「女子に理系は向いていない」「やっぱり結婚して子供を産むことこそが女の幸せ」「食事は男性がおごるべき」--。
いつの間にか私たちの考えや行動を縛って影響を与えている“アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)”をテーマにしたエッセイ『思い込みにとらわれない生き方』(ポプラ社)が1月に発売されました。ベストセラー『女性の品格』で知られる坂東眞理子(ばんどう・まりこ)さんによる新刊です。
東京大学卒業後、総理府(現:内閣府)に入省し、内閣広報室参事官、埼玉県副知事、オーストラリア・ブリスベン総領事、内閣府男女共同参画局長といったキャリアを重ね、現在は昭和女子大学理事長・総長を務めている坂東さんに、同書を執筆したきっかけなどお話を伺いました。前後編。
「アンコンシャス・バイアス」=「呪い」
——同書執筆のきっかけは2021年に森喜朗元総理による「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」という発言と書かれていましたね。
坂東眞理子さん(以下、坂東):直接のきっかけはその発言なのですが、その前から、世の中にアンコンシャス・バイアスはあふれているし、女性自身も社会からの期待や決めつけにいつの間にかとらわれていると感じていました。そこから解放されなければ、いくら女性が働きやすい制度を作ったり、法律を作っても、世の中変わらないのではと思いました。
——ウートピではそのようなアンコンシャス・バイアスを“呪い”と表現しています。
坂東:本当に、“呪い”なんですよね。子供のころから、女性にはそういう“呪い”がかけられている。「今は勉強ができても、大きくなったら女の子は伸びない」「女性は理系に向いていない」とかね。そういうことを言われると、本人も「ああ、そうなんだ」と思ってしまう。一方で、「女性はとても気が利いて、美意識が発達していて、繊細で……」と言われると、「ちょっと違うんだけどそうすべきか」と考え込んでしまう。
——「女性は気が利く」と言われてしまうと、いつの間にか「そう振る舞わないといけない」と思ってしまって、社会や周りからの期待に応えようと無理をしてしまう面もあると思います。
坂東:そうですね。最初は、周りや外部から言われたことでも、いつのまにか「自分の考えだ」と思い込んでしまうんです。それはやっぱり、アンコンシャス・バイアスの影響が大きいと思いますね。だから、女性に対するさまざまなバイアスがある中で、知らないうちにアンコンシャス・バイアスに染まっているかもしれない。まずは「自分もアンコンシャス・バイアスを持っている」という認識を持ってほしいと思い、同書を執筆しました。
「私は普通の女の子」東大女子に向けられたまなざし
——坂東さんは東大卒ということですが、“東大女子”ということで、偏見などはありましたか?
坂東:世代によって違うと思うんですけど……。私の世代だと、「東大を出ているなんて、普通の女子学生とは違う」「研究者志向で世間知らずだ」とか、そういうイメージがありましたね。だから、「東大は出ているけど、私は普通の女の子なのよ」と言う友人がとても多かった。不思議な世界ですよね。
——事実なのにそう言わざるを得ないというのが、いかに彼女たちがレッテルを貼られてきたかを物語っている気がします。
坂東:今の若い世代は「私は東大卒です」と自信を持っている人が増えているのではないでしょうか。世の中の評価も変わってきましたし。東大に女子学生が3%だった当時、私は自分のことを「パンダみたいな珍種だ」と言っていたんですけどね(笑)。
「管理職は大変」って本当?
——本では女性の社会進出を阻むアンコンシャス・バイアスとして「管理職に女性が昇進すること」に対するマイナスの思い込みが挙げられていました。
坂東:実際は、上のポストに就くことで、お給料も増え、時間や予算について自分の裁量が利くようになりますし、有益な情報も入ってきやすくなります。
——それがとても意外というか驚いた点です。「管理職になると責任も重くなるし風当たりも強くなる」「偉くなるより現場のほうが向いている」という女性たちの声もよく聞きます。
坂東:もちろん、女性の中にも管理職に向いている人と向いていない人がいて、向いていない人が無理に管理職になる必要はないとは思います。ただ、「女性だから管理職に向いてない」「女性だから管理職はできない」というのは、アンコンシャス・バイアスです。
私が男女共同参画局長だった2003年に、「あらゆる分野で女性管理職30%を目指そう」ということを、閣議決定しました。* 当時も「女性管理職が30%なんて、それだけの能力を持つ人がいないから無理だ」という意見がずいぶんありました。だから、「時間をかけて経験を与えて育てていけば、管理職ができる女性は絶対に増えますから」と言って、説得した覚えがあります。
*https://www.gender.go.jp/policy/positive_act/index.html
——やはり、女性管理職の割合が増えることは大事なことなのでしょうか?
