82年生まれの僕らが『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだら 最終回

「自分はトクできなくても社会を変える」と思えるか【82年生まれ座談会・最終回】

「自分はトクできなくても社会を変える」と思えるか【82年生まれ座談会・最終回】

2016年に韓国で出版され、100万部超のベストセラーとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳)。本書ではどこにでもいるような“普通”の女性が家庭や職場で“当たり前”のように背負わされる理不尽が書かれ、多くの女性の共感を集めました。2019年10月には同名の映画が韓国で公開され、公開から5日で観客動員数が100万人を超えるなど現在も注目されています。

でも、本の中で書かれているような“生きづらさ”って、もうすでに関心を持っている一部の人の間で問題の再認識をしているだけではないだろうか——。

そんなことが気になって、ウートピ編集部では「82年生まれの男性」に同書を読んでもらい座談会を開催。ゲストに男性学の田中俊之さんを迎え、解説していただきました。この座談会の様子を4回に分けてお届けします。

社会学者の田中俊之さん(2017年10月撮影)

社会学者の田中俊之さん(2017年10月撮影)

【参加者】
ミヤケさん:フリーランス。独身未婚。65歳の母と妹がいる
ノハラさん:会社経営。サービスユーザーの多くが女性。既婚者。専業主婦の妻と娘がいる
タケダさん:会社員。バツイチ独身。所属する部署では、アイドルと仕事をする機会が多い。

悩みや弱音を吐けない男性の「構造的問題」

——みなさんは、深刻な悩みを抱えたときなどに、それを吐き出したり相談したりできる相手はいますか?

ノハラ:基本的に、「自分自身の中で考えて完結しろ」というのが信条なので、あまり人に悩みは話しませんね。自分の会社の従業員には言えないような経営上の悩みを、経営者同士で集まったときに話したりはしますけど。

ミヤケ:すごく仲のいい友達と集まっても、ベロベロに酔って明け方にならないと、本当のところは話せない、みたいな空気はあります。話すにしても、仕事がしんどいとか、肝臓の数値が悪くて、みたいなジャブの話題から始めて、おそるおそるやっと話せる感じです。

タケダ:確かに私も、離婚するときの悩みを、親にすらあまり話さなかったです。

——ノハラさんは、奥様とお互いの悩みとかは相談できますか?

ノハラ:子どもが通信教育の教材をちゃんとやらないんだけど……とか、マンション住まいで子どもが2人いるので、性交渉をいつするか、みたいな共有する悩みは相談しますけど、仕事の話はまったくしないですね。

田中:男性が気軽に悩みを相談できないのは、ひとつには男としての「プライド」の問題があると思います。ただ、もうひとつの大きな問題として最近感じるのは、男性は、特に仕事の悩みを相談しても、基本的に「やれ」というアドバイスしかされないんですよ。

たとえば、成果は大きいし、評価も上がるけど、今の自分には荷が重くてプレッシャーだ、という仕事が舞い込んできたとき、人に相談しても「大きい仕事なら、やったほうがいいよ」としか言われない。家族であっても、「無理がかかるなら、やめといたほうがいいよ」と言ってくれる人は少ないはずです。男性は無理をしてでも業績を上げて評価されれば、本人にとっても周りにとっても幸せだ、という価値観が抜けないんですね。

——確かに、男性が仕事に対してリスクを取らなかったり、守りに入ったりすると、「情けない」と思われてしまう空気はありますね。

田中:だから僕は、「有名で人気もあるけど、極論や大げさな発言を求められるテレビ番組」の出演オファーがきたときは、誰にも相談しないで断ることにしています。確かに、出演すれば親や親戚は喜ぶし、顔が売れたほうが講演会のギャラが上がったり、何かと仕事がしやすくなるでしょう。でも、僕にとってはそのせいでパンクするより、研究者や教育者として地道に続けていくことのほうが大事なんですよ。

男だからといって、みんながみんな戦国武将のように“取るか取られるか”の生き方をしなくてもいいし、競争社会という「戦場」に出ても疲れちゃう人だっているということは認められてほしいですね。

——私は普段から、なるべく弱音を抱え込まずに「緊張する」「もう無理」と口に出すようにしているんですけど、そういえば男性がこうした弱音を吐いているのをあまり見たことがないですね。

田中:男性が弱音を吐くと、周囲が不安になってしまって、受け止められる人がいないんですよ。例えば、ノハラさんが「これ以上、会社を経営していく自信がない。もう無理だ」と言ったとしますよね。奥さんは、「しんどいだろうけど、あなたならまだやれるよ」みたいなことしか言えないと思うんです。

「わかった、私が支えるから」と言ったところで、専業主婦をしている奥さんが働きに出て、マンションのローンを支払い今の生活を維持できるかと言ったら、現実問題として難しいでしょう。結局、ノハラさんをいかに励ましてケアして働かせ続けるか、を考えるしかない。これもやはり、奥さん個人がどうにかできる話ではなく、社会構造の問題なんです。

「既婚者が幸せそうに見えない」問題

田中:まとめるととても重い話になってしまうんですが、離婚の増加・晩婚化・少子化がなぜ進むのかといえば、結局、独身男性のほうが有利で楽しそうだから、ということになりかねないんですよね。

この3人の中では、バツイチのタケダさんが一番幸せに見えるかもしれません。企業の正社員で、結婚を一度は経験していて、現在は一人で気楽そう。東京で暮らしていれば、結婚の圧力をかける人もいないし、お金さえあればどんなサービスも提供してもらえる。若者からすれば、どうせ失敗するんだったら、最初からしなくていいやと思うでしょうね。

