人生100年時代と言われる現代ですが、長生きをしても「健康」でなければ自分の満足のいく人生を送れないかもしれません。健康を維持しながら長生きができれば、より自分らしい人生プランを考えることができるのではないでしょうか。
健康に生きるためにいま注目されていることのひとつが「睡眠」です。睡眠時間の長さだけではなく、「睡眠の質」について気にしている人も増えています。スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスで睡眠の状態をチェックしたり、運動やストレッチ、サプリメントや飲料などで睡眠の質を向上させたりしている人もいます。
「健康長寿」を目指し、最先端の研究を学ぶYoutube番組「生命科学アカデミー」では、今回、ゲストに筑波大学の柳沢正史先生をお迎えしました。同プログラムのHIROCO学長が聞き手となり、「睡眠」の奥深さについて迫ります。

柳沢先生(左)とHIROCO学長(右)
徹夜の影響
──先生、「徹夜」について教えていただきたいのですが。どうしても仕事が終わらないとか、例えば受験生とかで、徹夜をしなければならないときもあります。その影響とは……。
柳沢正史先生(以下、柳沢):「徹夜」をするとどうなるか。脳のパフォーマンスという観点からどうなるかという、有名な論文が20年前から公開されています。徹夜をすると、当たり前ですが、脳のパフォーマンスは下がります。どの程度下がるかというと、実は「アルコールの血中濃度が0.1%になった」と同じくらい下がるんですね。「0.1%」がどういう状態かというと、人にもよりますが、ほろ酔いでは済まされない、完全に酔っぱらった状態ですね。
──相当ですね。
柳沢:だから、徹夜明けで仕事をしているっていうのは、酩酊状態で仕事をしているのと同じですよ、ということです。
──例えば、徹夜明けで翌日のテストに臨んだりするのも、あんまり良くない……?
柳沢:最悪ですね。
──最悪ですか!
柳沢:私は高校生のときに自分で気がついたのですが、前の日に付け焼刃で勉強しすぎて睡眠を削ってしまうと、私の場合は(起床後)5時間を切るくらいから、急速にダメになります。テスト中のパフォーマンスが下がってしまうんですよね。
──これは受験生の皆さん、残念なお知らせです。受験生だけではないですが、一夜漬けはダメでした。
柳沢:ただ、これは完徹した場合です。完徹すると、酩酊状態と同じになる。ところが怖いのは、完徹までいかなくても、1日4~6時間しか眠らないという場合です。
──若い方にはよくあることだと思います。
短い睡眠がパフォーマンスに悪影響を
柳沢:例えば、1日4時間睡眠を5日間から1週間くらい続けると、もう完徹と同じくらいまで脳のパフォーマンスが落ちてしまうんですよ。
──短い睡眠が続くと、パフォーマンスが落ちてしまう。
柳沢:睡眠時間が4~5時間しか取れないことが続くと、1週間くらいで酩酊状態になってしまう。しかも、怖いのは、慢性的な寝不足は自覚的な眠気をともなうとは限らないこと。自分としてはあんまり眠気を感じないのに、客観的な脳のパフォーマンスは、酔っぱらっているような状態になってしまうということが報告されています。これは怖いですね。
──そうですね。自覚がないし、見た目には一見わからないですからね。
柳沢:一見大丈夫そうに見えていても、ということですね。もっと言うと、こんな研究もあるんですよ。「自分としては普段十分に眠れています」と言っている健康な若者を集めて、実験室に来て泊まってもらう。最初は、普通にいつも通り寝てくださいと伝えて、彼らは1日平均7時間強くらい眠っているんですね。で、次の日からは「眠れるだけ眠ってください」「もう、できるだけ長く眠ってください」と伝えます。すると、伝えた初日には、なんと平均10時間半とか11時間半くらい眠るんですよ。これは、彼らを完徹させた後のリカバリー睡眠と同じくらいの睡眠時間です。
その次の日は、初日よりも睡眠時間が短くなります。その翌日もまた短くなる。そうやって、睡眠時間が落ち着いていくんです。それ以上はもう眠れないという、その落ち着き先というのが、ひとり1日あたり(通常の睡眠時間より)1時間くらい長いというのです。
だから結論として、自分としては普段十分に眠れているつもりの健常な若者でも、1日平均1時間の睡眠負債を負っているということ。実験によって、その睡眠負債を返済しているというわけですね。その睡眠負債を返済するのに4日間かかる。1~2日では返済できない、という結論の論文もあります。
──そうなんですね。
柳沢:睡眠負債は土日だけで返せるものではないということですね。
──睡眠負債が重なると、結果どうなっていくんですか。
柳沢:睡眠負債が重なっていくと、いろいろないわゆるコモン(ありふれた)な病気。メンタル、メタボ、認知症、がん。こういう、非常に嫌な病気のリスクが上がることが言われています。
──死亡率も……?
柳沢:死亡率も上がります。そういうコモンな病気のリスクが明らかに上がることが、もう知られているんですね。
昼間の眠気は病気だった?
──私は、昼間に眠くなることがたまにあります。
柳沢:最近、私が言っていることなのですが、体調が悪くない昼間に眠気を感じるとか、ランチ後にちょっと眠くなること自体は、もう異常です。病気だと思ってください。
──異常なんですね。
柳沢:正常ではないのです。ほとんどの働き世代の日本人が「昼間ちょっと眠くなる。それは当たり前だよね」と思っていると思います。しかし、それはダメなんです。
基本的に人間は、昼間はずーっと起きていられる動物です。もちろん厳密に言うと、昼過ぎくらいの時間帯に少し覚醒度が落ちるということが知られています。別に、お昼を食べたからではなくて、ランチを抜いても覚醒度は少し落ちる。
それを利用したカルチャーも実際にあって、例えば、南ヨーロッパ、スペインとかの「シエスタ」という習慣は、覚醒度が落ちることを利用して少し昼寝をしましょう、という習慣ですね。ですが、そういう習慣をおこなっている人たちは全体から見れば少数派です。基本的には、人間は1日中起きているようにできています。
実際、夜に十分な睡眠をとっている人に、「昼間にいきなり暗いところで目を閉じて、眠ってください」と言っても、彼らが寝落ちするまでに平均20~30分かかります。夜に十分な睡眠時間がとれていれば、昼間に「眠れ」と言われても簡単に眠れません。よく、「俺はいつでもどこでも1~2分あればパッと眠れるんだ」と自慢する人がいますけれども、あれは単に「自分は寝不足です」と宣言しているだけのことなんです。
──そうなんですね(笑)。
柳沢:それから、「私はショートスリーパーです」と言っている人もよくいますけれど、自称ショートスリーパーの9割9分は、もう単なる睡眠不足。
──睡眠不足!
柳沢:ただ、自覚していない睡眠不足です。
──そうなんですね。病気を引き起こしてしまう、とても危険な信号ですよね。
柳沢:はい。
◆まとめ
・徹夜明けで仕事をするのは酩酊状態で仕事をしているのと同じ
・睡眠負債はヤバい!返済するのに最低でも4日間書かかる
・睡眠負債はメンタル・メタボ・認知症・がんなど病気のもと!
(第7回へ続く)
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