精神科医・名越康文さんエッセイ 第11回

すぐに正論を持ち出しちゃう貴女へ。本当に賢い人がやっている「とぼける技術」

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すぐに正論を持ち出しちゃう貴女へ。本当に賢い人がやっている「とぼける技術」

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仕事のことで上司や同僚につい正論を持ち出して、要らぬ衝突を招いちゃうこと、ありますよね? まじめな女性ほど、やってしまいがちな正面突破。でも、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生によると、本当にかしこい人は、「とぼける技術」を使って、上手に「正しいこと」を相手に伝えているそう。

まじめな女性ほど身につけたい「とぼける技術」とは?

本当に頭がいい人とは?

「あの人は頭がいいから阿呆の真似ができるのね。上手にとぼけてみせるのは特殊な才能だわ」シェイクスピア

ご存じ16~17世紀のイギリスの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアの言葉。円熟期の代表的な喜劇『十二夜』で、主人公のヴァイオラがフェステという道化について語る有名な台詞です。

いや、もう、さすがシェイクスピア! ヨーロッパの中でもイギリスという島国だから出てくる格言でもあると思います。その特殊性という意味ではある程度、日本と似ている文化が伝統的に育まれている国なのかもしれませんね。

たとえば、これはアメリカだと真逆になると思うんです。自己主張しない者は、その場に居ないのと同じ——っていうのが、アメリカ社会における自我の在り方のスタンダードではないでしょうか。「頭がいい」人は、それに見合った強いパフォーマンスをすることで正当に認められる、みたいな。

「チャラいけどすごい人」の正体

ところがシェイクスピアの言う「頭がいい」人は、わざわざ「阿呆の真似」をする人なんですよ(笑)。「沈黙」でもない、っていうのがおそらくポイントでしょうね。

確かに「阿呆の真似」をできる人は、思想性が絶対に高い。ある意味、危険なことを考えているから「阿呆の真似」をしなくちゃいけないわけです。もし実際のところが世間や、自分の属している集団の他の人たちに知れたら、危険視、異端視されかねないくらい、優れたことを考えている。

普通に「これを言ったら角が立つ」くらいのレベルならね、黙ってりゃいい。たとえば、仕事の企画で会心のアイデアを思いついた、と。ただ、これを通すには、自分が出しゃばりすぎてもアカン。一度自分の親しい上司や同僚にネゴシエーションしてから会議に掛けようか、みたいな。まさに島国的な、和を乱さないための知恵ですよね。

もちろん、「沈黙」の判断ができる人も十分かしこい人ですよ。だけど、もっとかしこい人は、基本的に一般よりだいぶ突出した発想のレベルで生きているわけです。だから出力をそのまま全開にしたら、いつ足を引っ張られたり、引きずりおろされるかわからない。

つまり道化の裏には、天才性が潜んでいる可能性がある。もし自分の職場に、なんかチャラチャラしてエエカゲンやけど、よく考えたら仕事もできるし、皆に愛されているという人がいたら、「実はすごい人かも」と穿った見方をしてもいいかもしれませんよ(笑)。

人を見抜くことの難しさ

でもね、実際は30代前半くらいまでの人で、この言葉の真髄を理解できる人ってほとんどいないと思うんです。

理屈では呑みこんでいたとしても、じゃあどの人が本当にかしこい人なのか――それを見抜くのって32、33歳ではかなり難しい。もしそこを若いうちから的確に選別できるとしたら、その人は「人を見る」才能がすごくあると思います。

この、人を見抜くことの難しさゆえに、大抵の一般社会では「声のでかい人」が簡単に勝ってしまう。いかにも頭がキレそうで、がんがん攻めの姿勢で、表面的な強さを持った人のことを、大多数の人たちが偉いと思ってしまう。単なる扇動家で、実は幼稚な理念しか持っていない人に、その場の勢いでガッと乗っかっちゃうんです。

政治の世界だと、こういうことは頻繁に起こっていますよね。目先のことしか見えていない勇ましさに、結構たくさんの人が引っかかっちゃう。

だから本当にかしこい人――常に個人の感情に囚われないニュートラルな物の見方ができて、一つひとつの意見や見解にも、その裏に歴史性を感じさせるような視野のスケールがある人。こういう人を誰かが見抜いて、重要なポジションに就かせることはすごく大事なんです。特に業界が閉鎖的で、その中でコマの奪い合いをしているような現場、ジャンル、職業においては、ことさら大事なことなんですね。

なぜなら中身の薄い「声のでかい人」をリーダーや上司に置いたら、必ずあとで後悔する。全体がいずれ大変なことになっちゃうから。

正論は人を傷つける

そこで「阿呆の真似」という言葉に戻りますと、まず「正しいこと」を言えば人は納得するか、といえば、往々にしてそうじゃない。むしろ人間は正論で指摘されると傷つくんですよ(笑)。ぐうの音も出ないように言い負かされたことで、逆にその人に恨みを持ったり、余計に固着したり。

だから「正しいこと」を言う時は要注意なんです。それを発言しても場が乱れないくらい安定した状況なのか、相手にちゃんと理解力があるかどうかを見定めないといけない。

たとえばビジネスシーンの例として、A社とB社の間で交渉が行われたとしましょう。

やや行き詰まりを見せている老舗大手のA社に、まだ立ち上げて数年というB社がまとまった額を投資する話が進んでいる。B社はその協力をすることによって、いろんなイニシアチブを握って巨大なメリットを見込める。B社は双方にとって利益が出る道を提案しているのだけど、A社は若い会社に条件を譲り渡すことはプライドが許さない。直接交渉に当たっているA社の社員は自社の未来のために話をまとめたいのだけど、社長や役員が認めようとしない。

こういう場合、巧く「とぼける」ことができるか、というのが交渉の決め手になってくると思うんです。A社の社員が上に話をする時、B社が得をする話をあえて控える。なぜなら、それは皆がわかっている話だからです。人間はほぼすべて、目先の損得に敏感です。そして、「損得=勝ち負けの感情」になってしまう。

目先の勝ち負けの感情にとらわれないように話をするのも、一つのとぼける枝でしょうね。だからたとえば、いかにこれがA社にとって美味しい話か、そのポイントに集中して、社長や役員を気持ちよく説得する。「正しいこと」を愚直に押し出すのではなく、誰も傷つけないように配慮して、A社にもB社にも良い状況を長期的な視野で作り出す。

こういう柔らかな、弾力のある政治的判断をできる人が、真のリーダーに向いていると思うんです。場の状況をより良い方向にコントロールするために、まさに自ら道化役を買って出て、自分が関わるネットワークの中で時間や空間を長く、広く取って考えることができる人が、少なくとも企業レベルでは本当に「頭がいい」人の一例になると思います。

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精神科医・名越康文さんエッセイ

20代の時より知識も経験も身について、どんどん仕事が楽しくなってくる30代。ついつい心の声を無視して頑張りすぎてしまうこともしばしばです。そんな働き女子の力みがちな肩を、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生がゆるーく揉みほぐしていく連載エッセイ。一生懸命だけど頑張りすぎない働き方のヒントが見つかるかも。

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