「親の老後、死後の相談ができない」「経済的に自立できていない」「何かとトラブルが多くて困っている」……など、きょうだいのことで悩みを抱えているけれど、人に相談できずにひとりでモヤモヤしていませんか?
不安感はあるけれど、「家族」なんだしどうにかなるだろう——と、スルーしがちな大人のきょうだい問題。「このままだとちょっと心配」の段階で向き合うために、コラムニスト・フリーライターの吉田潮さんがご自身を含む”ふがいないきょうだい”に悩む人たちの声を集め、専門家に話を聞いた『ふがいないきょうだいに困ってる 「距離を置きたい」「縁を切りたい」家族の悩み』(光文社)が、5月24日に発売予定です。
ウートピでは、特別に本書の一部を発売前に抜粋して掲載。”ふがいないきょうだい”や「家族」について、今一緒に考えてみませんか?(この記事は、全6回の第4回)

『ふがいないきょうだいに困ってる 「距離を置きたい」「縁を切りたい」家族の悩み』(光文社)/1870円(税込)/5月24日発売予定
心の病気を抱えるきょうだいについて
働くことが難しいきょうだいに対して、家族が腫れ物扱いをしたり、ぎくしゃくするケースもあった。そもそも心の病気に対する理解が追いつかないこともある。『どうする? 家族のメンタル不調』の著者で産業医・精神科医の井上智介先生にお話を聞いてみた。
「うつ病などの心の病には、回復の過程があります。ストレスの度合いでいうと、『休んだほうがいい』ゾーンと『働ける』ゾーンの間には『遊ぶことはできる』ゾーンというのが絶対にあるんです。つまり、遊ぶことはできるが働くにはまだハードルが高いという状態。
僕らから見れば決して悪い状態ではなく、回復の兆しなんですよ。外に出たり、活動力が上がってきているわけですから、ゆくゆくは仕事につながるといいなと期待もできる。
でも、世間は仕事をせずに遊んでいる状態を許してくれませんし、家族はなおのこと厳しい目で見てしまうんです」
同じ屋根の下に住んで、ケアをしてきた家族だからこそ、苦々しく思うこともままある。それがお金に関わることならなおさらだ。
「躁うつ病で、躁状態のときには、いきなり金遣いが荒くなるのも症状の特徴です。『自分はなんでもできる、来月にお金も入るから支払える!』という万能感がすごいんですよ。
急に車を買ってきたり、高価な買い物のローン契約を勝手にしてきちゃったり。支払うなりキャンセルするなり、尻拭いするのは家族ですからね……。
常々お話ししているのですが、心の病を抱えている人のケアは、自分に余裕がないときはやめたほうがいいです。
メンタルケアは仕事として成り立っているくらいですから、本来は素人が情だけでできることではないんです。それでも家族だから、きょうだいだから、世間的な目もあるから、自分が面倒をみなくちゃと思う人が多いんですよね。
でもね、世間はいろいろ言ってくるかもしれないけれど、助けてはくれません。だから世間体を気にする必要はないんですよ」
井上先生の著書の中でも、「世間が思うケアと現実の間にギャップがある」という文言が目を引いた。きょうだいが疲弊するケースを山ほど見てきたからこその苦言も呈する。
「正直、きょうだいが支えていくハートウォーミングな話なんて、現場では本当にレアケースです。きょうだいって実は距離をとろうと思えばとれる関係じゃないですか? 心の底ではもう関わりたくない・縁を切りたいと思っている人が多いのも事実。
それでも責任感が強い人や世間の目を気にする人は、頑張りすぎて疲弊する。逆に、ケアするほうが病んでしまうパターンもめちゃくちゃ多いんです」
そもそも、誰に、どこに、相談したらいいのか、という入り口の問題もある。本人が受診を拒否するケースもあったので、ハードルは高そうだ。高いけれど、手はあるという。
「第三者の介入は基本あったほうがいいですからね。まず、家族として頼りやすいのは精神保健福祉士。PSW(Psychiatric Social Worker)と言いますが、PSWがいる病院の精神科を探して、相談してみるといいです。
全国の精神保健福祉センターや保健所にもいます。保健や福祉など制度の話にも詳しいので、きょうだいの今後の生活を見据えた話ができるはずです。最初のステップとしてはおすすめです」
病気の治療だけでなく、お金の話も重要だ。働けないきょうだいに「頑張れ」「働け」とは言えないものの、経済的に支えるとなると負担も大きい。生活保護や障害年金という選択肢も含めて、PSWはしっかりアドバイスをくれるそう。
