『すーちゃん』シリーズや『僕の姉ちゃん』『スナック キズツキ』など女性の気持ちを丁寧に描くエッセイで人気のイラストレーター・益田ミリさんによる4年半ぶりのエッセイ『小さいわたし』(ポプラ社)が6月15日に発売されました。
益田さんの子供時代の思い出を“子供目線”でつづった書き下ろしエッセイで「入学式に行きたくない」「線香花火」「キンモクセイ」「サンタさんの家」など、四季を感じるエピソードを収録しています。
「子供たちのファーストエッセイ集になったとしたら幸せだなぁと思います」と話す益田さんにお話を伺いました。
「子供のわたし」の目線でつづったエッセイ
——「子供のころのわたし」をテーマにエッセイを執筆した経緯を教えてください。
益田ミリさん(以下、益田):なかなか思うようには出かけられなかったコロナ禍ですが、過去には自由に飛んでいくことができます。これまでも子供時代のことはエッセイやマンガで書いてきたのですが、いまだからこそもう一度ゆっくりと向き合ってみたいと思ったんです。「大人のわたし」ではなく「子供のわたし」の目線で書いたエッセイなので、子供との交換日記を読むような、そんな愉快な本になりました。
ひらがなを習い始めた時のエピソードがあるのですが、「似ているひらがなは仲良しの友達」みたいなことって考えませんでしたか? 「き」と「さ」は友達。「ね」と「わ」は友達とか。書き終えた今は、そういうことあった! と誰かと早くわかり合いたい気持ちです(笑)。
——4年半ぶりの書き下ろしエッセイということで、改めて発見したことや気づいたことがあれば教えてください。また、「春夏秋冬」でエピソードをつづった理由もあればお聞かせください。
益田:子供の頃の記憶が大人になったいまもなお自分の中に鮮明に残っていることに、改めて不思議な気持ちになりました。人前に立つのが苦手な子供でしたが、本質はあんまり変わっていないんだなぁとも思いました。変わっていないといえば絵を描くのが好きなのも変わらないままです。エッセイ中にもあるのですが、小学校の図工の時間ではじめて絵の具を使った日のことは忘れられません。白と青の絵の具をまぜると水色に。不思議だな! と感動したものでした。
今回のエッセイは書き下ろしなのですが、春には春の思い出、夏には夏の思い出と、季節ごとにゆっくりと描き進めていきました。あじさいが咲く遊歩道を歩いていると、ふいに思い出の引き出しがひらく。そんなこともありました。四季の移ろいとともにゆっくりと完成したエッセイ集です。
「わからないことがいっぱいあった」子供時代
——益田さんにとって子供時代はどんな時代ですか?
益田:わからないことがいっぱいあった。それが子供時代です。わからないなりに一生懸命、世界をわかろうとしていたんですね。たとえばテレビアニメを見ている時も、「これはパラパラマンガで動いているはずだから、大きな本をたくさんの大人たちがめくっているんだ」と想像していました。わたしは学校では人より抜きんでたところはなかったのですが、家に帰ると親にはよく褒められました。特に絵が上手だと褒められ、単に好きで描いていただけのことなのですが、絵を描くのはいいことなんだと信じていられたのはわたしにとって幸せなことだったと思います。
——『小さいわたし』を読んで、自分の子供の頃のことを思い出しました。「私もみんなと違うことに対して敏感になっていたな」とか「すごく小さいことにクヨクヨしていたな」とか。でも、この本を読んだらそんな自分の子供時代もいとおしく思えてきました。
そこで伺いたいのが、「会いにいけるなら、こどものわたしにお礼を言いたい」と書かれていましたが、益田さんが子供の頃の自分に声をかけてあげるとしたらどんな言葉をかけてあげたいですか?
益田:「大人になっても今の自分はなくならないんだよ」と伝えたいです。大人になると今の自分を忘れてしまうのかな? と子供時代ずっと心配していたんです。今の自分が消えてなくなってしまうことが怖かったのでしょう。けれども何十年が過ぎても、お気に入りだった運動靴のこととか、小学校の廊下のひんやりした空気を忘れていないんですね。
この本は時代背景をあえて設定しないようにしたので、どなたの子供時代にも似た体験がつづられています。大人の方はもちろんお子さんにも手にとっていただきたくて小学校5年生くらいの子供がひとりで読めるようふりがながふってあります。5年生といえば少しずつ大人に近づいていく年頃で不安も多い時期。そんなとき「大人になっても今の自分はなくならないんだよ」と伝えられる本にしたかったんです。書き下ろしのカラーイラストもたくさん入っています。子供たちのファーストエッセイ集になったとしたら幸せだなぁと思います。
いつも自分の外側に創作のヒントがある
——益田さんのマンガや作品に触れるたびに「そうそう、私もそう思っていたの」とうなずくことが多いです。益田さんのマンガや作品のアイデアのもとはどんなところにありますか?
益田:夕方の散歩中にどこかの家から夕飯の匂いがただよってきてなんだか切なくなる。この小さな感情をかたちにして残したいなぁとよく思います。子供の頃から日記をつけていたのも「忘れたくない、残しておきたい」という気持ちだったんだと思います。
小説を読んで突き動かされることもあります。最近ではカズオ・イシグロさんの『クララとおひさま』を読み、あまりのすばらしさに身動きがとれなくなったほどでした。少女とロボットの物語なのですが「わたしもわたしのロボットを描きたい!」と『ミウラさんの友達』というマンガを描きました。自分の外側にいつも創作のヒントがあると思っています。
——最後に、この記事や本を読む方にメッセージをお願いします。
益田:へとへとに疲れてしまった一日の終わりにほっこり読めるエッセイ集になりました。お気に入りの入浴剤を入れたお風呂に入ったあと、ひとつふたつ短い物語を読んですーっと眠りについていただければ幸いです。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)