「日本人のカップルの6組に1組が不妊」とされる今の時代、妊活ビジネスはバブルと言ってもいい状況が続いています。ところが、妊活市場でまことしやかに口にされる話には、医学的根拠に乏しい内容も実は多いのです。今回から始まる連載では、日本で唯一の出産ジャーナリストである河合蘭(かわい・らん)さんが長年にわたる膨大な取材をもとに、不妊治療にまつわる「ウソ」と「ホント」を解き明かしていきます。
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ベールに包まれた部分が多いため、治療中の人に正しい情報が伝わりづらい不妊治療。その誤解を解き明かしていく連載「不妊治療のウソ・ホント」は、今回で最終回となります。

今回のテーマは、「高齢になると、本当に不妊治療の成果は出づらいのか?」です。

40歳なら、採卵した人のうち4人に1人が出産

不妊治療を続けても結果が出ないまま、年齢を重ねていくと、担当医から「原因は年齢」「卵の質が悪いから」と告げられてショックを受けてしまう患者さんは少なくありません。そう言われては何も言い返せず、つらい思いをします。

確かに、不妊治療は20代から30代前半にかけての女性の方が有利です。でも、30代後半や40代の女性でも、出産できる卵子がないわけではないのです。

これまでの回で解説してきたポイントを踏まえれば、「多少高齢でも、不妊治療の成績はこれまで言われてきたほど悪くはない」と言えます。不妊治療の現場を取材してきた出産ジャーナリストとしては、40代でも、少なくとも42、43歳くらいまでなら「チャンレンジの意義あり」という印象を受けます。

例えば、この連載の監修者である浅田義正先生が院長を務めるクリニックでは、40歳の女性でも、1回採卵すると25.7%、つまり4人に1人の割合で出産できています。その中には、1回の採卵で2人以上の子どもを出産した人もいます。30代半ばなら、採卵1回あたりの妊娠率は約70%、出産率は50%弱もあります。40歳になれば成功率は下がりますが、「高齢だから不妊治療の結果が出ない」とは言えないわけです。

指標によってガラリと変わる妊娠率

不妊治療の成績の示し方には特に決まりがなく、「採卵当たりの出産率」「総治療当たりの出産率」などさまざまです。海外では前者をよく用い、日本産科婦人科学会がよく説明に使っているのは後者です。

浅田先生のクリニックでは、卵巣に針を刺して卵子を採る「採卵」がもっとも患者さんに負担が大きいと考えているため、その回数を最小限にしようと「採卵当たりの出産率」を用いて成績を出してきました。この基準は、治療を受ける側としては実感が湧きやすいと思います。

マスコミの報道ではよく、学会が出している「総治療当たりの出産率」を根拠にして「40歳になったら体外受精をしても、産める人は1割いない」といった衝撃的な情報が流されます。これは先に紹介した「採卵あたり4人に1人が出産」とは印象が大きく違いますね。

実は、ここでは数字のトリックが隠されています。

例えば、Aさんという女性がある生理周期で1回採卵し、複数できた胚のうちの1 つを凍結したとしましょう。その後、Aさんが別の周期に凍結胚を子宮に戻したら「Aさんは体外受精を2回した」とカウントするのが「総治療数」の数え方です。そうなると分母は大きくなりますから、結果として、「総治療あたりの出産率」は「採卵あたりの出産率」より低くなります。

学会が公表している統計は全国の集計に過ぎません。日本では十分な設備を持てない施設も体外受精を行っていますし、治療法のガイドラインもないので、治療成績には施設差が出ます。確かに30代後半になると、どの施設で治療しても妊娠率は下がります。それでも、妊娠率の高い施設や方法を選択すればそれなりの可能性はあるのです。

国が施設ごとの妊娠率を公開しているアメリカ

とはいえ、現実に目を向けると、日本で、妊娠率の高い不妊治療を受けるのはなかなか大変です。まず、どの施設の妊娠率が高いかを見きわめるのが難しいという問題があります。

アメリカなら、国が施設ごとに治療成績をインターネットで公開しているのですが、日本にはそういう仕組みがありません。頼りになるのは、不妊治療専門施設がホームページで公開している治療方針や実績です。まずは、それをじっくり読んで納得できるかどうかがポイントです。

その時、治療成績の示し方には、「採卵あたり」と「胚移植あたり」の違いもあるので注意してください。これも、妊娠率をめぐる数字のトリックです。胚を子宮に戻すのはよい胚ができた時だけなので「胚移植あたり」で示される妊娠率は高くなります。

体外受精は一回いくら?

不妊治療は、妊娠率を上げようとすると料金が高くなる傾向があります。浅田先生のクリニックで患者さんが支払う料金の目安を次に挙げておきましょう*。標準的な設定だと思いますが、施設によって特に差が出るのが体外受精です。体外受精で用いられる注射薬には高価なものが多く、卵子がたくさん採れれば、培養にかかるお金がかさむからです。

・最初の基本的な検査(血液検査、超音波検査卵管造影検査):4万〜6万円
・タイミング法(1周期あたり):1万〜2万円
・人工授精(1周期あたり):2万〜3万円
・体外受精(受精卵の凍結も含む):20万円台前半〜80万円**
・胚移植(1周期あたり、薬代も含む):12万〜16万円

*『不妊治療を考えたら読む本』(講談社ブルーバックス)より転載

**採れる卵子の数によって大きな差が出ます。これとは別に、卵巣刺激に使う薬代が2万〜30万円かかります。

保険がほとんどきかないので、不妊治療は治療費の捻出が本当に大変です。国は「不妊に悩む方への特定治療支援事業」を設けて治療費を助成していますが、受けられる助成金は治療1回につき7万5000〜15万円で、初回のみ30万円が上限です。ただし、これには「夫婦合算での所得額が年間730万円未満」という所得制限があるため、共働き世帯はもらいにくいのが現実です。

不妊治療は、どの方法を選んでもラクに進めるものではありません。精神的にも肉体的にもつらいものです。だからこそ、正しい情報を手に入れて、回り道せずに短期間で卒業しようとすることが大事なのです。
監修・浅田義正(浅田レディースクリニック理事長)

●河合蘭(かわい・らん) 妊娠・出産、不妊治療・新生児医療を取材してきた日本で唯一の出産ジャーナリスト。1959年、東京都生まれ。カメラマンとして活動した後、86年より出産関連の執筆活動を始める。国立大学法人東京医科歯科大学、聖路加国際大学大学院、日本赤十字社助産師学校非常勤講師も務める。著書に『未妊――「産む」と決められない』(NHK出版)『卵子老化の真実』(文春新書)など多数。2016年に『出生前診断――出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞を受賞。近著に浅田義正医師との共著『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」 (ブルーバックス)』がある。