「生命科学アカデミー」内藤教授に聞く 第5回

無菌育ちのイライラマウスに”うんち”を移植してみたら…

無菌育ちのイライラマウスに”うんち”を移植してみたら…

人生100年時代。もしも100歳まで生きるとしたら、どんな自分の姿を想像するでしょうか。もしかしたら、「そこまで長生きしたくない」と思う人もいるかもしれません。

それは「健康」が失われて働き方や生き方に希望がもてないからではないでしょうか。もしも、元気に歳を重ねていけたら——。最近は、生命科学のさまざまな研究から「老いは病気」「病気ならば治せる」といった可能性が見えてきました。

健康に美しく生きるために、最先端の研究を学ぶYoutube番組「生命科学アカデミー」は、このたび腸内微生物・消化器・抗加齢医学を専門とする内藤裕二先生をゲストにお迎えし、「腸内環境」と健康についてたっぷりと解説していただきました。

内藤教授と学長のHIROCOさん

※本記事はYoutubeチャンネル「生命科学アカデミー」で6月30日(木)に配信された内容を、ウートピ編集部で再編集したものです。*トップ画像はイメージです。

研究で判明した、脳と腸の不思議な関係

——最近の研究で、脳と腸に密接な関係があるということがわかってきたそうですね。その研究結果について、わかりやすく教えていただけませんか?

内藤:この関係については、腸内細菌のことがわかる以前から「脳腸相関」「腸脳相関」という言葉があるように既に知られていた事実です。そこに新たに腸内細菌が加わったため、最近は「腸内細菌・腸、脳相関」がトライアングルのような関係になってきています。

ちなみに、腸内細菌は約1000種類あり、体内に約100兆個あると言われています。ヒトの体の細胞は約34兆個と言われているので、実はヒトの細胞よりも腸内細菌のほうが多いんじゃないかという説もあるわけです。重さで言うと1.5キロほど。心臓とか、ちょっとした臓器くらいありますよね。

それだけの存在感のあるものですから、これはひょっとすると僕らの身体に大きな影響を与えているかもしれない、と。それで今、脳と腸の関係に注目が集まっているわけです。

「人は無菌では生きていけない」という真実

内藤:腸と脳に関する研究が進展するきっかけを生み出したのは、一匹のマウス(ねずみ)でした。ある研究者が無菌状態でマウスを育ててみたところ、興味深い結果が2つ得られたのです。1つ目は、ものすごく長生きするということ。そのマウスは、がんにも糖尿病にもなりませんでした。それだけ聞くと「無菌のほうがいいのではないか」と思いますよね。

しかし、そのねずみは学習能力が低く、物覚えも悪く、ちょっとしたことですぐ興奮する様子を見せました。神経が分化せず、成熟していないことがわかったのです。さらに、ある日本人の研究者が無菌で育ったマウスにストレスを与えたところ、異常な反応を示すということもわかりました。ストレス耐性が非常に弱かったのです。腸内細菌の力がないと、ストレスフルな生活になるマウスが出来上がることがわかったんですね。

その後、その研究者は興奮性のマウスに隣で飼っていた普通のマウスの便を移植する実験を行いました。腸内細菌がいる状態にしたところ、ねずみは落ち着き、学習能力も通常値になりました。大人になるためには、腸内細菌の力が必要だったということです。

脳腸相関という言葉の通り、脳やストレスの影響で腸に不調を来す人もいます。しかし逆に、腸の環境が悪化すると脳など体の中枢部分にも影響を与えてしまう、ということがわかってきたわけです。やはり人間は無菌では生きていけず、さまざまな腸内細菌とともに共生していかなければならないようです。

コロナ禍で進められた、腸内細菌の研究

内藤:他にも、コロナ禍でさまざまな研究が進みました。

例えば、私たち消化器の医者による研究では、次のような事実が明らかになりました。

もともとお腹の調子がいい人はコロナ禍でも極端に落ち込むことはなく、自分なりに次の道を見つけて元気に過ごしていました。

しかし下痢気味など、以前からお腹の調子が悪かった人は、コロナ禍でより一層体調が悪化してしまうことがわかってきたのです。

さらに、「コロナ以前、胃のむかつきや胃もたれで悩んでいた人が、コロナ禍でテレワークを続けた結果、体調が良くなった」というケースもありました。この件については、会社のストレスが原因だったのではないかと、私は考えています。

認知症やパーキンソン病の始まりは、腸?

内藤:コロナ禍で、脳と腸に関する新たな事実が次々と明らかになっている一方で、医学的に重要な発見も相次いでいます。いま注目されているのは、脳神経の病気である認知症やパーキンソン病が、腸から始まっているのかもしれない、という研究です。

便秘に悩む人を何年も継続して調査したところ、特に男性はパーキンソン病の発症率が高いことがわかりました。パーキンソン病は、以前から言われているように脳から始まる人もいますが、おそらく約半数は腸からではないかと言われています。

もし便秘が長期間続いたら、下剤を飲み続けるのではなく、「もしかしたら病気の始まりかもしれない」と考えてみてください。早めに腸内環境を改善すれば、病気の予防につながるかもしれません

——なぜ先生は、認知症やパーキンソン病に関する研究に興味を持たれたのでしょうか?

内藤:実は、私の母親がパーキンソン病で亡くなっているのです。思い返してみれば、母はパーキンソン病を発症する10年以上前から、便秘に悩んでいました。しかし当時は脳と腸内細菌の関係が明らかになっていなかったため、私は「脳神経は自分の専門分野ではない」と言って、治療を親友に任せていました。私がもっと早く気づいて治してあげられたらよかったと、後悔しています。

——便秘が病気を知らせるアラートだったのかもしれない、ということですね。

内藤:だからこそ、今後の人生は腸脳相関にかけようと思っているわけです。

——認知症やパーキンソン病に関する事実が明らかになれば、世界中で多くの人が救われるかもしれません。結果が明らかになった際には、ぜひ私たちにも教えてください。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

<この回のまとめ>
・脳と腸には密接な関係がある=腸内細菌・脳腸相関
・ヒトの成長には腸内細菌の力が必要
・重要な病気は腸からはじまっている
・腸内環境を整えることは、パーキンソン病などの重要な病気の予防にもつながる

(第6回に続く)

■動画で見る方はこちら

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