中学1年生の時に腎臓病になり、36歳で末期腎不全になってしまった、ライターのもろずみはるかさん。選択肢は人工透析か移植手術という中で、健康な腎臓を「あげるよ」と名乗り出たのは彼女の夫でした。
2018年3月に夫がドナーとなり、移植手術を受けたもろずみさん。移植を選択した理由の一つに子どものことがあったと言います。
「やってしまった?」気をつけていたのに思わぬ妊娠
4月のはじめに友人からLINEがありました。「もろちゃんみたいな人がいるよ」と。それは、現在放送中のNHKの朝ドラ『半分、青い。』に登場するヒロインの母、晴さんでした。晴さんは生まれつき腎臓に持病があり、子どもは産まないと夫婦で決めていたそうです。
しかし、うっかり妊娠。幸いなことに腎臓の数値が落ち着いていたこともあって、産むことを決意。ヒロイン・鈴愛ちゃんを無事に出産します。
実はこの話、腎臓病あるあるです。女性が慢性腎臓病の場合、妊娠出産が難しいことがあります。そうと分かっていたので私は、夫にプロポーズをした時「病気で子を授かれんかもしれんけど、それでも結婚してくれる?」と不躾な物言いをしました。そして夫は「夫婦で長生きして老後に温泉旅行に行けたらいいね」と受け入れてくれました。
2人の時間を大切にして、穏やかに暮らす日々。私はこのまま子どもを産まない人生もありかもなと、思うようになっていました。しかし、“うっかり”って本当にあるんですね。
私は、結婚2年目の30歳の時に妊娠をしました。
私、母親になってもいいの?
そもそも難しいと思っていましたから、妊娠したこと自体、大変驚きました。
「私が妊娠だなんて、本当に大丈夫なんだろうか」
戸惑い、不注意で妊娠したことへの後ろめたさ、やっぱり間違いなんじゃないか。いろんな感情が入り混じり、病院への足取りは重くなっていました。しかしそんな私の心配をよそに医師は「妊娠おめでとうございます」と言ってくれました。
(あ、私、母親になってもいいんだ)
胸の中にあったモヤモヤが溶けて行くように、喜びがじんわりと胸に広がりました。それからは、つわりも体型変化も、近所のおじいちゃんに「きっと男の子だね」なんて、妊婦っぽいことを言われるのも、全てが喜びでした。しかし、妊娠4ヶ月で妊娠中毒症になり、子どもを諦める決断をしなければいけなくなりました。
腎移植が見せてくれる夢
その後、夫と私は「夫婦2人がたのしいね」を合言葉にして、穏やかな夫婦関係を築いてきました。ところが2年前に状況が変わります。腎臓の数値が急激に悪化したことで、腎移植が現実的になったのです。
医師は、私たちがとうに諦めたはずの夢の続きを描いてくれました。
「移植をすれば妊娠出産も可能になりますよ。2人目を産む人だっているんですから」。
これが、私と夫が腎臓移植に踏み切った理由の一つでした。
腎移植をすると、腎機能が回復することによってに体内ホルモンの動態と卵巣機能が改善され、妊娠率は高まります。移植腎の状態が良好であれば、妊娠・出産後も腎機能に大きく影響することなく、赤ちゃんも元気に育っていくのだそうです。
もし移植後に妊娠を望むのであれば移植後1年をめどに、医師から腎機能を再評価してもらうことになります。夫からもらった移植腎の状態が良好で、たん白尿を認めなければ、晴れて子作りをスタートできます。妊娠したら、今服用している免疫抑制剤は体に負担がかかるので、他のものに変更してもらうなどして妊娠期を乗りきります。
ただし、私がそうなれるかどうかはわかりません。なぜなら、移植後5日で拒絶反応が起きたからです。これほど早く拒絶反応が起こるのは全体の数パーセントなのだと医師は言いました。
夫に「子ども欲しい?」と聞いてみたら…
「もろずみさんは、数奇な運命を辿っているね」
医師は、患者に過度な心配をさせまいとやさしい表現をしてくれました。
今の私の身体がどのような状態なのか、ひとまず1ヶ月後に腎生検(じんせいけん)という精密検査を受けて腎臓の状態を再評価してもらいます。そして、じっくり経過を見ながら約束の1年後に医師のジャッジを待つことになります。どんな答えが出たとしても慌てず医師の指示に従おうと思っています。
つい先日、夫に「子ども欲しい?」と聞いてみました。夫はしばらく沈黙して、「わからない」と答えました。夫婦の目標があるからです。それは、一緒に生きて、おじいちゃんおばあちゃんになること。そして温泉旅行に出かけられる体力を維持すること。この2つの目標が達成できないような選択はすべきでないと私たちは考えます。
でも、ひょっとしたら……。
私は未来を占うように、夫の腎臓がある右側のお腹をそっと撫でてしまうのです。
産んでいいのか、いけないのか。
医師のジャッジまで、あと8ヶ月です。
(もろずみはるか)