50 to 100 10冊目

祖母姫の”金言”よりも響いた孫娘の言葉 『祖母姫、ロンドンへ行く!』を読んで

祖母姫の”金言”よりも響いた孫娘の言葉 『祖母姫、ロンドンへ行く!』を読んで

50代から100歳以上の著者の本から人生後半のA to Zを考えてみる本連載「50 to 100」。

10冊目に紹介するのは、『祖母姫、ロンドンへ行く!』(小学館)です。

著者である椹野道流さんと、椹野さんの祖母とのふたり旅を振り返る本書。ふたりの関係はまるでお姫様をもてなす秘書のよう。実体験をもとにした回想型エッセイである本書を作家の南綾子さんに読んでいただきました。

「パンの次にパンのようなもの…」の祖母姫の指摘に完全同意

一度でいいからロンドンに行ってみたい。お姫様のような旅をしたい——そんな”祖母姫”の願いから端を発した、祖母と孫娘の5泊7日超豪華イギリス旅行珍道中の模様を描いた本書。とにかく全編あまりにも豪華で優雅でエレガントなので、わたしのようなド庶民にとっては空想上の実現不可能なファンタジー旅行記を読んでいるようでもあり、まさに非日常を味わえる一冊だった。

とはいえ、実はわたしにとってコロナ禍前の最後の海外旅行先が、偶然にもイギリスなのだった。座席はエコノミー、三ツ星以下の安ホテル宿泊と、経済レベルは雲泥の差だったわけだが、そんな安旅の中で唯一わたしが超奮発したのが、本書にも登場する高級ホテルのアフタヌーンティーだったのだ。

一緒に旅をした友人は軽装しか持参していなかったので、英語も話せないのに一人でいくことになった。そのホテルはロンドン高級地区メイフェアの中心地にあり、現地に着いたら建物前にフェラーリが3台も連なって停まっていて、場違いなところにきてしまったと席につくどころかホテルに入る前からわたしは完全に雰囲気に飲まれてしまった。

そのせいだろうか、最初に出てきたサンドイッチをたいしてうまいとも思わなかったのに意味もなくおかわりし、胃袋がそれで完全敗北、続けて出てきたスコーンがなかなか呑み込めなくて窒息しそうになった。なので祖母姫の、

「ねえ、パンの次に、パンのようなものが来るって、コースとしてはおかしいんじゃないかしら」

 
の言葉には、完全に同意するしかない、というか、もう共感しすぎて膝を百回ぐらい打ちたい気持ちになった。

そんな感じで、わたしのようにロンドン旅行の経験のある人はもちろん、祖母姫のように、ロンドンにあこがれを抱き、いつか旅してみたいと夢見ている人にも超おすすめの一冊である。

縦糸は旅行記、横糸は自己肯定感

ところで本書はわたしが独自に調べたところによると、当初から旅行記として書かれたものではなく、もともとはウェブで連載されていた「自己肯定感の話」というタイトルのエッセイの中から、旅行について書かれたエピソードをまとめたものであるようだ(間違っていたらごめんなさい)。したがって本書は、祖母と孫娘のロンドン珍道中を縦軸に、本書の帯にあるように“自己肯定感ストップ高”祖母姫との旅を通して、劣等感とコンプレックスの塊である若かりし頃の椹野さんが、同じ血が流れているはずの祖母の持つ謎の自信は一体どこからくるのか考えつつ、少しずつその自信——自己肯定感を自分も身につけようとする様を横軸に描いていく構成となっている。

自己肯定感。一体、こいつは何だろう。ここ数年、世の中は自己肯定感大正義状態といった模様で、どんな悩みごともこれ一つで解決できそうな勢いである。確かに本書の中にちりばめられた祖母姫の言葉を目にすると、こんなふうに生きられたらいいな、生きてみたいと思えてくる。

けれどもこの自己肯定感というやつ、マジで一体、どこから来るものなのか、わたしは正直、よくわからない。金持ちの家にうまれた人はどうとか、親の愛情をたくさんうけて育てばどうとかよく聞くが、金持ちでも悩みを抱えて自死する人なんていくらでもいるし、ごく普通の家庭に暮らしているのに非行に走る少年少女だってあとをたたない。

結局、美しい容姿や何かに秀でた才能と同じで、それを持って生まれてこられるかどうかなんじゃないの? とも思うわけで、だからわたしは自己肯定感を身につけることをすすめられると、どうにもモヤッとしてしまう。

自己肯定感を身につけることが目標ではない

だからといって本書にもモヤモヤしたものを感じるかといえばそうではない。わたしは祖母姫の”金言”より、むしろ椹野さん自身のやさしい言葉に励まされるのだ。

やはりとくに、本書の終盤でブライトンへプチ冒険するところ。ブライトンに連れ出してくれたティムがこう語る。

「友情、敬意、思慕、あるいは、とくに強い敵意すら、人と人とを結びつけるものです。恋愛も、そうした要素のひとつに過ぎません。僕は、そう考えています」

 
それに対し椹野さんは、次のように綴る。
 

そう、それよ。日本にいて息苦しかったのは、まさにそれ。

十代の頃は「恋人いないの?」と問われ、二十代に入ると「そろそろ結婚しないと」とせっつかれ、男友達と一緒にいると、すぐ「彼氏?」と冷やかされる。(中略)ティムにさらりと自分の心を救い上げてもらえたようで、私は心から、「私もそう思います」と同意しました。

この箇所を読んだとき、本書は「自己肯定感の話」をしながらも、実は、そんなものを必死に身につけようと頑張らなくてもいいよ、ありのままの自分で生きていってもいいのだよと伝えようとしているのではないかと感じて、とてもほっとした。わたしが自分にとって都合のいいメッセージを強引にキャッチしているだけのかもしれないが。

とにもかくにも、旅ではこんなふうに予期せぬ出会いが起こり、そして予期せぬ言葉を受け取って生き方が変わることもある。そんなふうに考えたら、わたしもそろそろ海外旅行をしたいな、もう一度ロンドンにいくのもいいかもと思えて、つい航空券の予約サイトを見に行ってしまい、チケット代のバカ高さに即撃沈したのであったチーン。

(南 綾子)

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祖母姫の”金言”よりも響いた孫娘の言葉 『祖母姫、ロンドンへ行く!』を読んで

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