坂東:そもそも、管理職というのは、アメリカでは一つの専門職で「経営という専門的なスキルや知識を持ったポスト」という認識です。日本の場合は、今は少し変わり始めていますが、「長く職場に貢献して、力があると認められたら就けるポスト」という感覚です。
——現場からの延長線上というか……。
坂東:そうでしょう?「管理職になれない=職業人として十分に評価されない」というイメージがあるんですよね。男性もそうなのですが、いくら管理職に向いていない人でも、「この年になったら肩書が必要だ」という感覚の職場が結構ある。それを、「女性も真似(まね)する必要があるのか?」という意見ももちろんあります。ただ、先ほども申し上げたように、「女性だから……」と言って排除されてはいけないと考えています。
私はいつも女性人材を育てるためには「期待する」「機会を与える」「鍛える」の3つの「き」が必要だと言っています。それをしないで、いきなり「女性ならではの感性」を求められてもすばらしい発想がでてくるはずがないんです。
——「女性ならではの視点で」も、よく言われますね。「男性は言われないのに」って……。
坂東:そうなんですよね。しかも厄介なことにそういうふうに言ってくる人たちは、ほとんどの場合、悪気はないんです。「意地悪しよう」「いじめよう」という意識はなくて、「これが常識」と思っている。それが実は、一番相手を傷つけるんです。相手に対して失礼だということに、気づいていません。
ほかにも、「母親なんだから」「年なんだから」といったレッテルを、いろんな形で押し付けられる。中には「もう年だからと思い込むほうが楽なんじゃないか?」「自分で考えるのは面倒くさい」と考える人もいるかもしれない。でもやっぱり、思い込みによって知らないうちに他人を傷つけたり、自分の可能性を押しつぶしたりしていることに目を向けてほしいと思います。
「完全な母親」を手放した瞬間
——ウートピを読んでいる読者にも多いのかなと思ったのが、本書でも触れられていた「自分は母親なのに仕事をしていて、子供の世話が十分にできないから良い母親ではない」という「母親の罪悪感」(マミーギルト)です。
坂東:それこそ、アンコンシャス・バイアスですよね。「母親は、子供を最優先しベストを尽くさなきゃいけない」とか、「他の母親は子供のために一生懸命、至れり尽くせりのサービスをして、機会を与えている。それに比べて、私は十分なことをやってない」と思い込んでいる人が、すごく多いんです。
——坂東さん自身も2人のお子さんを育てたと伺いましたが、マミーギルトを抱えていたとつづられていました。どんなふうに“呪い”を解いていったのでしょうか?
坂東:自分に対するおまじないの言葉として、「100%完全な母親なんか、どこにも存在しない」と唱えていました。そして、もう一つは、「100%完全じゃないこんな母親のところに生まれてきたのは、この子の運命だからしょうがない」って(笑)。もちろん、完全な母親の元に生まれてきた子供はラッキーだったでしょうけど、これはもうしょうがないですよ。私も、子供が3、4歳ぐらいのときに覚悟しましたね。いくらジタバタしてもダメだと思って、「完全な母親にはなれないな」と。
——子育て中の方にとっては、すごく気が楽になると思います。
坂東:「100点は無理にしても、80点のままじゃいけない。せめて85点に、90点に……」って、みんな頑張っているのよね。おそらく、優秀と言われてきた女性ほど、「最高のチャンスを子供に与えなければならない」と思い込んでいるのではないでしょうか。でも、人間にはできることと、できないことがあります。やれることを諦めてはいけないけど、やれないことに執着してもいけない。あるところで手放さないといけないですよね。
「他人は他人、自分は自分」多様性のある社会って?
——つい周りの「完璧そうに見える人」と自分を比べてしまうけれど、それ自体もアンコンシャス・バイアスなのかもしれないですね。最近は「多様性のある社会」と言われていますが、坂東さんから見て多様性のある社会はどんな社会であってほしいと思いますか?
坂東:心が強くないといけないですよね。つまり、「他人は他人、自分は自分」ということ。「多様性」と言うと、ダイバーシティがどうのこうのとか、高尚に聞こえるけど、基本は「他人は他人、自分は自分」ですよ。自分と違っている人がいても、心を乱されないこと。でも、自分に自信がないと、ついつい「あっちのほうがいいかな? こっちのほうがいいかな?」なんて迷って、「やっぱり、こうしなきゃいけないんじゃないか」と思い込んでしまうんです。
——そうなんです。。
坂東:私も気持ちは分かります。例えば、一般論として「男の子も女の子も個性を大事に」と思うけど、個性を持って自分の意見を強く主張している女性に、きっと風当りは強いだろうなって。すると、親として自分の娘を見ていても、「そういった批判や攻撃を跳ね返すようなパワーが、この子にあるだろうか?」と思って心配ですよね。そうなると正直、「無理しなくてもいいかな」と思ってしまう。「他人に意見を言ったり、強い個性を打ち出したりしないほうが、穏やかな日常を生きられるんじゃないか」と、つい考えてしまう。
——考えてしまいます。「そうは言ってもさ」って。
坂東:でも、それが結果的に、多様性をなかなか受け入れられない社会につながっていくと思うんです。だから、多様性を受け入れるためには、他人の多様性に心を乱されないこと。他人は他人って思えるようになるためには、「自分は自分なりに頑張っているんだ」「努力してベストを尽くしているし、やれることはやっているんだ」と思うこと。たとえ、ちゃんとしてなくてもね(笑)。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)