人生100年時代と言われる現代ですが、長生きをしても「健康」でなければ自分の満足のいく人生を送れないかもしれません。健康を維持しながら長生きができれば、より自分らしい人生プランを考えることができるのではないでしょうか。
健康に生きるためにいま注目されていることのひとつが「睡眠」です。睡眠時間の長さだけではなく、「睡眠の質」について気にしている人も増えています。スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスで睡眠の状態をチェックしたり、運動やストレッチ、サプリメントや飲料などで睡眠の質を向上させたりしている人もいます。
「健康長寿」を目指し、最先端の研究を学ぶYoutube番組「生命科学アカデミー」では、今回、ゲストに筑波大学の柳沢正史先生をお迎えしました。同プログラムのHIROCO学長が聞き手となり、「睡眠」の奥深さについて迫ります。

柳沢先生(左)とHIROCO学長(右)
不思議がいっぱい! 睡眠の機能
──「睡眠の機能」について詳しく教えてください。
柳沢:「睡眠の機能」というと難しく聞こえますが、「どうして我々は眠らなければいけないか」ということですね。これは驚くべき話があるんですよ。
まず、我々人間を含む哺乳類はすべて眠ります。眠らない哺乳動物は知られていない。そして、系統樹をさかのぼっていきますと、いわゆる脊椎動物……鳥、爬虫類、両生類、魚類、これらの動物はすべて睡眠をとります。
──背骨がある動物はみんな眠るんですね。
柳沢:その原型となるホヤ(動物に近い脊索動物の一種)であるとか、そういう動物まですべて眠るということが、いまでは知られています。我々人間の先祖はみな眠るということです。
それだけではなく、私たち人間とは体のつくり——ボディプラン——が根本的に違う、昆虫とか、タコ、イカの類や、貝、軟体動物、線虫、そういったものも眠るということがいまでは知られています。
彼らも脳を持っていて、結構複雑な行動をしているんです。けれど、彼らの脳の構造を調べても、人間とはまったく相同性がありません。人間の脳とは別々に発明されているんです。
睡眠のルーツはどこにある?
──脳のルーツが違うんですね。
柳沢:はい、ルーツが根本的に違います。でも、どちらも眠るわけですよね。じゃあ、睡眠のルーツはどこにあるのか。それをさかのぼっていった人がいて、なんと数年前に衝撃的な論文が出てきました。
クラゲやヒドラ、サンゴといったような種類の動物も眠るというんです。彼らも小さいながら動物なんですね。例えば、ヒドラは触手で動いてプランクトンをパクッと食べます。
では、なぜそれが衝撃的かというと、彼らは脳を持っていないんです。もちろん神経系はあって、だから体を動かしていろんな運動ができるのですが。それから、光や外界からの刺激に反応しますよね。プランクトンが来たら体を動かして捕まえる。けれど、脳は持っていないんです。
分散神経系といって、体のいろんな所に神経細胞のネットワークがあるだけで、脳は持っていない。脳はないのに眠るんです。
結論を言ってしまうと、「脳」が発明されるより前に、すでに「睡眠」は発明されていたということです。睡眠というものが、生物にとっていかに根源的なことであるかという話ですよね。
これだけでもすごく不思議なことなんです。睡眠中、動物は無意識の状態になるわけで、明らかにリスキーな状態です。外界に対して自分の身を守る動きも遅くなり、とてもリスクがある。それにもかかわらず、すべての動物、先ほど申し上げたように、神経系を持ったすべての生き物が眠るということが驚きです。
「睡眠の機能は何なんですか」という問いでしたが、それに対するショートアンサーは「よくわからない」ということになります。
ラットを眠らせずにいたら…
──よくわからない!
柳沢:巷では「睡眠は脳の休息です」と簡単な言い方をしますが、あれも実は誤りと言えます。どうして誤りかというと、睡眠中も我々の大脳皮質、脳の一番大切なところの神経細胞の活動は覚醒中と大して変わらないからです。活動し続けているんですね。
──眠っていても、脳は動いている状態なのですね。
柳沢:はい、脳の細胞は働き続けている。なので、睡眠は休息とは言い難いのです。
よくコンピュータに例えるのですが、睡眠はオフラインメンテナンスのようなものです。電源は入っていて、外界からは切り離されている。けれど、中ではなんらかのメンテ作業をおこなっていると。そういうイメージだと思ってください。
──睡眠の状態は、オフラインメンテナンス中であると。
柳沢:そう。ただ、そのメンテナンスが生命維持に関連しているのです。何十年か前に、ラットを断眠させる実験が行われたことがあります。ラットが寝ようとしたらつついて邪魔して、眠らせないようにする。そうしたところ、だいたい10日間から2週間くらいで死に至ったという結果になりました。要するに、眠らないと生命維持ができない。
眠気って何ですか?
──では、食べることよりも寝ることのほうが重要ということですか。
柳沢:生命維持にとっては、食べることと同じくらい睡眠が大事だと言っていいと思います。
──食欲が湧くように「眠気」というものが起こりますが、眠気とはどういう仕組みで起こるのでしょうか。
柳沢:先ほど、「睡眠の機能」は一言で言うと「よくわからない」というように申し上げました。コンピュータのメンテナンスではあるけれど、具体的にどういうメンテがおこなわれているのか、まだよくわからないわけです。
睡眠に関する学問のもうひとつの大きな謎が、いまおっしゃった「眠気って何ですか」ということです。長く起きているとだんだん眠くなってきますよね。眠くなれば、休んでいるだけでは眠気が取れない。眠らないと眠気はなくならないですよね。
眠気とは何か、もう少し理屈っぽい言い方をすると「睡眠はどのようにして調節されているのか」。例えば人間の場合、1日平均7時間ほど眠るということになっていますが、その7時間というセットポイントはどうやって決まっているのか。これがまだ、よくわかっていないのです。徹夜をすれば次の日はたくさん眠るし、7時間より足りないと眠くなる。逆に、もっと長時間眠ろうとしても眠れないですよね。
実はその辺が、いま私たちが毎日一生懸命研究している分野なのです。脳内の眠気の実態というのは、まだ不明です。
──私たちが考えているよりも、睡眠の世界は奥深いですね。脳機能の改善だと思っていたけれど、そうとも言い切れない。生命維持に関して大きな可能性と謎がある。そして、先生はまさにそれを研究されているということで、さらにこの部分を詳しくお聞きしていきたいと思います。
◆まとめ
・ヒトなどの哺乳類はもちろん、クラゲやヒドラなど脳を持っていない動物も眠る
・脳が発明されるより先に睡眠は発明されていた
・なぜ動物はリスクを冒してまで眠るのか、分かっていない
・眠っている間も脳は活動している
・睡眠は生命維持にとって必須
・脳内での「眠気」の実体はまだ不明
(第3回へ続く)
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