出版社「彩図社」で編集長として働く傍ら、作家として20年以上裏社会の取材や執筆活動を行ってきた草下シンヤ(くさか・しんや)さんによる『怒られの作法~日本一トラブルに巻き込まれる編集者の人間関係術』(筑摩書房)が、4月に発売されました。
クレームの電話や脅迫を受けることは日常茶飯事で「(おそらく)日本一トラブルに巻き込まれた経験が多い」という草下さんによる“怒り”の処し方や謝罪の仕方、炎上対策などがつづられています。
盛大に怒られたり、もめたりすると、つい自分を責めてしまったり、人と関わることが怖くなってしまうけれど--。
草下さんに同書を執筆した経緯などお話を伺いました。
自分にとって都合の悪い相手や現実とどう向き合うか?
——ウートピで掲載する記事の反応を見ていても、職場や仕事の人間関係に関する記事がよく読まれます。そんな読者にとって『怒られの作法』は煩わしい人間関係に対峙(たいじ)していくためのヒントになると思いました。まずは、この本を執筆された経緯を教えてください。
草下シンヤさん(以下、草下):今は、“囲い込み”の時代だと思うんです。「分断」という言い方もされますが、政治的な思想だったり、いろいろな問題も含めて、仲が良い人としか付き合わない、話さないような状況になっている。SNSもアルゴリズム化が進んで、自分の好きなジャンルばかりの記事やコンテンツがオススメに出てくる。そうなると、どんどん、自分にとって居心地がいい仲間としか一緒に過ごさなくなりますよね。
でも、世の中のリアルなところでは、日本でも貧困があったり、犯罪だったり、国際情勢の立ち位置だったり、どんどん厳しい状況に置かれている。安心できる仲間とだけ付き合って一生過ごせればいいんだけど、やっぱりいつかは限界が来ます。シビアな現実に直面しないといけないときが来ると思うんです。
そんな中、日常生活で一番出くわしたら厄介なのが、怒りの感情です。相手が攻撃的に接してきたり、逆にこちらに非があって、つらくてもそれを受け止めなければいけないとき。他人の怒りや自分の未熟さなどを含めて向き合うことが必要だと感じています。
怒られることで傷つきたくないし、言い返すことで嫌われたくもないから、相手の怒りを事故や天災と同じような“対処不能な事象”として捉えてやり過ごすやり方もあるかもしれない。でも、相手の理不尽な行為に対してきちんと抗議することは精神衛生や自尊感情を保つ上で大切です。ただ、いきなり「向き合え」と言われても、やり方が分からないとつぶされちゃいますよね。だから、「どんなふうに現実と向き合うか?」ということを念頭に書きました。
「真摯に人と向き合う」までを言語化
——執筆するにあたり気をつけたことや意識したことはありますか?
草下:私の経験は、裏社会のヤクザだったり、半グレだったり、裁判だったりと極端だったり特殊な事例が多いと思うんです。一般社会で暮らしていて「なかなか遭遇しないだろう」という例も多いので、そのまま流用はできない。そのため、「一般の人がやるにはこうしたほうがいいんじゃないか?」「心構えとしてはこういうふうに臨んだらいいんじゃないか?」というように、特殊な事例をなるべく一般化させることを意識しました。
——書いていて苦労した部分はありますか?
草下:謝罪でも対話でもやっぱり自分は、自然にやってるんですよね。策を弄(ろう)するとやられちゃう。だから、結局は「真摯(しんし)に人と向き合う」みたいなマインドセットが一番大事なんです。問題から逃げずに、しっかり問題と向き合って、解決できれば解決します。できない問題があるんだったら、「じゃあそれをどうするか?」みたいな。現実的なところがすごく大事になってくると思います。
だから、結局は、気持ちの問題なのかもしれない。ただ、「その気持ちを得るまでに、自分はどのようにやってきたか?」とメカニズムを解決しないといけない。今も未熟ですけれど、もっと未熟だった学生時代を思い出しながら、「怒られたり、トラブルに直面したときは、どういうことだったのか?」を考えて、「それがどのようにして、今の納得できる精神状態に至ったのか?」をひたすら分析しました。その分析の過程で、自然にいつもやっていたことを言語化することができたので、整理としてすごく役に立ったと思います。
「行けなくなる場所があるのが嫌」逃げない理由
——厄介な相手や怒っている相手とはなるべく距離を置いてとにかく逃げるという人もいると思います。世の中的にも「逃げてもいい」というメッセージが昔よりも発せられているように感じるし、「逃げるが勝ち」という場合もあると思います。それでも、草下さんが逃げない理由は何ですか?
