俳優や歌手として芸能活動をしながら、株式会社「明後日」の代表取締役を務める小泉今日子(こいずみ・きょうこ)さん。舞台の制作やプロデュースに携わる小泉さんが、長年舞台化を切望していた『ピエタ』が、今月末から全国4都市で上演されます。
『ピエタ』は、大島真寿美さんの同名小説(ポプラ社)が原作。18世紀のイタリア・ヴェネツィアを舞台に、身分や立場を超えた女性たちの交流と絆を描く物語で、プロデューサーの小泉さんも、主要人物のエミーリア役で出演します。
舞台に込める思いなど、小泉さんにお話を伺いました。前後編。
「ここだ!というタイミングが必ずくる」満を持しての舞台化
——『ピエタ』の舞台化は小泉さんの念願だったと伺いました。
小泉今日子さん(以下、小泉):2015年に個人事務所「明後日」を設立したのですが、それからずっと水面下で進めていました。最初はある方に脚本をお願いして打ち合わせも重ねていたのですが、残念ながら病気で亡くなられてしまって……。そうこうしているうちにほかの仕事が入ってきたりとなかなか進みませんでした。だからこそと言うか、「『ピエタ』はいつか『ここだ!』というタイミングが絶対にくる」という気持ちで構えていました。
そんなときにペヤンヌマキさんが主宰する「ブス会*」の舞台を見に行く機会があったんです。安藤玉恵さんが「ペヤンヌさんが小泉さんに見てほしいって言っているよ」と誘ってくださって。それで見に行ったところ『ピエタ』と通じるものを感じて「きっと、この人は書ける!」と思ってお願いしました。
——それでやっと舞台化にこぎつけた?
小泉:それが満を持して先に進めると思ったら今度はコロナ禍です。先輩のプロデューサーや舞台関係者に連絡をとって様子を聞いたりしたのですが、ほとんどの公演は延期や中止になりました。中には頑張って公演をしている劇団もあったのですが、観客を入れないで配信とか、そんな時期でした。それで『ピエタ』も延期することが決まりました。
一方で、劇場は3週間スケジュールをとっていました。劇場もスタッフや役者さんも収入がなくなるから「何かできないか?」と考えて「明後日フェス」をやることにしました。日替わりで朗読や演劇、音楽など自分たちが思う限りのものを用意しました。そのときに『ピエタ』の朗読劇もキャスト3人でやったんです。朗読することで「ここは大事なシーンだね」とより物語について理解を深めることができました。そんなことも経て、今やっと舞台化にこぎ着けることができました。
——そもそも『ピエタ』を舞台化したいと思ったのは?
小泉:読売新聞の読書委員を勤めていた2011年に『ピエタ』の書評を書いたことがあったんです。そのころは、”シスターフッド”という言葉も今ほど知られていなかったので、そんなふうには捉えていませんでしたけれど、とてもすてきな物語だと思いました。
いろんな身分や立場の女性たちが助け合うのもそうですし、どんな人にも少女時代があって、そのときに見た空の色だったり、胸に抱いていたものが自分を支えているんだと40代の私は思ったんです。
そんな物語の魅力を立体的に伝える方法はないかなと考えていました。舞台だったら日本でもできると思い、会社を作る前からスタッフに本を渡して「『ピエタ』を舞台化したいと思っている」と伝えていました。
“シスターフッド”の先へ
——『ピエタ』では、孤児を養育するピエタ慈善院で働くエミーリア、貴族の娘ヴェロニカ、高級娼婦のクラウディアを中心とした女性たちの身分や立場を超えた交流と絆が描かれています。特に「#MeToo」以降、「シスターフッド」という言葉を見かける機会が多くなった気がしますが、小泉さんはシスターフッドについて思うことなどはありますか?
小泉:今までだったら、女性同士の話って1回はバトルがあるじゃないですか。“女は女の敵”みたいな。でも、それはすごく男性的な考え方だなと思って。ただ、ここ最近生まれる物語は、もう一歩進んでそういうことからも解放されている気がします。
——というのは?
小泉:例えば、岨手由貴子監督の映画『あのこは貴族』(2021年公開)を見て「フェミニズムやシスターフッドを、こんな上手に表現する映画が日本に生まれるんだ」と感動しました。原作者の山内マリコさんとも対談したのですが、その際に山内さんがおっしゃっていたことで印象的だったのが、「自分が小説を書いた時は男性に対して、もうちょっと厳しい目で書いてしまったところがあるような気がするけど、岨手監督は男性の生きづらさもすくい上げてくれた」*と。確かに、あの映画を見ると、男社会の中で生きる男の人の生きづらさも描かれていて、「男性」や「女性」でくくられるものではないと思いましたね。
*https://hontonokoizumisan.303books.jp/ep/6#content
「みんなで小さい石を投げて少しずつ変わっていけたら」
——今回の舞台で小泉さんは、エミーリアを演じるそうですね。
小泉:本当は、ヴェロニカを演じる予定だったのですが、エミーリアの配役が実は一番難しくて……。というのは、エミーリアは胸の中にいろんなことを秘めてはいるのだけれどなかなか表には出さずに周りの人の話を聞いて「佇んでいる」。この物語の水先案内人でもあるんです。最初は別の方にお願いしようとしていたのですが、なかなか舞台が実現しない中で私の考えも変わってきて「私がエミーリアをやらせてもらおうかな」となりました。
——どんなふうにエミーリアを演じたいですか?
小泉:ヴェネツィアの水路を流れていくゴンドラのように、邪魔にもならず、物語を上手に先導していくというか。そんなふうにできたらいいなと思っています。エミーリアを通して、物語が進んでいく。物語の見えない水路のようなものが、お客さんに見えるようにできたらいいなと考えています。
——世間では、5月8日から、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが「5類」に移行しました。まだまだ予断は許さない状況ではあるものの一区切りついたというか、アフターコロナに向かって世の中がやっと動き出した気配があります。そんなタイミングで公演される意味についてはどんなふうにお考えでしょうか?
小泉:この前(4月23日)、統一地方選がありましたよね。(「明後日」の所在地・渋谷区の)お隣の杉並区では女性の当選者が男性を上回り、議会の勢力図が変わりました。女性の活躍が見えてすごく希望を感じました。そんなふうにみんなで小さい石を投げて少しずつ世の中が変わっていったらいいなという気がしています。『ピエタ』もそんなふうにみなさんに響くといいなと思っています。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘)