「君は空っぽだね」と言われた山口真由が選んだ道

朝の情報番組『羽鳥慎一モーングショー』（テレビ朝日系）の月曜コメンテーターを務める山口真由（やまぐち・まゆ）さん。

山口さんと言えば、元財務省官僚で法学博士、信州大学特任教授というキラキラした肩書きが並び、著作リストを見ると「東大首席弁護士」「エリート」「天才」と言ったこれまたキラキラしたワードが目に飛び込んできます。

そんな山口さんが5月下旬に上梓した『挫折からのキャリア論』（日経BP）では、“キラキラ”が一転。挫折や失敗談がこれでもかと明かされています。

前編に引き続き、山口さんにお話を伺いました。

他人からの期待に応え続けてきた私が言われた衝撃の一言

——前編で「評価」について伺いましたが、評価をされればされるほど他人からの期待もどんどん上がっていくと思います。他人からの期待に応え続けて自分を見失うというか、ちょっと息切れをしてしまっている人もいると思うのですが、そんな人たちへのアドバイスがあれば教えてください。

山口真由さん（以下、山口）：私は期待されなくなるのが一番つらいんです。「期待」というのは、他人の期待に応えるのもそうですが、自分で自分にも期待していることだから、それがないと人って前に進めないんじゃないかって。だから、期待されている限りは応えようとするのは大事なことだと思います。でも、もし仮に財務省で一番つらかった時期の自分にアドバイスするとしたら、「時には全力で逃げることも必要だよ」と言いたいかもしれない。

そもそも私は自分が何をやりたいかというのに興味がなくて、どちらかと言うと、「他人は自分に何て言って欲しいのかな？」というのを延々と考えて実践してきたんです。「今この瞬間、どんな答えを求められているんだろう」というのを瞬時に察知して答えを出していくのがテストや試験のやり方ですよね。それが得意だった。

それはそれでよかったのですが、あるとき司法修習の時に私の日誌を読んだ裁判官に「君は他人の顔色を観察して、他人が何を思ってるかを捉えることはものすごく上手なのに、自分がどんなふうに感じているかを捉えることがすごく不得手だな。君は、巨大な空っぽだね」って言われたんです。すごく衝撃で、今もその衝撃から抜け出していないのですが……。でも、よく考えた結果、私が期待に応える人に言いたいのは、空っぽでいいんだって（笑）。

——えっ、空っぽでいいんですか？

山口：私は、他人からの期待や要求を打ち返し続けることが好きだと。それは自分の能力だと。自分から湧き出してくるものが一切ない。でも、他人は常に自分から湧き出せと言い続ける。「君の知的探求心、君の好奇心、君の内側から湧き出すものは何か？」と私たちに問い続けるけれど、「そんなものは私はない！」と割り切って生きています。それはそれでいいんですよ。だから、期待に応えられるんだったら、期待に応え続ければいいんですよ。自分の主体的な好奇心がなくたって、全然いいんですよ。主体的に興味を持てることは何か、夢中になれることは何か、世の中は求めすぎると思う。

主体的に自分が夢中になれることと社会から評価されることが一緒の人ってすごく稀（まれ）だと思うんです。大谷翔平ならいいですよ。ちなみに私が楽しいと思うことは耳かきなのですが、社会からは全く評価されないじゃないですか。だから、期待に応え続けるという能力があるのであれば、打ち返し続ければいいんだと思います。

——打ち返すのが得意っていうことですもんね。

山口：そう、すり減ってる自分も好きみたいな。

期待に応え続けることで「自分」ができていく

——「空っぽでもいいんだ」って思えたのはいつですか？

山口：質問されて思ったんですけど、私はずっと「空っぽ」って言われたことに答えを出してなかったんです。さっきは「逃げることも必要だよ」と答えたのですが、それもしっくりこないというか。それで気づいたのですが、私は、自分には過剰と思える期待に応え続けてきて、その中で自分を拡張していくっていう感覚が、多分好きなんだろうなって。

すべての期待に応えるなんてできないって思うけれど、こなした瞬間に「私」は膨らんでいってどんどん膨らんでいく……。そんなことを繰り返していくうちに自分が形作られていく感覚です。私は常に「背伸びをし続けてるうちに、その身長になるんじゃないか？」という考えなんですけれど、そんなふうに生きていくやり方があっても、いいんじゃないかなって思います。

やりたいことベースの人だけで世の中が構成されていたら世の中は回らないし、私たちみたいな存在がもっと認められたり、声高に主張されたりしてもいいんじゃないかなって思いました。

そぎ落としていった先に見えた自分が得意なこと

——みんなそれぞれの向き・不向きがあって、それぞれの役割を担っているんですよね。

山口：私は決断するのがすごく苦手でリーダーシップもなかったし、リサーチばかり得意だったのですが、社会であまり評価はされないなとずっと感じていました。高位の役職になればなるほどリーダーシップが求められますよね。

——特に勉強ができる子はそれだけで学級委員に任命されたり……。仕事でも、本当は現場が向いているのに、年次的にマネジメントの役割を求められるとか……。

山口：でも、社会にはいろんな人がいるはずでどの能力が優れているとか劣っているというのはないんだと思うんです。言われたことを黙々とこなすことが得意な人もいれば、決断が得意な人もいる。そのゴールが平等に評価されてないっていうだけの話なんですけど。

だから、おそらく自分の能力が一番高く評価される場所に身を置くのが大事だと思うのですが、今のコメンテーターの仕事が私には合っていると思っています。研究も決めることよりもずっとぐちゃぐちゃ悩み続けるほうが主な仕事なので。そんなふうに自分だけの海に乗り出せばいいんじゃないかなと思っています。

——自分に向いてるものや得意なものっていうのは、山口さんがたくさんの挫折を経て見つけていったように自分の中で見つけていくしかないんですね。

山口：財務省も辞めちゃったし、弁護士でもなくなったし、個人事業主になった時点で、肩書きが全部なくなっちゃった。そんなときに受けたコメンテーターの仕事が思ったよりもうまくいったんです。そういう意味では、そぎ落としていった先に、自分の能力があるのかもしれない。資格を取るとかよりも、むしろ「これがなくても生きていける」とそぎ落としていった先に、何かあるのかもしれないって思います。