旅行に行けない今だからこそ大事にしたい「何もしないをする」こと

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「なーに考えてるの?」
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コラムニストの桐谷ヨウさんによる新連載「なーに考えてるの?」がスタートしました。ヨウさんがA to Z形式で日頃考えていることや気づいたこと、感じたことを読者とシェアして一緒に考えていきます。第21回目のテーマは「V=Vacances(バカンス)」です。

バカンスに行きたい

俺の身近な人が、昨今の情勢のなかで感じているらしい二大ストレスは「飲みに行けない」と「旅行に行けない」のようである。そして、俺も気持ちは一緒だ。

厳密には「行けない」わけではないのだけど、大っぴらには行けないし、何かと制限があったりする。なかなか微妙な空気感だなーと感じる。

とにかくいまは余白がないような気がしている。仕事とプライベートが同じ空間でないまぜになっていたり、ガス抜きのための遊びの時間を作りにくかったり、あるいは正論が行き交っていて、自分たちで自分たちを息苦しくしているように俺には見える。

さて、自分自身が余白を楽しめるようになったのはいつからだろうか?

20代の頃は、誰かと飲みに行っても「実のある話をしたい」と思っていたような気がする。生産性がない会話はしたくない、というほど割り切ったタイプではない。それでも、同じような話題を頻繁に語りあう職場の飲み会、アホみたいに飲んで最後は呂律がまわらずに同じことを繰り返してグダグダになっている仲間の飲み会、とくに目的がない集まり。そういったものが嫌い……ではなかったけど、決して得意ではなかった。

バカンスとはフランス人の長期休暇を指す言葉らしい。語源は貴族、ブルジョワなど金持ちが何もしないでいる時間のことのようだ。どことなくバカンスというと優雅でおちょくったような響きがあるのはそのせいなのか。ブルボンのお菓子のような……。

俺は少し前まではアクティブな旅行が大好物だった。まずは王道が大事ということで名所に行ったり、距離的に同じ日ではムリがある場所へ移動したり、現地の人と仲良くなって誘われるままに過ごしたり。それが近頃では、バカンスというには小っ恥ずかしいが、何もしない滞在を楽しめるようになった。

これまではいわゆるリゾート地にのんびりしに行く、という感覚が理解できなかったのだけど、最近は「ああ、こういう楽しみ方なんだなぁ」と腹落ちできるようになったというか。

直近で沖縄に行ったときも、一昨年の夏は台風の影響で離島に渡れずにホテルに軟禁となり、去年の春前はコロナ禍直前だったので、あまりウロつかずにホテルとその周辺で過ごした。これがなかなか悪くなかった。屋上にプールが付いていたり、海に面したホテルという飽きない場所だったことも大きかったかもしれない。

何もしないこと自体を、楽しむ。空白を埋めようとするのではなく、そのままにしておく。

思えば自分の人生観のようなものは、無理に頑張らない、ということである。ムリクリに予定を詰めても楽しくなくなるし、疲れてしまう。ムリクリに意味を持たせようとしても、それは本質的な腹落ちにはつながらない。その延長線上として、非日常としての旅行においても、無理をする必要はないということなのかもしれない。

そういえば大金持ちが旅に求めるものは、一人きりの時間らしい。これってなかなか面白いなーと思った。

そういう人たちは有名な観光地にはすでに行き尽くしているだろうし、そういう場所は人がごった返して煩わしい。仕事においてもキーパーソンになっているから絶え間なく、人に会いたがられたり、連絡がひっきりなしにやってくる。すべてがノイジーということなんだろう。

だからこそ、空白を買う。誰も見る必要がなく、誰にも見られることがない。誰にも邪魔されることがなく、自分だけの時間を使える空間を。モルディブの超絶VIPの水上ヴィラは、そういうことなんでしょう。

ないものを味わえる人になりたい

んー、これに関してはそのレベルに自分がいってないから、感覚的にわからないのが正直なところ。いつかそういう過ごし方ができる人間になれると良いな。

こじつけのようだけど、「ないものを味わう」という意味でいうと、何かを買って喜んでいるうちは生き方の素人ということなんだろう。それがいかにブランド力があるものでも、極上の素材のものであったりしても、消費は消費であり、「(他人が創った結果として)あるものを味わっている」からである。

やはり「ないものを味わえる人」の上級者は、創作ができる人なんじゃないだろか。ないことを味わえるからこそ、それを前提に自分が創りたいものが出てくる。誰かが「消費欲求は、創作欲求の変形である」ということを言っていたのだけど、自分の手を動かして、自分のためのものを創り出すというのは、この時代だからこそ非常に大事な行為のように思える。

それは料理でも、裁縫でも、日記を書くことでもなんでもいいと思う。そして売り物になるレベルでなくてもいいのだと思う。その人が、その人なりの空白をどのように味わったか、ということに価値があるからである。これを読んだ人も、ちょうどこの期間に、なにか自分なりに創ることを始めてみてほしいな。

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