『百万円と苦虫女』『ふがいない僕は空を見た』『ロマンスドール』などを手掛けたタナダユキ監督の新作『マイ・ブロークン・マリコ』が、9月30日(金)に公開されます。
漫画家・平庫ワカさんによる原作は、Web連載当時から爆発的な人気を集め、毎話SNSでトレンド入り。「主人公のシイノが親友・マリコの遺骨と2人旅に出る」という異色の設定が話題を呼びました。
タナダ監督へのインタビュー前編では、人気漫画を映画化しようと思ったきっかけや、シイノに永野芽郁さんをキャスティングした理由、言葉では表現しにくいシイノとマリコの関係などについてうかがいます。
親友を抱えて突き進むシイノのエネルギーに惹かれた

©平庫ワカ/KADOKAWA原作:平庫ワカKADOKAWAにて発売中
——漫画『マイ・ブロークン・マリコ』を読み終えてすぐ、映画化に向けて動き出したそうですね。何がそれほどタナダ監督の心を揺さぶったのでしょうか?
タナダユキ監督(以下、タナダ):一番大きかったのは、シイノのキャラクターです。シイノとマリコの二人旅は、言ってしまえば、成し遂げたところで何かを変えられるものではない。それがわかっていても突き進むエネルギーに、心惹かれました。
——今作は『ふがいない僕は空を見た』でも脚本を執筆された向井康介さんとの共同執筆です。向井さんとタッグを組んだのはなぜでしょう?
タナダ:共同執筆にしたのは、原作が好きすぎて、自分のこだわりが強く出てしまいそうだったから。全体を冷静に俯瞰できる方の意見を取り入れて中和したほうがよさそうだ、と。実際、向井さんの書かれたナレーションなどのパートも物語をうまくリードしてくれ、お願いして正解だったと思いました。
——永野芽郁さん演じるシイノは、原作に比べて、ややテンションが抑えられていると感じました。それによって、より人間的で親しみの持てる人物に仕上がっていたと思います。
タナダ:漫画で読むと自然な言動も、実写でそのまま描くとわざとらしくなってしまうことがあるんですよね。原作のシイノは動きも言葉も勢いがあるので、塩梅をどうするか探りながら撮っていきました。そのあたりは、芽郁ちゃんがもともと持っている明るさにずいぶん救われたと思っています。
——永野さんの明るさが発揮されたのは、例えばどのようなシーンでしょうか?
タナダ:撮影前にけっこう悩んだのは、シイノがタムラキョウコ(吉田羊)さんの前で嘘泣きをするシーン。原作の雰囲気を出すのは難しいかもしれないと思っていたのですが、芽郁ちゃんに一度演じてもらったら、想像以上に良くて。「こんな軽やかに演じられるのか」と驚きました。
ほかの方がシイノを演じていたら、もう少し話し合って違うプランを提案していたかもしれません。ああいうシーンを振り返っても、シイノは芽郁ちゃんしか演じられなかったんじゃないかと思います。
いままで見たことのない永野芽郁をスクリーンに映したい
——永野さんは、これまで朝ドラのヒロインを務めるなど、明るい役や、人に好かれる役を演じることが多かったので、シイノのような「やさぐれた」キャラクターは新鮮でした。監督は、永野さんをキャスティングしたときから、どんな風に演じてくれるか見えていましたか?
タナダ:芽郁ちゃんは「お芝居がすごくできる人」という印象がまずあって。その上で、みんなから好かれるキャラクターはたくさん演じてきたから、シイノのような役を意外とおもしろがってくれるんじゃないかと思い、オファーしてみたんです。
いままで正統派のヒロインを演じてきた方がこの役を引き受けるのは、覚悟が要ること。なので、断られることも想定していましたが、OKをいただきました。新しい挑戦をしてくれることがうれしかったですし、「いままで見たことのない永野芽郁をスクリーンに映したい」という気持ちが湧きました。
——シイノを演じることについて、永野さんは何かおっしゃっていましたか?
タナダ:これは撮影後に聞いた話ですが、実はすごく不安だったそうです。現場では全然そんな素振りを見せなかったですし、衣装合わせやリハーサルのときも「髪型どうしよう」「シイノらしく動くにはどうすればいいだろう」っていう話しかしていなかったので、誰も気づかなかったんですけど……。
演技プランなども、こちらが言わずとも考えてくれていたので、スタッフサイドは何の不安も感じていませんでした。例えば、タバコを吸う様って慣れていないとなかなか決まらないのですが、撮影の数ヵ月前から自主的にニコチンの入っていないタバコで練習してくれていました。ものすごく努力してくれたんだと感じましたね。
2人の人生にはお互いの存在が必要だった
——『半分、青い。』以来となる、奈緒さんとのケミストリーも見応えがありました。二人の関係って、言葉にすると「友人」なのですがそれだけで言い切れないものを感じるというか……。シイノとマリコの関係って、一体何なんでしょうか。
タナダ:うーん……単なる友情とも愛情とも違う、ひと言では表せないものですよね。劇中に出てくる「きれいなあの子しか思い出せなくなる」というシイノのセリフが私は二人の関係をよく表していると思っていて。シイノとマリコは、お互いにいい面も悪い面も全部知っている。相手のキラキラした部分だけを見て一緒にいたわけじゃないのが、すごくいいなと思っているんです。
お互いの調子がいいときに会って楽しいのは当たり前だけど、面倒くさかったり、嫌だなと思ったりすることがあっても、シイノはマリコと絶対に縁を切らなかった。これを友情や愛情と呼ぶと、安っぽくなってしまう気がして……。あの2人にしか築けない関係だからこそ、ひと言で表せないんだと思います。
——悪い面もさらけ出せる相手がいるって、羨ましいですね。自分と周囲の関係を振り返っても、調子がいいときだけ会う人のほうが圧倒的に多いです。
タナダ:そうですよね。「この人とは一生縁を切らないぞ」と思う相手でなければ、踏み込めないゾーンがあると思うんです。そして、そこまで思える相手と生涯のあいだに出会えることは、なかなかないですよね。
だから、シイノとマリコは、出会えて良かったんじゃないかなと。2人の関係をきれいにまとめるつもりはありませんが、マリコの人生にはシイノが必要だったし、シイノの人生にはマリコが必要だったのだと思います。
後編は9月28日(水)公開予定です。
(スタイリスト:石橋万理、ヘアメイク:岩本みちる、取材・文:東谷好依、編集:安次富陽子)
■作品情報
『マイ・ブロークン・マリコ』
9月30日(金)
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ/KADOKAWA
(C)2022 映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会