日々の暮らしで、職場で、家庭の中で、あなたが苦しい思いをしているとしたら、それは、あなた自身のせいだろうか?
「大変なとき“助けて”と言っていい」と話すのは俳優の板谷由夏さん(47)。
2020年冬に東京都渋谷区幡ヶ谷のバス停で路上生活者の女性が殺害された事件をもとに、コロナ禍の貧困や孤立などを描いた主演映画『夜明けまでバス停で』が公開中だ。
前後編にわたり板谷さんのインタビューをお届けする。
「毎回、自分が転校生」現場に入るたびに意識していること
——主人公の三知子は、夢を持ち、真面目に生きてきたのに、いとも簡単に社会の隙間に落ちてしまう。俳優という仕事も、華やかに見えて不安定な職業だと思います。昨今、芸能人のメンタルヘルスの問題も関心を集めていますが、板谷さんは心身の健康を保つために心がけていることはありますか?
板谷由夏さん(以下、板谷):日々の生活を大事にすることかな。それに尽きますね。あとは「何でも楽しむ」こと、「楽しそうなことを探す」ことでしょうか。
——撮影がハードなとき、人間関係が難しい現場に入ったときもですか?
板谷:そうしたら気が合う人を探せばいいから(笑)。いい匂いがする人を探すとか。私はラッキーなことに、「もう明日現場に行きたくない」という思いをしたことないんですよね。あったとしても、忘れてる。
——俳優は新しい作品の撮影に入るたび、1から関係を構築するわけですよね?
板谷:そうですね。毎回、自分が転校生だと思っています。でも、私は新しい場所が大好きだし、新しい人間関係が大好きなんです。そんなワクワクできることはない。
もちろん不安もあるし、ドキドキもしますけど、知らないことを知ったり、行ったことがない所に行ったり、会ったことのない人に会うワクワクのほうが、不安に勝っちゃう。
——漠然と将来やエイジングに不安を抱いている30代、40代は多いと思いますが、年齢を重ねることを楽しむ秘訣(ひけつ)はありますか?
板谷:諦めることです。もちろん私も不安ですよ。でも、年を取るのは止められないですからね。「不安なの」と言っている時間があれば「楽しいことを1個やりなさい!」って思う。偉そうな言い方ですけど、そのほうが絶対気持ちが若返ると思うな。
——俳優として、ファッションブランド「SINME」のディレクターとして、2人の息子さんの母親として、忙しい毎日だと思います。仕事とプライベートのバランスは?
板谷:私は計画性がないので、バランスが崩れたときに、その都度対処してく感じでしょうか。例えば、仕事に一生懸命になりすぎて子供たちのことを見てあげられてないなとか、そういうことには、その状況になってからでないと気づけないタイプなので。
「若い世代にどんどん頼る」しんどいときの対処法
——映画の中の三知子は助けを求めるのが苦手なタイプでしたが、板谷さんはしんどい時、誰かに相談はしますか?
板谷:あまり人に相談はしないけど、きついときは「きつい」と言います。昔は言えなかったし、「大変だからイヤ!」なんてわがままだと思っていたけど、最近は、マネージャー陣もどんどん若くなってきて、逆に「若い人に甘えていいんだ」という気持ちになっています。私たち世代では分からないこともあるので、そこはもう、頑張りすぎずに諦めて、若い世代にどんどん頼る。
——「年上だからしっかりしなくちゃ」ではなく、「年下に頼る」という考え方はいいですね。
板谷:頼ったほうがいいですよ!「ご飯おごるから、やって」ってお願いしちゃうときもある(笑)。がむしゃらに頑張って、音を上げてしまったら、もったいないじゃないですか。
私も以前は「家のご飯は私が作らなきゃいけない」とか「私が作らないと、誰が作るの?」という変な責任感があって、どんなに忙しくても、おかずをたくさん作り置きしていたけど、最近は子供も大きくなってきたし、夫と息子たちにスケジュール帳を見せて、「今、私すっごい大変なの。悪いんだけど、この日と、この日のご飯は男3人で何とかしてもらえる?」とか言えるようになってきました(笑)。「こんなに頑張ってるのに、みんななんで私に感謝しないの?」みたいに悲劇のヒロインぶってた時期もありましたけど、今は全然なくなりましたね。
それこそ、40代で体力の低下を感じたときに、そういうふうに変えたんです。「頑張ってるのに、なんで応えてくれないの?」なんて、こっちのエゴですから。
——年下に甘えていいんだって、あまりそういう発想はなかったかも…。
板谷:いいんですよ! 私も先輩に甘えられた時、うれしかったですもん。
——三知子も、歩み寄ってきた勤め先の年下の社員に甘えていれば……。
板谷:そうですよね。でも、そういうのがカッコ悪いと考える世代だから。
——苦しいのは、要領が悪い自分の責任だと思ってしまう。
板谷:本当は、苦しいと言っていいし、自分の要領が悪ければ、人に助けてもらえればいいんですよね。
——インスタグラムなどで披露している着こなしがすてきです。若い頃と同じ感覚でずっと服を選んでいたのですが、年齢を重ねるにつれて、自分がなりたいスタイルや、似合うものを見つめ直したほうがいいなと感じるようになりました。板谷さんにも、自分のスタイルを考え直した時期はありましたか?
板谷:ないかなぁ……。私は若い頃からずっと同じジーンズをはいていたり、ベーシックな服が好きだったりするので。でも、「綿とシルク、どっちにしよう?」と思ったら、ちょっとお金を多く出してもシルクを選ぶようになったとか、同じシャツでも少し質の良いものを選ぶとか、そういうふうには変わってきたかもしれない。質感とか、着心地のよさとか、心地よさを求めるようになってきたかな。物の良さがわかるようになったので、ファストファッションよりも、長く着られるものを選んで大事に着ようという意識に変わってきたと思います。
■映画情報
出演:板谷由夏 大西礼芳 三浦貴大 松浦祐也 ルビーモレノ 片岡礼子 土居志央梨 柄本佑 下元史朗 筒井真理子 根岸季衣 柄本明
配給:渋谷プロダクション
(C)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサ他全国順次公開中。
(聞き手:新田理恵、写真:宇高尚弘、ヘアメイク:結城春香、スタイリスト:古田ひろひこ、衣装:SINME)