50 to 100 9冊目

「欲を手放せ」に覚えた違和感。世代ギャップのせい?『家事か地獄か』を読んで

「欲を手放せ」に覚えた違和感。世代ギャップのせい?『家事か地獄か』を読んで

人生の後半とどう向き合いたいか「50 to 100」として、50代から100歳以上の著者の本から考えてみる本連載。

9冊目に紹介するのは、元朝日新聞記者で現在はジャーナリストとして活動する稲垣えみ子さんの『家事か地獄か 最期まですっくと生き抜く唯一の選択』(マガジンハウス)です。

50代で一人暮らしをする稲垣さんの家には、冷蔵庫も洗濯機もないそう。大企業を退職後どんどんモノを手放す中で、稲垣さんは「自分の面倒を自分でみる/これがほんとうの/お金に頼らない生き方」と家事の大切さに気づいたそう。本書を作家の南綾子さんに読んでいただきました。

この行き詰った社会を幸せに生き抜くキーワードは“手放す”なのか

「引き寄せの法則」という言葉がある。わたしがこれを知ったのは婚活していた三十代前半頃だった。「無理やり行動するより、ただ願うだけでいい人が見つかって結婚できるらしいよ」と、いつだかの合コンで同席した女性が言っていたのだ。

そりゃすごい、とわたしはあっさり信じてしまい、実際にネットで実践方法を調べてやってみた。その後は日本中、いや世界中の数多くのにわか実践者同様「なんもおこらないじゃん、ばーかばーか」とすぐにさじを投げるに至ったのである。

さじを投げたまま一切そのさじを振り返らなかったので、いまだにわたしには「引き寄せの法則」がなんでもあるのかよくしらない。ただ今になって思うのは、「欲を手放す」という言葉が一つのキーワードであったこと。さらに実際、婚活をやめた途端、つまりどうしても結婚したいという欲を手放した途端にひょっこりと相手が見つかったという知り合いが、決して少なくない数でいるということだ。

そして、これまでこの『50 to 100』で扱ってきた書籍には「手放す」という共通のテーマがあるようだ、と以前の記事に書いた。社会や家庭内での役割を手放して身軽になることで、幸せを引き寄せる。それはこの連載で扱ってきた書籍に共通するテーマであり、願いだったようにも思う。

そこにきて、本書である。本書では役割だけでなく、”現代テクノロジーの恩恵=便利”すらも手放してしまおうと提唱している。著者の稲垣さんは高い給与所得やそれに伴うハイクラスな生活を捨て、家事を助ける家電もあらかた処分し、最終的には「自分の手でやりゃいいんだ」という理由のもと、トイレの洗浄ブラシにまで引導をわたす。

モノや欲望を手放したら、生活がキラキラしはじめた、極上の幸せを得られた、わが人生に起きた魔法。そんな言葉が本書では延々とつづられている。

読んでいると、この人のまねをしたら幸せになれるかも! という高揚感がこみあげてくる。それは「ただ願うだけで結婚相手が見つかる」と引き寄せの法則について教えられたときと似た高揚感だった。

やはり”手放す”はこの行き詰った社会を幸せに生き抜いていくための重要なキーワードなのかも? と考えたところで、はっと思い出したことがあった。

”可能性”は危険?

婚活していた頃、大人数のバーベキューパーティに参加した。あとからしったことだが、それは当時よくあったマルチ商法がらみの会だった。タープテントの下でうまくもない肉を食べていると、若い女性が引き寄せの法則の話をしはじめた。引き寄せの法則は婚活と相性がいいが、この手の商売とはもっといい。みんなが熱心にその実践方法について意見を出しあいはじめた。

「とにかく、欲を手放すことが大事なんだって! 今のままの自分で幸せだってまずは思うことが大事なの」

そんなようなこと誰かが言ったとき、わたしの隣にいた男性が、ぽつりとつぶやいたのだ。

「何にもうまくいかなさすぎて、手放すものがない」

その人は人見知りらしくずっと居心地が悪そうにしていて、わたしもその手の大人数の集まりは苦手だったので、二人で身の上話をしあっていたところだった。彼はわたしと同世代、就職は一度もしたことがなく、ずっと派遣社員として生計をたてていて、恋人はいない。「俺なんか……」という卑屈な雰囲気がぷんぷんに満ちている人だった。

わたしと同世代の人々の中には、彼のように、就職に失敗してずっと非正規で働き、恋愛や結婚をあきらめて生きているという人がとても多い。

稲垣さんは本書の中で、”可能性”は危険であると説いている。

我々は人生の可能性をポジティブに追い求めているはずが、いつの間にか自分自身が自分の欲望を叶えるための使用人になり(中略)、時間もエネルギーもどんどん吸い取られていくのである。

だから欲望を捨てて、便利も捨て、手の届く範囲で暮らしをまとめることによって、際限のない欲望から解放され、真の幸せを手に入れられる、それが本書の趣旨だ。そしてそれは本当に、この先行きの不透明で成長の見込めない社会を幸せに生きるための、唯一にして最高の手段に思える。

けれど。

いわゆる就職氷河期世代の我々の多くは、そもそも可能性が閉ざされたところから社会人生活がはじまっている。仕事も結婚も子供もあきらめながら四十代になった、なってしまったというのに、バブルを経験した稲垣さん世代の人々から「欲を手放せ」といわれても、納得できないという人は数多くいるかもしれない。

稲垣さんの主張に異議を唱えたいのではない。”あらゆるものを手放してシンプルに生きる”という考えに納得できる人はどんどんその道に進めばいい。わたし自身もどちらかというとそうして生きていきたい気持ちが強い。けれどそれは、仕事もそれほど成功しなかったし、結婚もできなかったけれど、それなりには暮らしが成り立ち、それなりの恋愛経験を得られたから思えるのかもしれない。

何にもないまま四十代を迎えてしまった。そんな人たちが納得できる幸せへの道は、果たしてこの『50 to 100』の連載で見つけられるものなのだろうか。あるいは、それは上の世代に頼るのではなく、自分たちの世代で自力で見つけていくしかないのだろうか。

(南 綾子)

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