草下:それは過去の逃げた経験や屈辱があるからだと思います。高校生のときに、ヤクザに殴られて、下げたくもない頭を下げたことが、やっぱりすごく悔しかったんです。「自分に非がなかったのに……」と、ずっと引きずってて。発端は相手の勘違いだったのですが。でも、自分に腕や交渉術などその場を抑える力がなかったから、理不尽な暴力に巻き込まれて、相手に屈してしまった。そういうのはよくないなと思って、「こういうのはもうやめよう」「なるべく向き合っていこう」とそのときに決めました。
そのあとも、いろいろなトラブルに遭って、逃げたくなることもありましたけれど、結局、問題から逃げたり、ペンディングすると自分の成長につながらないことに気づきました。なんか言い訳ばかりうまくなるんですよね。
——そうだったのですね。
草下:自分はそもそも、大学受験もしてないし、出版の道に進んだのも、裏社会が合わなかったからです。人を傷つける裏社会に行くのが嫌だったんです。本当は高校も行きたくなかったし、一般社会から逸脱したかった。かと言って裏社会に行くこともできない。一般社会から逸脱した場所というと出版業界ぐらいしかないんですよ。本は好きだったので、「彩図社」に入ってそのまま書き始めました。
——本では彩図社に入って間もない頃に国民的人気アニメの原作者に怒られたエピソードもつづられていましたね。
草下:私の場合は、勉強して大学に入って就職するみたいな一般的な道じゃないところを歩んできました。ヤンキーではないけど、筋道を外れて生きてきたアウトローなんです。一般社会と違う社会で生きているわけなので、ただでさえ狭い世界で生きてるのに、そこからも逃げてしまったら、どんどん自分の世界が狭くなってしまう気がしたんです。
だからやっぱり、怖かったり、つらかったり、難しかったりすることに、しっかりと対峙(たいじ)して、自分の実力をつけていくことでしか生きていけないなと思っていて。それで、歯を食いしばって、いろいろな問題に向き合っていたら、だんだん人間のことや自分のことが分かってきた。問題への対処というか、いろいろな問題を決着させられるようになってきた感じですね。
——草下さんが逃げずに問題と向き合ってきた結果が『怒られの作法』なんですね。
草下:問題から逃げずに終わらせられるようになってきました。そうしないと、生きてこられなかったんですよね。
——問題がこじれたままというケースはありますか?
草下:ほぼないですね。とにかく自分の中で、会えなくなる人がいるとか、行けなくなる場所があるのが嫌なんです。世界が狭くなっちゃうので。それは、自分の不義理による場合もありますが、相手の理不尽によって行けなくなるのも嫌なので、どうしても解決したいんですよね。
——自分の世界が狭まることが一番怖い?
草下:そうですね、怖いというか嫌。基本的な振る舞いとして、自分はなるべく他人にプラスになるように動くようにしてます。完璧な人間なんていないので、当然、私のことを嫌いな人もいるだろうし、私と一緒にいて嫌な思いをする人もいるだろうし、私がいることでマイナスを被る人もいると思いますが。でも、なるべく自分から意図的に、他人に対してマイナスの要素は出さないようにしています。
繰り返しになりますが、自分の居場所が少なくなるっていうのが、本当に嫌いなので。だから、自分も他人に干渉しないし、なるべく嫌なことをしない。「自分の居場所は自分で決めたい」という感じで、これまで生きてきましたね。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)