精神科医・名越康文さんエッセイ 第3回

嫉妬や劣等感から自分を解放するには? 「ピークを目指さない」生き方のススメ

嫉妬や劣等感から自分を解放するには? 「ピークを目指さない」生き方のススメ

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「あの人はどうして、仕事もプライベートもいつも順調なんだろう?」と人と自分を比べて落ち込んでしまうこと、ありますよね。でも、大勢の方の人生を見てこられた精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生によると、人の人生にはそれぞれのタイミングで栄枯盛衰あって、「ずーっとピーク」はありえないのだそう。今回は他人に劣等感や敗北感を持たずに心穏やかに過ごす心構えについてです。

人には「栄枯盛衰」のパターンがある

「双六の上手といひし人に、その手立てを問ひ侍りしかば、『勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり』」(兼好法師)

前回に続き、これも『徒然草』の中の一節ですね。僕はね、いま56歳なんですけど、少なくとも仕事に関してはこれだけを信じて生きてきました。

双六ゲームの上手な人は、勝ってやるという気合いの入れ方ではなく、常に負けないぞという気持ちでプレイする。もっと言うと、別に優勝しなくてもいい。負けて退場させられなければ、ともあれゲームの場には残っていける。

そうするとね、ふと気がつけば、生き残っているプレイヤーの数自体が知らない間に減っているようなところがあるんです。やっぱり人生は長期戦のサバイバルですから、これはなかなか深い教訓なんですよ。

僕の場合、これはわりとシニカルな物の見方から始まっていますね。というのも、僕は精神科医だから、ちょっと特殊な視座から世間を見る癖がついているんです。精神科医というのは、患者さんのカウンセリングや治療をしながらも、悩み苦しんでいる当事者の世界の内側に巻き込まれてしまってはまずい仕事なわけです。ある種、その人がいる社会の分野の外側から、じいっと観察し続けなくちゃいけない。

さらにスパンが「長い」わけ。たとえば5年とか10年くらい、外来に通い続ける患者さんがいてはるし、その人と付き合い続けて、月一回のペースで話を聞いていく、なんて例はザラにある。

そうするとね、僕たちは、ひとりの人間を取り巻く人たちや環境を含めて、いろんな歴史のミニチュアサイズみたいなものを見てしまう。言わば「栄枯盛衰」のパターンをたくさん目撃してしまうんですよ。

ブレイクしたアイドルを見て思うこと

「人間を見る」仕事は、いろんな分野があると思います。会社の人事担当の方も人間を見るでしょう。もちろん経営者も、あるいは弁護士さんも。でも精神科医は、当事者の世界ではなくその外部から、長期間ある一定の人を見る、ということではかなり特殊かもしれない。そこで僕自身、物の見方がずいぶん変わったんですね。

自分が精神科医をやり始めて15年とか20年くらい経った頃、はたと気づいたら、たとえば「成功」とか「失敗」とかについて、一般の人とかなり離れた物の見方をしているな、っていうふうにも思ったり。

「成功」というのは、先ほどの文例で言うと「勝つ」ということですよね。世間で急に大きな注目を浴びて、「うわ~、すっごい成功したねえ」とか「大勝だね、うらやましい」とか言われる人がいるでしょう。でも僕はね、一度もうらやましいと思ったことがない。決してやせ我慢じゃないですよ(笑)。本当に、一度もないんです。

たとえば芸能界で売れたとか、そういう「ブレイク」の話を聞くと、反射的に思うのは「ああ、これから大変やろな」とか「危ういな」とか。あるいは「そこからうまく収束するんやろか」とか。

なぜかと言うと、そういうたぐいの「成功」って非常に瞬間的なことが多いでしょう。たとえばアイドルの女の子で2年間人気のピークが続いたら、もう一時代を代表するような超トップスターじゃないですか。それが3年続いたら、次は本格派の女優か歌手かとか、ネクストステージに移行するような話になってくる。

もちろんグループ全体で、ひとつのプロジェクトとして人気の頂点を長く保っている例はありますよ。ただ個人でピークが2年以上なんて、どんな分野でもめったにない。

羨望が嫉妬に変わる時

この極端というか端的な例として「一発屋」がありますけど、どんなに才能や実力がある人でも、本当の頂点で光り輝き続けられる時間はそんなに長くない。たとえばあのビートルズにしたって、10年も経たずに解散しちゃっている、とかね。

これは揶揄とかではまったくなくて、本質的に「そういうもの」なんです。

やっぱり人気っていうのは、不特定多数の人たちに支えられているわけでしょう。その「人たち」って何かというと、「心」で生きている存在でしょう。そして「心」というのは、常に移ろうということなんですよ。

たとえば「うらやましいな」と思われている人は、たちまち「嫉妬される」ことになる。そして嫉妬されているうちはまだ華で、ふっと時間が経過すれば、もう世間の眼中にいないような人になる。

「心の移ろい」ということが、世間で言う「成功」ってことに、ある種とても残酷に関わっているんですね。

それは企業なんかでも基本的には同じことです。たとえば大手家電メーカーが、世界に名だたる最高レベルの液晶パネルを作っていて、発売すれば当たり前のようにガンガン売れていたとします。でもその「成功」のおかげで、会社があまりにも巨大すぎる企業に膨れ上がってしまい、莫大な費用をかけてインフラ整備したりして、柔軟な方向転換ができないような状況になっていたりする。

でも技術は目まぐるしく革新されるから、どんどん新しいもの、あるいは安くて良質なものが出てくる。そうすると白亜紀から新生代にかけての恐竜のように、次の時代の波に対応できなくて、一気に信じられないような危機に転じたりもする。

つまり最高に「成功」している時期というのは、逆に最も大きな「失敗」の危機を作り出しているわけです。かつての最先端のヒット商品は、あっという間に時代遅れ、過去の遺物のようになってしまう。

この法則は、あらゆるところに当てはまると思うんです。

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精神科医・名越康文さんエッセイ

20代の時より知識も経験も身について、どんどん仕事が楽しくなってくる30代。ついつい心の声を無視して頑張りすぎてしまうこともしばしばです。そんな働き女子の力みがちな肩を、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生がゆるーく揉みほぐしていく連載エッセイ。一生懸命だけど頑張りすぎない働き方のヒントが見つかるかも。

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