「また、あまり知られていないのですが、『精神科訪問看護』もあります。家に看護師やPSWが来てくれる制度で、精神科にかかっている人であれば誰でも利用できます。
本人と大切な話や約束事をするときには、第三者のプロがいたほうがいい。壁を壊すとか、暴言を吐くとか、突然高価な買い物をしてきたとか、約束を守ってくれない場合、いくら家族やきょうだいが悲しんだり苦しんだりしていると言っても、1対1では伝わりません。
お金の話で言えば『自立支援医療制度』もあります。主治医の診断書は必要ですが、医療費が原則1割負担になります。自治体の障害福祉課などに相談してみてください」
精神疾患をかかえた家族の「家族会」も検索すると、サイトがたくさんある。きょうだいに限定した家族会もあり、悩みを聞いてくれそうだ。
「しんどいことを吐き出せる場所は非常に大事で、メリットも大きいですが、誰にもわかってもらえないからこそ同じ境遇の人に依存しちゃうというパターンも少なからずあるんです。
悩んでいるのはこっちなのに、相談というか愚痴のLINEが毎日きてしまうという話もありました。
あとは『私のほうが大変、あなたのところはまだマシ!』という”しんどいマウント”を取ってくる人もいます。そこの関係性に変にハマりやすい人もいるので、『しんどさをそこに置いて帰ってくる』くらいの感覚で、お付き合いはその空間だけに限ったほうがいいです」
負担を減らす「入院」も視野に
そして、精神疾患のきょうだいの場合、入院をもう少し気軽に考えてもいいという。入院は最終手段というか、かなり重い症状の場合に限られると思っていたのだが……。
「『レスパイト入院』といって、休息のための入院を勧めています。高齢者の介護でいえば、ショートステイのような考え方ですね。2〜3か月かけて治療にしっかり時間をとれますし、家族も離れる時間が必要なんです。
精神疾患は長期戦ですから、最終手段ではなくて、むしろ入り口と考えてもらってもいい。健全な距離感をとるという意味でも、患者さんの家族には勧めることが多いです。
タイミングとしては、自殺未遂を起こしたとき、暴言や暴力などでトラブルを起こして警察沙汰になったり、損害賠償を請求されたときなど、何か『こと』が起きたときですね。中途半端な関わり方は、結果的に本人も自分も苦しめるので、決断と覚悟は必要です」
実際、入院をきっかけに、きょうだいと距離を置くことができたケースもある。
「世知辛い話をすると、本人が治療費を払えずにきょうだいに請求がいくこともたくさんあります。退院後、生活保護を申請するにしても、同居して働いているきょうだいがいれば、役所は『あなたが養ってください』と言って、出してくれない可能性もあります。
要は『分離』が必要で、独居してもらうためにも入院はターニングポイントになるんですよ。独居で働けず、生活保護になれば医療費もかからなくなります。本人の負担も減らせるし、きょうだいとしても、健全な距離を保つことができるようになりますからね」
うつ病や統合失調症などの精神疾患を長期間抱え、働けないきょうだいに対しては、障害年金を申請する方法もある。
「例えば1日3時間しか働けない場合でも障害年金がもらえるケースもあります。働いていたら出ない、というシステムではないんですよ。ただ、病歴が長かったり、複数の病院にかかっている人の場合、申請もややこしくなるので、社会保険労務士に手を借りたほうがいいかもしれません。
等級にもよりますが障害年金が受けられれば、2か月に1回、20万円程度を受給できます。きょうだいの安定とご自身の安心につながると思いますよ」
細い糸をたくさんつないでいくこと
公的な制度も含めて、サポートの手はたくさんあったほうがいい。心の病をもつきょうだいのことを相談できる相手がいるかどうかも大きいという。
「数を増やすのは非常に大事です。もちろん医師や看護師、専門家を挟むのはベストですが、きょうだいのことを話せる人が他にもいることって重要なんですよ。きょうだいの自分しかいないとなると、1本の糸に負担がかかりすぎてしまいます。
専門家以外でも、親しい友人でも夫でも恋人でもいいので、細い糸をたくさんつないでおいて、いかに交差させて強固にできるか。家庭内の問題ってクローズにすればするほど、自分自身が苦しむので、いかにオープンにできるかというのも実は重要です」
きょうだいのことを話せる人がいること、サポートの手を広げること、ケアやお金に関する制度を調べて、入り口を提案すること。できることは意外とあるが、やるかやらないかは自分次第でもある。
(第5回は、きょうだいがつくった借金や負債について専門家の知見を紹介します)