香取慎吾さんが、映画『凪待ち』以来3年ぶりの主演を務めることでも話題を集めた映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』が9月23日(金・祝)全国公開を迎えました。

劇中より
本作のテーマは「夫婦喧嘩」。ある日、妻・日和がSNSの「旦那デスノート」に不満を書き込んでいることに気づいてしまった夫・裕次郎。仲良し夫婦だと思われていた二人の壮大な「夫婦喧嘩」の行き着く先は——。
今回、ウートピでは監督の市井昌秀さんと、日和を演じた岸井ゆきのさんにお話を聞きました。
自分を見つめ直すうえでも書いてみたかった
——市井監督は、『箱入り息子の恋』『台風家族』などをはじめ、オリジナル脚本が魅力。今作もオリジナルです。このテーマで書きたいと思ったきっかけは?
市井昌秀監督(以下、市井):自分の夫婦関係を見つめ直す意味でも、夫婦について書いてみたいと思ったのがきっかけです。シナリオを書いた当時は、僕の結婚生活が12年ほど経った頃でした。そこで特別な何かが起こったわけではないのですが、夫婦の中にはこれまでの紆余曲折が多くあると感じたんです。
たとえば、前日まで仲が良かったのに、あるキーワードがトリガーになって、ものすごいケンカに発展してしまったこと。「もう離婚だ!」というテンションになってしまった日もありました。それらを乗り越えてきたから今があるわけで、その時間をテーマにするのはどうかな、と。オリジナル脚本なので、どうしてもパーソナルな部分を切り売りする部分もあったのですが……。
——市井監督の妻の立場から見ると、「妻デスノート」になっている部分もあるかもしれませんね。
市井:いやいや……(苦笑)。「夫婦」とか「結婚」といったテーマはもう古いのかもしれないとも考えたのですが、掘り下げていくうちに「だんなDEATH NOTE」というサイトの存在を知ったんです。
——でた、デスノート! 日ごろ溜め続けている夫への不満を匿名で書きこんで共有できるWEBサイトだとか。月間の利用者数が18万人超と聞いて、本物(?)を見に行ったら、投稿されている内容があまりに怖くて1ページ目でリタイアしました。岸井さんも読みましたか?
岸井ゆきのさん(以下、岸井):私はそのサイトを見ていません(笑)。

劇中に登場する「旦那デスノート」
本当にヤバい夫婦は投稿していないんじゃないか…という仮説
——怖かったですよ。監督、よく耐えられましたね。
市井:「だんなDEATH NOTE」を読んで、僕はちょっと面白いなと思ったんですよ。投稿者は誰かに読まれることを前提に書いているからか、ユーモアもあったりして。もしかしたら、本当に関係がヤバい夫婦は投稿していないんじゃないか、と感じたんですよね。そのとき、ネット空間に書かれていることと、現実の夫婦の対比が面白いのではないかとひらめきました。
——たしかに。そういう仮説もあり得ますね。岸井さんは、自分の不満を匿名でネットに書くことをどう思いますか?
岸井:私は書きませんが、書く人はたくさんいるだろうなと思います。監督が今おっしゃったように、まだ少し余裕があるというか、隙間が残っている人が書くのかもしれないですね。本当に切羽詰まって「この人に危害を加えてやる……」って拳を握りしめているような人は書かないかも。
市井:そうだよね。
夫婦はそれぞれの絶妙なバランスで成り立つ
——他にも執筆しながら、あるいは撮影中に気づいたことはありますか?
市井:観客のみなさんに「こう見てください」と提示するつもりはないのですが、僕自身は夫婦って絶妙なバランスで成り立っているものだと、より明確になった気がしています。そういうのを無意識に求めていたのかなって。
僕は、結婚したから夫婦になるのではなくて、向き合ったり同じものを求めたりする過程の中で、夫婦になっていくのだと思っているんです。だけど、その経験って誰ひとり同じものはないですよね。本当におのおの、十人十色の絶妙なバランスがあってそれを夫婦で作っているんだなって。執筆や撮影を通じてそんなことを感じました。
——岸井さんはいかがですか?
岸井:私は未婚なので、漠然と夫婦って大変なんだろうなと思っていたんです。他人とずっと時間を過ごすのはすごく困難なことでもありますよね。実際に日和を演じてみてもそんなことを感じました。
自分の家族を振り返ってみても、うちは基本的に仲がいい家族だと思っているのですが、その中でも大なり小なりいろんなことがありました。だから、夫婦って本当にいろいろなことがあって、その向き合い方もさまざまで、中には諦める人も、ぶつかり続ける人もいる……そういうことなんだろうなと脚本を読んで思いました。
香取慎吾には「歴史が詰まっていることを感じた」
——主人公の裕次郎を演じるのは香取慎吾さんです。このキャスティングの理由は?
市井:香取さんとは、2008年の「ぴあフィルムフェスティバル」(自主映画のコンペティション)でご縁があって。その年、『無防備』という作品でグランプリをいただいたのですが、香取さんは最終審査員のおひとりでした。お話をさせていただく中で、いつか香取さんと作品でご一緒できたらいいな……と大きな夢を見て、今回にいたります。
相手役として岸井さんがいいなと思ったのは、いろんなことができる役者さんだから。2010年に放送されたドラマを見て以来、僕は岸井さんが出演する作品をけっこう見ていて。彼女の演技は、沈黙していてもその人が置かれた状況や感情が表情から伝わってくるんですよね。ふとした表情や仕草の中に情報量がすごく含まれている。だから、今作はお二人にお願いしたいと思いました。
——シナリオはお二人をイメージしながら作った部分もありますか?
市井:そうですね。岸井さんはほぼ当て書きに近いのですが、慎吾さんに関しては彼が普段言わなさそうなことを入れたら面白いんじゃないかなという視点で書いています。
——岸井さんは、香取さんとの共演はいかがでしたか?
岸井:存在感が、それはもう……。今までも、個性的な役者さんと多く共演してきましたが、その誰とも違う独特のオーラがありました。そこにいらっしゃるだけで、やって来たことの歴史が詰まっている感じがするというか……。
——そういう方の相手役だと、圧倒されたりしませんでしたか?
岸井:カメラの前では、裕次郎と日和として自然にいられました。でも確かに、圧倒的な香取慎吾さんのパワーを感じました。夫婦喧嘩がテーマの作品ですけれど、カットがかかったら普通にお話をするし、ちょっとした空き時間にもコミュニケーションを取るようにしていたので、いい雰囲気の中で撮影できました。作中に、デートの回想シーンがあるのですが、そこは音声がなくて音楽だけ流れると聞いたので普通にプライベートの話をしているんですよ(笑)。
市井:僕がついつい聞いちゃって、カットを忘れたこともあります(笑)。
岸井:本当の雑談をしていました。

