美貌の皇妃エリザベート、40歳でコルセットと一緒に手放したモノは?

美貌の皇妃エリザベート、40歳でコルセットと一緒に手放したモノは?

「シシィ」として親しまれているエリザベートの物語

「シシィ」の愛称で親しまれているオーストリア皇妃エリザベート。どんな人物だったのかは知らなくても、豊かな髪を垂らしたバラ色の頬の肖像画や、それをあしらったオーストリアやハンガリーのお土産物の箱などを見たことがある人は多いのではないだろうか(ぜひ「エリザベート」×「肖像画」で画像検索を!)。

公開中の映画『エリザベート 1878』(マリー・クロイツァー監督)は、オーストリア=ハンガリー帝国の美しき象徴として愛された彼女の晩年を大胆な解釈で脚色。美貌の皇妃として語り継がれる彼女の40歳の1年を描く。フィクションの要素も強いが、現在に生きる私たちと同じストレスや迷いを持ち、自由を求めて飛び立とうとするエリザベートの姿に親近感を覚える作品だ。

まずエリザベートについて簡単に紹介する。1837年、バイエルン王国のミュンヘンでバイエルン公マクシミリアンと王女ルドヴィカの次女として生まれる。本当は姉と結婚するはずだったオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフに見初められ、16歳で結婚。公爵家の娘とはいえ傍系の家柄で、のびのびと育てられた彼女は、厳格なハプスブルク家の宮廷生活に馴染めず、孤独に苛まれていく。心身共に不調を抱えるようになり、療養という名目でウィーンを離れて旅をするようになることから「流浪の皇妃」とキャッチフレーズが付けられることも多い。とりわけハンガリーを愛し、1867年にはハンガリー王妃として戴冠。1898年、60歳で無政府主義者によって暗殺された。

エリザベートの、美への執着に駆り立てたものは?

エリザベートが世界的に有名な理由は、その美貌にある。毎日何時間もかけて自慢の髪や肌を手入れし、172センチという長身にも関わらず体重は45~50キロ、ウエスト50センチという驚異的な痩せ体型を維持していたと伝えられている。『エリザベート 1878』でも、少しのフルーツやミルク、スープしか口にせず、コルセットでウエストをきつく締め上げる日常が描写されている。ちなみにこの映画の原題は「Corsage(コルセット)」だ。美へのこだわりについては、これもまたちょっと検索していただくと驚くような美容法が続々出てくるはずだ。

1日の大半を自分磨きに費やして生きてきたエリザベート。この映画は、そんな彼女の40歳という年齢にフィーチャーしたところが面白い。当時の40歳といえば死期を意識する老年だ。誕生日が12月24日のクリスマスイブだったことから、映画は1877年の誕生日の晩餐から始まる。

恭(うやうや)しく挨拶する招待客たち。エリザベートは、自分を美女だと褒めそやしてきた彼らの見る目が変わったと感じはじめている。とりわけ夫のヨーゼフの求めるものが、象徴としての美しい妻であり、かつての若さであることにイライラが募る。

ここで突然自分語りをして恐縮だが、筆者は40代に足を踏み入れた頃、頭では30代と大きな変化もなく生きてきたつもりが、どうやら他人の目には自分が思っている以上に(あえてこう言うが)「おばさん」になり、いつの間にか 「子供おばさん」になっているのではないかと危機感を覚えた。外見の変化や年齢に内面が追いつかず、過去のどこかで止まったまま。他者と自分の、自分に対する認識にズレを感じたのだ。

この映画で描かれる40歳のエリザベートも、どうやら自分が認識している自分と、他者から見た自分が乖離(かいり)しはじめたと感じている(ように見える)。人生をかけて磨いている美貌が、実はもう意味を持たなくなっているのではないか、と。

エリザベートが美を保つために実践したという食生活とエクササイズの数々は、称賛とともに語られることが多いが、明らかに摂食障害を患った人のそれだ。1日に何度も体重計にのり、極端に食事量を減らし、ストイックに運動する。筆者自身この病気だったことから、摂食障害の方々に取材をしたり、話を聞いてきた経験があるのだが、エリザベートの行動は、「太った自分には価値がない」と考えがちな当事者たちのそれと重なる。

エリザベートは実は美食家で、有名なザッハー・トルテなど、甘い物も大好きだったといわれている。摂食障害にもいくつかのタイプがあるが、日頃はヘルシー(だと自分が思っている)かつ低カロリーの物しか口にしないのに、いったんスイッチが入ると、甘い物や肉など、普段我慢している食品を大量に詰め込み、必死に運動したり下剤を飲んだり、全部吐いてしまったりという自傷行為を繰り返す人たちがいる。脂肪や糖分のかたまりが胃に残っているのは許せない。体重を量って100グラムでも増えていると、さらに自分をいじめ抜く。エリザベートが痩せた体に鞭(むち)打つように熱心に取り組んだという体操やスポーツなども、ある種の自傷行為に見える。

そんな、摂食障害の人に多い特徴が、自己肯定感が低いということだ。病的に細いのに、自分はまだ太っている、もっと痩せなければみっともないと落ち込む。痩せていることに価値を見いだす。自由奔放だった少女エリザベートが窮屈な宮廷にお嫁に来て、自己肯定感をこてんぱんに叩かれれば、皆が褒めてくれる美貌を維持することに執着し、称賛を得ることで自分を保っていたとしても理解に難くない。

コルセットとともに手放したモノ

映画の中で印象に残ったのが、40歳頃から大衆の目を避けはじめたといわれるエリザベートが、大衆の面前に“影武者”の女官を立たせるエピソードだ。そうとは知らない娘マレー・ヴァレリーが「今日は威厳があった」とエリザベートを褒める。

帝国の象徴として、そして皆に愛されるために、心身をむしばむほどダイエットに没頭してきたエリザベートがこだわってきたのは、皇帝から、姑から、国民から、つまり「他者から自分がどう見えるか」だ。そんな彼女より体格のいい女官を娘が褒めた時、何を思っただろうか。

ちなみに、筆者の摂食障害は、世間で「こうあるべき」といわれるライフプランや無理してやっていた仕事などを手放し、「私はこうありたい」を認識することで、徐々に寛解した。要するに「他者からどう見えるか」を捨てたのだ。それが40歳手前。人生が新しいステージに入ったことを認識したタイミングでもあり、自分と向き合ういい機会でもあったと感じている。

『エリザベート 1878』では、エリザベートが熱心に手入れしてきた自慢の髪を切り落とし、コルセットを外し、ある決断をする。自分が本当に望むべき姿とは? 本当にやりたいこととは? 自分の軸を再構築する必要に迫られたエリザベートの、自分を見つめる旅の末路を大胆な解釈で見せる。フィクションを交えたその展開には賛否両論あるだろうが、あっと驚く結末が用意されている。

■映画情報
『エリザベート 1878』
全国順次公開中
配給:トランスフォーマー、ミモザフィルムズ
(C)2022 FILM AG – SAMSA FILM – KOMPLIZEN FILM – KAZAK PRODUCTIONS – ORF FILM/FERNSEH-ABKOMMEN – ZDF/ARTE – ARTE FRANCE CINEMA

(文・新田理恵)

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

美貌の皇妃エリザベート、40歳でコルセットと一緒に手放したモノは?

関連する記事

編集部オススメ
記事ランキング

まだデータがありません。