昨年3月に50歳でTBSを退社し、フリーランス人生がちょうど1年経った、堀井美香さん。
今年2月には、初の書著『一旦、退社。 50歳からの独立日記』を大和書房から上梓しました。
本書では、働くことについて、美容について、ノースリーブについて、ヒールについて、車について、朗読についてなどが、真摯に、かつ自由に書き綴られています。
「私は平凡、普通」とつねづね語っている堀井さんの魅力に迫ります。(全3回の第2回)
昔より、やり過ごす方法は知っている
——堀井さんとジェーン・スーさんのポッドキャスト番組「OVER THE SUN」の過去回で、職場の環境に悩む互助会員*さんに対して、「会社の中でいろいろ気づきがちな人は、他人のボールまで自分で持ってしまう」「会社の中で働く=自分の仕事の範疇を超えないこと」というようなお話をされていましたね。
寄り添う回答になるのかなと思って聞いていたら、意外とズバッと来てハッとしました。ハッとさせられるたびに、ただ面白いだけの番組じゃないと感じます。
*番組のリスナーの呼び名
堀井美香さん(以下、堀井):そうですね、2人とも50年も生きてきたので……。そのときそのときで沁みるように考えてきたことはそれぞれ違うし、向こう(スーさん)はあんな強い人ですけど、私もスーちゃんもひっそりと泣くこともあったし、「あの気持ちってなんだったんだろう?」というようなことを今解明できるような冷静さを時間が与えてくれているように感じます。
この50付近というのが、いちばんいいときだと思うんですよね。たぶん、ここから体のことにしてもプライベートのことにしても、いろんな災難が襲ってくる。でも、昔よりはやり過ごす方法を知っているので、割と物事に対しておおらか、どうでもいい、なんとかなるんじゃないっていうところに行きついています。
——「やり過ごす方法を知っている」とのことですが、たとえばどうやって……?
堀井:いっぱいあるのですが。たとえば、ミスしたときは人に言いまくって、いろんな人に慰めてもらうとか。大いに傷ついても「いつかまた元に戻る」とわかっているので、へこむだけへこんでみるとか。めちゃくちゃつらくて泣いたりしても、1週間後にはおいしくラーメンを食べていたりするじゃないですか。そんなことを何度も繰り返しているので、自分の復活パターンがわかるんです。だから、なんかすごく悲しんでいる自分に対して「何この時期!?」みたいな境地になってきます。
——本の中では、何もしたくなくなったときに、「何もしたくないなりに、少しずつ、少しずつ、ほんの小さなことで、充電量を増やしていく」(p127)と書かれていましたね。ほかの箇所の描写でも、少しずつ積み重ねていくこと自体が堀井さんの核になっているのかと感じました。ちょっと引用します。
“27年間乗り続けた満員電車の帰り道、「終わっても始まる。場所が変わっても、また明日から普通の1日1日を弛みなく進めばそれでいいのだ」と自分に念じた。”(p34)
“迷いが生じたら読むことに戻った。不安な時ほどひたすら読んだ。そして読むことは小さな支えになっていくと考えた。昔から、続けていれば何かが変わるということだけは知っていたから。”(p109)
継続していくことでしか自分を支えられないときってきっとあるでしょうし、積み重ねたものが自分を前に進めることもあるかと思います。
堀井:そうですね、やり方のひとつですよね。自分は天才とは違うとわかっているから、積み重ねることが自分のやり方だって、いつか悟ったんでしょうね。いつかはわかんないですけど。「何か続けていれば自分はホッとするんだ」というのがわかったので、成果が出なくても決めたことをやり続けることで気持ちが満たされます。
トキメキのある「普通」
——堀井さんにはすごい辛抱強さがあるって、スーさんも太鼓判押していましたよね。雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズの強さが。
堀井:たぶん、何も感じていなかったり、わかっていないのを「動じてない」って思われているんだと思いますよ?(笑)
——(笑)。今のお話もそうですけど、堀井さんって本当に自分が普通である、平凡であるとおっしゃるじゃないですか。それって割と欠乏感なんかとセットで語られがちだと思うのですが、堀井さんが言うとなんだか爽やかですよね。なぜなんでしょう。
堀井:スーちゃんとも言ってるのは、みんなが「普通である=目立たない」というところから一歩出て、いろんな場所で活動したり発表したりができるようになるといいなって。その応援をしようって話したんです。普通であるんだけど、なんか刺激があったり、ほかの人に褒められたり、ちょっとトキメキがある普通。
——“型にはまる”ほうがラクだったとも書かれていましたね。「〇〇ちゃんママ」ではなくて名前で呼んでほしいという人もいる一方で、堀井さんはママ友同士では「〇〇ちゃんママ」という型、「母」という枠にはまったほうが居心地がよかったとか。
堀井:そのほうがやりやすかったですね。モデルケースが多いし、余計なこと考えなくていいし、自由じゃないって思ったこともないし。「〇〇ちゃんママ」という呼び方で息苦しくなっちゃう人もいるかと思うので、すごく難しいんですけど。
——それぞれ自分が心地良いほうを選べたらいちばんいいですよね。あと、本の話でもうひとつ。結婚するときにお母様があつらえてくれた着物のエピソードが印象的でした。着ることもなく桐箱に入ったままだったけど、着物の先生とご縁があり先生に見てもらったところ「帯、小物、着物、ひとつひとつお母様が時間をかけて選んだ証拠よ」と言われ、26年越しに母の気持ちを理解したという……「すべての回り道に意味がある」と書かれていました。
堀井:私は今まで回り道をしてこなかったんですよ。忙しかったから回り道するよりすぐやって解決、みたいな毎日でした。子どもがいて仕事があると、どうしてもどれだけ早く事をなすかというのが最優先になるので……。これからなんですよね、回り道ができるのは。これからちゃんと時間をかけられる、その時間が用意されていると思いながら、ガンガン仕事入れてるんですけど(笑)。
(構成:須田奈津妃、撮影:西田優太、聞き手:安次富陽子)