が生きてきた葛藤を表すのはお芝居でやるしかないわけで……。話し合いに立ち会って、誤解を受けそうな部分については「私がお芝居でやります」と伝えました。そんなふうに言いながら、より自分に与えられている責任の重さを感じていました。そういう意味でも、自分も製作の一員なんだとより実感を持てた作品でした。
「ここがすべてじゃない」という希望
——佳純が妹(伊藤万理華さん)から「お姉ちゃんはレズビアンじゃないの?」と言われるシーンが登場します。結婚して妊娠中の妹からすれば「恋愛感情がない」姉のことは理解できないわけですよね。つくづく、人は自分が想像できる範囲の中でしか分かり合えないんだなあと思いました。三浦さんは「他者と分かり合うこと」あるいは「分かり合えなさ」について思うことはありますか?
三浦:実は私も学生時代に「友達になりたい人なんていない」と、思っていたこともありました。でも、私は5歳から仕事をしていたので、学校以外のコミュニティーがあったんですよね。だから自分が今立っている場所がすべてではないと、たまたま知ることができたんです。
ほとんどの学生は「学校=世界のすべて」と感じてしまうと思います。そこで友達がいないとなると、自分は孤独だと思ってしまうかもしれません。でも、私の場合はそうじゃないと気づける環境がたまたまあったんですよね。そういう存在に芸術はなり得るのでは? と思っています。
映画を見たり、本を読んだりすることで「あ、自分と同じように感じている人っているんだ」って思える。この世界のどこかには自分と同じ価値観を共有できる人がいるんだ」って思えるだけで救われることもあるんですよね。
最後に天藤(北村匠海さん)が佳純にかけた言葉はまさにそれで、この映画が天藤みたいな役割になってくれたらいいなと願っています。「あなたと同じように感じている人はちゃんとこの世の中にいます」と私は言いたいですね。
■映画情報
映画『そばかす』
12月16日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
(C)2022「そばかす」製作委員会
(あらすじ)
チェリストになることをあきらめて、地元へ戻った蘇畑佳純(そばた・かすみ/演:三浦)。鬱(うつ)病気味の父、佳純をどうにかして結婚させようとする母、初産を控えた妹、歯に衣着せぬ意見を並べる祖母。当たり前の幸せがある家庭環境。周囲から足りないことだとやたら勧められるのは、恋愛をすることだけ。佳純は30歳にして、自分らしく生きる道を探し出そうとしていた。
インタビューは後編へと続きます。
(聞き手:小林久乃、写真:宇高尚弘、ヘアメイク:秋鹿裕子(W)、スタイリスト:佐々木翔)