燃え殻さんの半自伝的恋愛小説を映画化した『ボクたちはみんな大人になれなかった』(森義仁監督)が11月5日(金)に劇場公開、Netflixで全世界配信されます。
バブル崩壊後の90年代半ばからコロナ禍の現在までの「ボク」を通して、移ろいゆく時代の空気とサブカルチャー、そして人を好きになったときの高揚感や喪失感といった普遍的な感情を叙情的に描いています。
森山未來さん演じる「ボク」の忘れられない恋人・かおりを演じた伊藤沙莉(いとう・さいり)さんにお話を伺いました。前後編。
燃え殻さんのヒントに沿わないで演じた役
——伊藤さんが演じたかおりは、46歳になった「ボク」(佐藤)が今なお忘れられない女性です。かおりをどんなふうに演じようと思いましたか?
伊藤沙莉さん(以下、伊藤):私が演じたかおりは、原作でも台本でも“佐藤から見たかおり”しか描かれていないんです。かおりに関するヒントが明らかに少ないのと、やっぱり思い出って美化されがちで、特に自分が忘れられない人となると脳内でどんどん魅力的になっていくので、かおりが実際はどんな女の子だったのかを考えるのはすごく難しかったです。
結構長らく考え、悩み、苦しみ……みたいな感じだったのですが、私ができることなんてたかが知れていて……。かおりという女性を佐藤自身の目で見て感じて、何なら佐藤がちょっと付け加えたかもしれない魅力に沿って「やらない」ようにしようというところにたどり着いてからやりやすくなりました。
——魅力に沿って「やる」のではなくて、「やらない」というのは?
伊藤:(原作の)燃え殻さんにもヒントをいただいたんです。私があまりにも悩んでいて燃え殻さんとお話ししたいですってお願いしたんですが、「かおりとは?」を聞いたら「あまり笑わない。表情があまり動かない。本当に何を考えているか分からない子」って言っていて。あとは「よく泣く」って。なのに、私、真逆でやっちゃったんですよ。
——燃え殻さんのヒントは撮影の後だったんですか?
伊藤:撮影前です。そのお話を伺ったにも関わらず、結構、表情豊かにやっちゃって。でも、1回ヒントに触れてそれを得たからこそ捨てられたというのは自分の中で大きかったです。「ヒントを聞いたのにやらなかったら、聞かなくてよかったじゃん」ではないんですよ。ヒントを聞いたからこそ捨てるっていう選択肢を選んだことが私にとっては重要でした。なので、燃え殻さんからどう思われるか心配なくせに、燃え殻さんがせっかく与えてくれたヒントを全部捨てちゃったんですけれど……。
「燃え殻さんはどう思っているんだろう?」というのはずっと気になっていましたけれど、Twitterで「かおりそのものでした」って書いてくださっていて「ん? 燃え殻さんもあいまいなのかな? 私表情めっちゃ変えてるけど」とは思ったんですけれどね(笑)。
でも、そのくらい人の脳内にある美化している思い出って形を変えて残ったりするものだから、かおりとしてそこに存在していれば燃え殻さんにとってはかおりなんだなと思いました。それは、燃え殻さんとしても「譲らない何かでずっと凝り固まってる」というよりは、私が演じたかおりを受け入れることが燃え殻さんが最後にたどり着いた、未來さんの表情に至る境地なのかなと感じました。
——それが佐藤や燃え殻さんのヒントに沿ってやらないというのにつながるんですね。
伊藤:要は、佐藤にとって特別というのが最終的にでき上がればいいのかなって。だから、私がかおりという女性を特別に演じて、この作品の中でかおりを特別にするっていうよりは、作品がかおりを絶対特別にしてくれるから、そこは自分が担うことではないという境地に至りました。
「佐藤にとっての魅力的な女性がそこにいた」と思えた
——実際にでき上がった作品を見ていかがでしたか?
伊藤:すごく好きでした。自分が演じているので難しいのですが、かおりを愛せるなと思ったし、とても魅力的に映っていました。佐藤にとっての魅力的な女性がそこにいたんじゃないかなって思わせられるし、佐藤の今までと今の姿があるからよりすてきに見えました。いろいろな効果がかおりを特別に見せてくれるという一番正しいあり方というか完成の仕方になったと思いました。
——伊藤さん自身は、かおりみたいな女性をどう思いますか?
伊藤:共通点はあまりないかなと最初は思っていたのですが、自分の心に正直なところや嘘がない部分など大きなところは自分に近いと思いました。
私も嘘はあまり得意ではなくて、他人に対して嘘を言ったりぶつけたりするのは苦手なんです。もちろん「オブラートに包んで伝える」ための“オブラート”くらいは持っています(笑)。持ってはいるんですけれど、それ以外のもっと分厚い“濃いモザイクのようなもの”は持っていないから、そんなところがちょっと似ているのかなと思いました。よく言えばピュアな部分だし、かおりのまっすぐさは似ているのかなって……って言うと自分が「いいやつ」みたいに聞こえちゃいますが、かおりに対して「分かるよ分かる、私もね……」という部分はあります。
やっぱり憧れの人に行くのは怖い…
——森山さんとの共演はいかがでしたか?
伊藤:もともといつか一緒にお芝居できたらいいなと思っていた役者さんだったので、憧れが強い分、やっぱり怖いというか話しかけることもできないみたいな。プラス人見知りだし、自分から歩み寄るのはすごく難しかったのですが、未來さんがかおりのキャラクターについても一緒にしゃべってくれたり、こうしていこうと提示してくれたりしたので、すごく魅力的な先輩であり役者さんだなと改めて思いました。
——憧れの人の元に行くのが怖いという気持ち、すごく分かります。「伊藤さんでもそうなんだ!」と驚きました。
伊藤:全然あります。とりあえず人間が怖いので。人間にはそんなに近寄れないです。
——それでも自分のための修行だと思ってがんばって行くのですか?
伊藤:人によりますね。ちょっとした冗談も通じそうだなと思ったらしゃべりかけるけど、ひっぱたかれたらどうしようって思ったら、絶対に近寄りません(笑)。
※後編は11月4日(木)に公開します。
■映画情報
タイトル:『ボクたちはみんな大人になれなかった』
公開日:11月5日(金)より、シネマート新宿、池袋シネマ・ロ サ、アップリンク吉祥寺ほかロードショー&NETFLIX全世界配信開始!
クレジット:(C)2021 C&I entertainment
監督:森義仁
出演:森山未來 伊藤沙莉 萩原聖人 大島優子 東出昌大 SUMIRE 篠原篤
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘)