2018年、不倫を題材にしたドラマで“あざとかわいい”と注目を集めた松本まりかさん。それから息をつく暇もなく全力で駆け抜けるように過ごした4年間。松本さんは「うまくいっているときにこそ立ち止まらなければいけない」と2022年4月に1ヶ月の休暇を取ることを決意します。
6月17日(金)に、『映画 妖怪シェアハウスー白馬の王子様じゃないん怪ー』が全国公開を迎える松本さんに、本作の撮影エピソードとともに、劇場版のテーマでもある「人間の本当の幸せとは何か?」についてお話をうかがいました。
お岩さんが教えてくれたこと
——『妖怪シェアハウス』のお岩さん(四谷伊和)役も反響が大きかったと聞きました。
松本まりかさん(以下、松本):はい。ここまでコメディーに振り切った役は初めてで、コメディってどうしたらいいか分からず少し不安でした。でも、好意的に受け取ってもらえたようでよかったですし、子供たちからのファンレターをいただいた時は、すごく嬉しかったです。
——この役に出会ったことで、松本さんが新たに得たことはありますか?
松本:あります。お岩さんって、恨みとかドロドロ、執着っていう怖いイメージがすぐに思い浮かびますよね。でも、その根本にあるものを違う角度から見ると、全く違った印象になるんです。
たとえば、情念が愛情に変わって、怖いがちょっとセクシーになって、とか。捉え方を変えると、こんなにも違うものが見えるのかというのは大きな発見でした。それって、いろんな人にも言えると思いませんか? この人は無愛想だとか、優しくないって思っても、一面に過ぎないというか。違う角度から見たら、媚を売らない信用できる人なのかもしれない、慎重な人なのかもしれないって。
——確かに。長所ととるか、短所ととるかで印象はずいぶん変わりますね。
松本:だから『妖怪シェアアウス』を通じて、強烈な固定イメージのあるお岩さんが、ここまで親しみやすさを感じさせるキャラクターに変わったのは、驚きも発見も大きくて、私としては学ぶことが多かったなと感じています。
白目になると、顎が…
——ほかにはどんな学びがありましたか?
松本:私……白目(テレパシー)をやるとつい顎が出ちゃうんですよ。(主人公・澪を演じる)小芝風花ちゃんによく指摘されていました。「顎、出てます!」って。
——演技プランではなかったんですね(笑)。
松本:はい。あれは私が白目をむくときになっちゃうみたいで、自然発生的に(笑)。最初は、恥ずかしかったし、こんなにふざけちゃっていいのかという戸惑いもありました。だけど、キャストもスタッフもみんなが笑ってくれて、出来上がった作品を見たら自分でも楽しくて。これはもう楽しまなきゃもったいないなって吹っ切れました。このノリに乗っちゃえ!って。この現場では、笑顔でいる心地良さや人を笑わせる喜びを実感しましたね。
やっぱり、演技をして何かしらのリアクションがあるって嬉しいんです。それこそ、仕事で演劇を始めるより前、学芸会で、みんなが私の演技を見て笑ってくれて、拍手をもらった時の喜びを思い出したというか。普段はクールな(ぬらりひょん役の)大倉さんまで笑ってくれたからほんと嬉しかったです。
特殊メイクで気づいた身体の軽さ
——大変なことはありましたか?
松本:特殊メイクに時間がかかることでしょうか。私だけ特殊メイクをしているわけではないので、待機時間も含めると5時間ぐらいかかったこともありました。ただ、他の妖怪たちに比べても、お岩さんの特殊メイクに一番時間がかかっていましたね。特殊メイクではない時も、伊和は眼帯をしているので撮影中はずっと右目が見えない状態。カットがかかってようやく、ピッと眼帯を上げる、みたいな。
——片目が見えないと、物との距離感がわからなかったり、ぶつかったりってこともあったのでは?
松本:ありました。ただ、伊和自体はちょっと抜けているキャラクターということもあり、ドテンドテンとしていても大丈夫だったので、撮影に支障はありませんでしたが……。ただ、片目の見えない状態ってすごく疲れるんですよ。くらっと目眩がすることもありました。
衣装も着物なので、動きが制限されるし、カツラもかぶっているのでとにかく身体が重くて。衣装を脱いだ時の開放感はすごかったですね。こんなにも軽いのかと実感しました。
1ヶ月休みを取ってスリランカへ
——『妖怪シェアハウス』では女性が社会でぶつかる困難や、妖怪が“闇落ち”するなど現代社会にはびこる欲望などが描かれてきました。今回の劇場版では「人間の本当の幸せとは何か?」という大きな問いかけが加わります。
松本:はい。これまで何か具体的な「生きづらさ」を意識したことはなかったのですが、「どうやって生きていくか」という問いはずっと自分の中にありました。その答えをもう20年以上探し続けてきたような気がしています。
実は、『妖怪シェアハウス』の撮影が終わってすぐに1ヶ月の休暇を取ってスリランカに行きました。この数年ずっと走り続けてきたけれど、上手くいっているときにこそ立ち止まらなければいけないと思ったんですよね。
——このままじゃいけない?
松本:この数年間、本当にたくさんお仕事をさせていただきました。「こういう忙しさを求めてきたじゃないか」と思っていたし、思い描いていた以上のことを体験できたりもしてありがたい反面、台本を読み込む時間が足りなかったりして、求められる自分に追いついていないと感じることもありました。
瞬間的には、嬉しい、ありがたい、幸せって思うんです。でも、次の瞬間には空っぽというか。寄る辺ない気持ちが広がる気がして「大丈夫。私は幸せ」「あんなに望んでいた環境じゃないか。これは幸せだ」って自分に言い聞かせていました。その言葉の背景には、お仕事をくださる方や、観てくださる方に失礼なんじゃないかという思いがあって。ここにあるものが本当の幸せなのかという迷いを抱えたまま、これ以上、本心に蓋をし続けるのは無理だと気づいて、休むことにしました。
「自分らしさ」を手放した先で見つけたもの
——滞在先では自分の本心と向き合って過ごせましたか?
松本:はい。スリランカでは、2週間アーユルヴェーダをして過ごしました。そこで、ただ生活するってことを……。たとえば、朝起きて、ヨガをして、ご飯を食べて、ドクターとお話して、お昼を食べて、ちょっとだけ仕事をして、夕食後にお散歩をして、すれ違った人とコミュニケーションを取って、と。ただ、生活をするってことをしました。そのとき初めて、じわっと満たされる感覚に包まれて「幸せってこういうことなのかなぁ……」って思えたんです。
ただご飯が美味しい、鳥のさえずりが美しい、緑がきれい。そういう些細なことに癒される自分がいるんだって気づいたら、今までの「生きづらさ」のようなものが、ぽんっと抜けた気がしました。「自分らしい」がよくわからなくて、37歳になってもわからないままでしたが、それでもいいんだと。
——ドラマ版1期で澪が手にする妖術「ヒラキナオリ」を得た感じですか?
松本:あっ、うまい(笑)。そうですね。今までは、「みんな」が納得するような「自分らしさ」を探そうとしていたのかもしれません。自分はこういう人間だと思われていて自分でもそう思っているから、期待を裏切らないような言動をしなきゃとか。矛盾や違和感があると「本当の自分」じゃないような気がしてまた探すっていう。でも、本当は他人の目線は関係なくて、ただ幸せを感じる自分を受け入れる。それでいいんですよね。その感覚を手放さずにいたら、この先もきっと大丈夫だって思えたんです。
これからは「自分らしさ」を探すのではなく、自分が心地いいと思う速度で歩いて、美味しいって思いながら食べて、仕事をする。結果的に、それが「自分らしい」につながっていくような気がしています。
インタビュー後編は6月17日(金)公開予定です。
(取材・文:安次富陽子、撮影:西田優太)