日々の暮らしで、職場で、家庭の中で、あなたが苦しい思いをしているとしたら、それは、あなた自身のせいだろうか?
「大変なとき“助けて”と言っていい」と話すのは俳優の板谷由夏さん(47)。
2020年冬に東京都渋谷区幡ヶ谷のバス停で路上生活者の女性が殺害された事件をもとに、コロナ禍の貧困や孤立などを描いた主演映画『夜明けまでバス停で』が公開中だ。
前後編にわたり板谷さんのインタビューをお届けする。
「こんな世の中でいいの?」監督からの問い
——『夜明けまでバス停で』は、渋谷区幡ヶ谷のバス停で起きた事件をモチーフに、コロナ禍で仕事を失い、バス停で寝泊まりする状況に陥ってしまう主人公・三知子の姿を描きます。大きなニュースになった事件を、記憶も新しいうちに映画化するというのはチャレンジングだなと思ったのですが、出演に不安はありませんでしたか?
板谷由夏さん(以下、板谷):もちろんあの事件がきっかけで作られた作品ではあるのですが、これは事件をきっかけにした高橋伴明監督のメッセージであり「こんな世の中でいいの?」という疑問符の投げかけだと思っています。
撮影前には、事件が起きたバス停に手を合わせに行きましたし、被害者を知るための材料を集めて、彼女という人物を形成しようとしたのですが、脚本を読んでみると、監督が表現したいことは、実はその事件そのものではないのだなと思いました。
——三知子という役柄について、監督と話したことがあれば教えてください。
板谷:監督からは、「この人物を作り上げるのはお前の仕事だぞ」と任された感じだったので、自分でできるだけ脚本に書かれた物語の中の三知子を引き寄せたという感じでしょうか。
作品のきっかけは幡ヶ谷の事件ですが、決して被害者の生い立ちを描いているわけではないんです。
誰にでもあり得るからこその恐怖
——確かに、事件の報道で知っている内容とは違いました。だからこそ、板谷さん演じる三知子が、本当にどこにでもいそうな真面目な女性で、あっという間に貧困に陥ってしまったことに恐怖を覚えました。
板谷:そうなんです。気づいたら、そうなっていた。決して三知子の自己責任ではなくて、外的な要因でそういうふうになってしまった。誰にでもあり得る話だと思いました。
また、誰にでも起こり得る世の中なんだということに「気づけよ」という、監督のメッセージだと思うんです。「気づいたときは、もがけよ」「大変なときは、人に“助けて”と言っていいよ」というメッセージ。
私たちくらいの世代って、「頑張らなきゃいけない」とか「弱音を吐くな」とか「自分のせいなんだから」とか、「人に“助けて”と言うのは恥」という生き方がよしとされてきた部分があると思います。三知子はいつも「私のせいだから」と言うんですけど、そういう教育をされてきた世代だと思うんですよね。
でも、それって、豊かな時代だったからまかり通ったわけで、今みたいな大変な時期に我慢していたら、苦しい人が生まれるばかり。だから「“助けて”と言っていいよ」ということを、監督はこの映画を通して言いたかったんじゃないかなと思います。
「助けて」と言えない人に気づくきっかけに
——三知子は助けを求めないし、お兄さんと疎遠だったり、歩み寄ってくれる人ともうまく関われなかったりと、人とつながることが苦手な人なのだろうなと感じました。彼女のような人の声はなかなか表に出てこないので、特にコロナ禍を経て、今も苦しんでいる人が大勢いるのではないかと思いました。
板谷:この作品の取材を受ける中で、記者の皆さんと話していて気づいたことなんですけど、本当に大変な境遇にある人は、映画を見に行くパワーなんてないと思うんですよ。1900円も払い、2時間使って映画を見るほどの余裕があれば、三知子のように大変な思いはしていないと思うんですよね。
だから、気づいた側がどうしてあげるかですよね。少し余裕のある人がこの映画を見たあとで、もしかしたら周りにいるかもしれない三知子のような人や、助けが必要だけど「助けて」と言えない人に気づくきっかけになるといいなと思います。
人が独りになってしまったときに、周囲の対応の冷たさというか、人の無情さみたいなものが当たり前に受け入れられている今の日本の状況はつらいですよね。
——板谷さんはニュース番組で11年間キャスターを務め、さまざまな場所を取材されていましたね。芸能人が政治的な発言をすることには賛否両論ありますが、そういう風潮や、本作のような社会的メッセージ性の強い作品に出演することについて、どう感じていますか?
板谷:私、ウソは嫌なんです。『NEWS ZERO』(日本テレビ系)に出演していた時から、取材した先の人々の生の声を届けることと、それを題材にして、エンターテインメントとして世に出すことが映画の役目だと思っていたので、メッセージ性の強い題材だからどうというふうに気にしたことはないかな。逆に、そういう切り口で世に出すことが仕事だと思っています。
——キャスターの経験が俳優業にプラスになっていると感じる部分は?
板谷:全部です。キャスターを務めた11年間に経験したことは、全部、役に立っている。女優としてというか、人としての糧になっていますね。社会に目を向けるきっかけにもなったし、知らないことを知ることの面白さも、知らないままでいることの怖さも、同時にいろんなことを教わりました。
■映画情報
出演:板谷由夏 大西礼芳 三浦貴大 松浦祐也 ルビーモレノ 片岡礼子 土居志央梨 柄本佑 下元史朗 筒井真理子 根岸季衣 柄本明
配給:渋谷プロダクション
(C)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサ他全国順次公開中。
(聞き手:新田理恵、写真:宇高尚弘、ヘアメイク:結城春香、スタイリスト:古田ひろひこ、衣装:SINME)