タケダ:ただ、実際にはバツイチ独身って、そんなに気楽じゃないですよ(笑)。寂しいときもあるし、子どもが欲しかったと思うときもあるし、老後を支え合える人がいない不安も襲ってきます。僕の元妻は専業主婦でしたが、僕があまりにも仕事中心で家に帰らず、土日も家を空けることに寂しい思いをしていたみたいです。

かつては残業100時間超だったのが、今では働き方改革で残業0になり、家にも帰るようになりました。結婚しているときにこれだったら、彼女に寂しい思いもさせず、僕の人生も変わっていただろうなと思いますね。

ノハラ:既婚者が幸せそうに見えないのは、「結婚して幸せだよ」「家庭を持つと楽しいよ」とストレートに表現しにくい、というのもあると思います。独身の人や、子どもを持たない/持てない人に気を使って、「幸せそうだね」と言われると、心では「はい、楽しいですよ」と思っていても、「いやいや、大変ですよ」と言ってしまうんです。

田中:「結婚する/しないは個人の自由」というのが建前では浸透していても、結婚の楽しさを発信することが、「結婚できない人を諭している」ように見えてしまう、ということですよね。「結婚はいいぞ」と言うと、「独身のお前はダメだけど」と言っているように聞こえてしまう。

ミヤケ:ノハラさんは、ご家庭がすごく安定してそうですよね。せっかくなので、結婚は楽しいよ、という話も聞かせてください(笑)。

ノハラ:ええ、楽しいですよ。確かに、仕事の帰りは夜遅くて子どもの寝顔しか見られないですし、土日もどちらかは仕事をしているので、1日しか遊びに連れていけません。家庭は完全に妻が担ってくれている状態です。でも、家庭があるから活力がもらえているというのは日々、実感していますね。

起業すると、サラリーマン時代より理不尽なことがいっぱいあるんですよ。でも、言葉が通じない頃から子どもと接していると、理不尽なことなんてそりゃあるし、なんとかなると思える。社会の変化は激しいけど、子どもの変化に比べたら全然乗り切れるなとも思います。子育てから教わることってたくさんあって、すごく力づけられていますね。

ミヤケ:周りの既婚者に話を聞くと、「子どもが生まれた瞬間、奥さんの関心が子どもだけに向かってしまって」とか、「子育てで溜め込んだストレスを自分に爆発させるのでメンタルを削られる」という人が多いので、ポジティブな妻帯者の方に久々に出会ってホッとしました(笑)。

田中:これは、下手をすると旧来の保守的な家族観を擁護・肯定するように聞こえてしまうので、言い方が難しいのですが……。現状の社会では、性別役割分業をしていると確かに効率はいいし生活は安定するんです。ノハラさんのご家庭は、奥さんもそれで納得しているから成り立っているし、それでいいと思います。

一方で、うちは3年半前に長男が生まれてから、毎日ずっと僕が18時に帰宅してますし、早くお迎えにいって一緒にすごしている曜日もあります。第2回でも言いましたが、そうすると「家計のために、いま僕が頑張ってキャリアを積まなければいけない」ことと、「家庭の一員として、妻と対等に家事・育児にきちんとコミットしたい」こととが、矛盾してしまって僕の場合は子どもとの時間が大切と決めているのですが、それでも葛藤はあります。

社会の構造がちっとも変わらず、夫婦が対等に仕事も家庭も回そうとしている人が苦しくて全然楽しそうに見えないから、フォロワーが後に続かない、という現状もあると思います。

社会のために、今の自分は損していいと思えるか

ミヤケ:ジェンダーバイアスから自由でありたいのに、自分も知らず知らず再生産してしまっている状態に、ここ数年ずっとモヤモヤを感じていたんですが、今日の田中先生のお話で、「個人の力では社会の矛盾に勝てない」という構造の問題がわかって腑に落ちました。でも、だとしたら結局、世の中を変えるにはどうすればいいんでしょうか?

田中:それは非常に難しい問題なのですが、「自分は得しないけど、将来のために変わる」という人の数が増えないと、社会の問題って解決しないんですよ。

確かに、現状の社会では、男らしく振る舞ったほうが会社でいい地位が得られるし、女らしく振る舞ったほうがいい配偶者が得られる。たとえば就活にしたって、「女子にだけ“望ましい就活メイク”が求められるのは女性差別だ」と思っていても、メイクすることで就職が決まるなら、そうするしかないですよね。既存の構造に適応しているほうが有利なんです。

——この小説や、今日の座談会でずっとテーマになっている「ジレンマ」ですね。

田中:でも、将来の社会を変えるためには、「自分は受益者になれない(得をしない)」ことを引き受けなければならない。自分が損をしてでも、社会を変えるほうにコミットすることには、大きな価値や意義があるよ、というメッセージを私たちがもっと発信しなければいけないと思います。ただ、誰も火中の栗は拾いたくない。「誰かが拾ってくれればいいな」と思いながら、何十年も過ぎてジリ貧に陥っているのが今の日本なんです。

この小説をきっかけに韓国で議論が巻き起こったように、みんなが感想を共有して、自分の状況や心情を語り合うベースになるような話が、日本にもあればいいですよね。今日のように、男性だってきっかけさえあれば、自分のジェンダーを巡る悩みや苦しみを吐き出して、構造の問題に気が付く糸口になるかもしれないんですから。

(聞き手:安次富陽子、構成:福田フクスケ)

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