劇中より
素直な気持ちを言い合える関係は優しい
——言いたいことを言えないというのは、夫婦に限らずあると思います。お二人は溜め込むタイプですか? それとも、すぐに言うタイプでしょうか?
岸井:私は、最終的には言うけれど伝え方を1週間くらい考えます。どのタイミングでどう言おうって。伝わる言葉で言えたらいいなと思うので。話がそれてしまうかもしれませんが、先日、舞台の仲間と話していて「嫌って言える?」って話になったんですよ。
たとえば、演出で「こうしてもらえる?」と言われて嫌だと言えるか。私は、「嫌なんて、言えないですよ」って答えたのですが、「じゃあ、例えばすっごく中華が食べたい時なのにイタリアンに行こうって言われたら?」って。
市井:どうするの?
岸井:それは、言いますよね。食事のことはさておきですけど、その時はちゃんと自分の思っていることを言える関係はいいよね、という結論に行き着いたんです。自分の気持ちを素直に言える/言ってもらえる関係であるってことが、美しいじゃないか、と。
ケンカしましょう、いい意味で。
市井:そうだね。相手との関係性にもよりますが、自分の夫婦関係ならば、僕も言葉を選びながら言います。「いい意味で」って言葉が僕の口癖なのですが、「話し合いましょう、いい意味で」って切り出します。
岸井:あっ、やだ!
——この作品を見て、私も「いい意味で」に引っかかるようになりました(笑)。
岸井:いやですよねぇ(笑)。
市井:ええーっ……だけど、喋っていると「いい意味で」って使っちゃうんですよ。僕なりの、伝える方法の一つだから。一方、妻の場合は、「旦那デスノート」みたいなことはしていないと思うけれど、時々、第三者から僕のことが伝わってくることがあります。
たとえば、僕と妻と友人で会うと、友人を介して僕がバッシングされるというか。二人のときはそういうこと言ってなかったじゃんっていう。それでめちゃくちゃケンカになったこともありました。
——それはちょっとお互いツラいですねぇ。
岸井:ですねぇ。公開処刑されるってことですか?
市井:うん、まあ、そういうことなのかもしれない。僕にだけ言ってくれよって思うんですけど。
全員同時に:あー……。
市井:ちょっと、そんなに残念がらないで(笑)。
岸井:すみません(笑)。でも、そういうことってありますよね。こっちの友達に言っているんだけど、矢印はあっち、みたいな。きっと言えないんですよ。直接的には。あと、同意してくれる人が必要だったのかもしれないですよね。「え、市井くん、そんなこと言ったの?」って。
市井:ああ……。そうかもしれないな。
岸井:そういう状況でしか言えないこともあるんですよね。きっと。
市井:たしかに。だけど、昔していたようなケンカは減ってきました。本気でケンカしてきたから、今ちゃんと向き合えているのだと思います。
(取材・文:安次富陽子、撮影:宇高尚弘)
■作品情報
『犬も食わねどチャーリーは笑う』
9月23日(金・祝)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ/木下グループ
(c)2022 “犬も食わねどチャーリーは笑う”FILM PARTNERS